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端午の節供
2018 / 05 / 06 ( Sun )
藤森神社 駆馬神事

京都の伏見区(京阪電鉄「墨染」駅から7分位のところ)に藤森神社があります。

本殿

平安遷都以前からお祀りされているという古社で
御祭神は神功皇后以下計12柱がお祀りされていると言われます。
本殿は中御門天皇より正徳二年(1712)宮中賢所の建物を下賜されたと
伝えられています。
唐派風の屋根は杮葺きで流れ造りとなっています。

この藤森神社は菖蒲の節句発祥の地とされ、端午の節供で飾られる武者人形
には藤森の神が宿るといわれます。

菖蒲の節句発祥の地

この菖蒲の節句は勝負の神様、馬の神様とも崇められ、毎年5月5日には
駆馬神事が行われます。

絵馬

今年も好天に恵まれ、午後1時から第1回目の神事が行われますが、1時間前
から境内は一杯の参拝客で賑わっていました。

駆馬神事は、古来早良親王が天応元年(781)に陸奥の反乱に対し、征討将軍の
勅許を受けて藤森神社に出陣祈願したのを模したものと言われます。
速さを競うものではなく、戦場で敵を交わす妙技で、江戸時代中期以降大陸系の
曲芸的な馬術の影響を受け、明治時代より氏子に伝承されてきました。

昭和58年には京都市登録の無形民俗財に指定され1200年の古来より伝わる
伝統行事として毎年行われています。

先ずは馬場のお祓いが宮司様によって行われます。

お祓い

出走馬のお目見えです。
今日は紫の綱をつける馬が大変気性が荒く いきりたっていました。

お渡り

ちびっこで将来の騎手になろう可愛い子供騎手も参列します。

ちびっこ

始まりのふれ太鼓が打たれます。

太鼓

大切な役割、行司の合図で馬が出走いたします。 
そしてここが終点となります。
全力疾走してきた馬はここで急ブレーキをかけます。

終点

当日披露される技には
 手綱潜り   敵矢の降りしきる中を駆ける技
 逆乗り     敵の動静を身ながら駆ける技
 矢祓い    敵を打ち払いながら駆ける技
 横乗り     敵に姿を隠して駆ける技
 逆立ち    敵を嘲りながら駆ける技
 藤下り     敵矢が当たったと見せて駆ける技
 一字書き   前線より後方に情報を送りながら駆ける技

騎手6

騎手7

騎手8

騎手9

騎手10

等が行われます。 
そこには大変危険があり、馬の調子にもよって騎手が様子を窺いながら披露されます。

落馬もありました。幸い大事には至らなかったのでよかったです。

大変勇壮なお祭り、「駆馬神事」は迫力満点です。
関係者の方々は事故がないようにと非常に神経を使い、この伝統行事を5日は2回
披露されました。

あまりにスピードが速いので写真撮影は大変です。
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17 : 22 : 50 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
京の桜便り
2018 / 03 / 24 ( Sat )
京都府庁の桜

今年は桜の開花が早く、京都府庁の中庭の桜は見事に咲き出しました。

府庁の桜5

中庭にあるのは祇園円山公園の初代枝垂れ桜の孫桜、他に一重の
枝垂れ桜、八重の枝垂れ桜、容保桜、吉野桜 はるか桜があります。

今は枝垂れ桜がいち早く咲き出しました。

府庁の桜1

DSC02067.jpg

府庁旧本館では3月24日から4月8日まで観桜祭が開催されます。

観桜祭

オープニング挨拶

まゆまろ

今日24日は午前10時よりそのオープニングセレモニーがまゆまろも
参加して行われました。

オープニングの景気づけは「上桂の御霊太鼓」のみなさまによる和太鼓の
演奏です。

上桂御霊太鼓

上桂御霊太鼓のメンバーは60名位おられ、小学生の子供たちが
元気よく演奏してくださいました。

上桂御霊太鼓2

上桂御霊太鼓4

勇壮な太鼓の音は青空に響きわたり元気づけられます。

正面玄関前ではノウフクマルシェで上賀茂のお野菜や椎茸、果物、クッキーが
販売され、お茶の接待も行われました。

ノウフクマルシェ

マルシェ

4月8日まで日替わりでそれぞれ催しが開催されます。
枝垂れ桜もまだまだこれから満開を迎え、容保桜、吉野桜もこれから
咲き出します。 今年の桜は色が鮮やかです。

是非お出かけしてみては如何でしょうか
19 : 41 : 18 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
京の冬の旅
2018 / 03 / 07 ( Wed )
相国寺 林光院

第52回「京の冬の旅」は明治150年をテーマに特別展が開催されています。

林光院1

その冬の旅で公開されている相国寺の林光院を訪れました。

相国寺には15ケ寺の塔頭寺院があり、その代表的なのは境外塔頭として
金閣寺、銀閣寺があります。

林光院は境内塔頭寺院で今回冬の旅で初めて公開されています。

林光院 白梅2

室町時代に、第4代将軍足利義持の」弟義嗣の菩提を弔うために、
夢想国師を開山として二条西ノ京の紀貫之の屋敷跡に創建されたと伝え
られています。
その後移転を繰り返し、天正年間に豊臣秀吉の町割り政策によって現在地
相国寺山内に移転し、現在に至るそうです。

明治時代には荒廃し、一時廃寺となるも、大正8年に相国寺派管長の
橋本獨山によって再興されました。
現在の建物は江戸時代後期に滋賀県の仁正寺藩市橋家藩邸を買い取り、
移築したものだそうです。

林光院玄関2

相国寺林光院と島津家のつながりは
慶長5年(1600)関ヶ原の戦いの折、西軍に属していた島津義弘は背水の陣と
なり、東軍の中央を突破して伊賀に隠れていた時、義弘とかって親交のあった
大阪の豪商田辺屋今井道與が潜伏先に急行し、困難な逃避行を助け堺港より
乗船させ海路護送して無事薩摩に帰国させました。
この道與の嫡孫が後の林光院の第5世住職となったことにより、薩摩藩とは
深いつながりが生まれ、薩摩藩に関したものが多く残されているそうです。
又、相国寺の東門外の林光院の墓地には、幕末の変で戦死した72名の
薩摩藩士のお墓が祀られています。

この時助けた今井道與は後にこの功により島津藩より秘伝とされている薬の
調薬法の伝授が許され、現在の田辺製薬となりました。

林光院には珍しい「鶯宿売」が毎年3月には馥郁とした香りを漂わせて、見事な
花を咲かせます。  今年は未だ2,3輪しか咲いていませんでした。
1本の梅が真紅から淡紅、純白と色を変えていくのが大変珍しいのです。

平安時代、村上天皇が御所の梅が枯れたときに紀貫之の邸宅に咲いていた
この梅を移植するように命じられました。
この時、紀貫之の娘紀内侍は
 勅なれば いともかしこし 鶯の 宿はととはば いかがこたえん」と歌をよんで
別れをおしみました。
 この意味は 帝のおぼしめしならば、いたしかたありませんが、今年も鶯が
 飛んできて、わがとまる宿はどこへ行ったのかと、とわれれば、なんと答えましょう

村上天皇はこの歌に心をうたれ、またもとに梅を返したという逸話がのこる
梅です。

京の冬の旅2

今回冬の旅で初公開されたのはこの林光院の襖絵が昨年藤井涌泉画伯によって
完成した記念の公開でもあります。
本堂には龍と虎(猫ではありません)林光院様からの依頼で後はお任せされたそうです。
牡丹図、梅図、松図、葡萄図、蓮図などが水墨画で描かれています。

虎は一見猫のように見えますが、なかなかユニークな虎の図です。
毛先は一本づつ繊細に描かれていてとても素晴らしい作品です。
18 : 41 : 12 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
旧三井家下鴨別邸
2018 / 02 / 26 ( Mon )
>旧三井家下鴨別邸

京都の出町柳に張り出す高野川と鴨川の合流する三角州の北側には
下鴨神社の境内が広がります。
下鴨神社の南に位置したところに旧三井家下鴨別邸があります。

門

広さは5720㎡ある敷地に三層建ての主屋と玄関棟、茶室、庭園からなります。

地図

三井家は慶長年間に商人として高俊が屋号越後屋として創業したのに始まると
されています。
高俊の四男である高利が呉服商越後屋から両替商を初め事業を拡大し、
三井家の総領の座を確立し、三井財閥として発展していきました。

この旧三井家下鴨別邸は三井家北家の別邸として第10代三井高棟によって
建築された別邸だそうです。
三井家の祖霊社である顕名霊社(あきなれいしゃ)が明治42年に遷座され、その参拝
の休憩所として大正14年に建築されたのが現在の別邸で,玄関棟、主屋、茶室が
現存しています。 当時は参拝の休憩にのみ使われていて、宿泊場所ではなかったようです。

広大な敷地に3層の和建築で全体的には簡素な造りがなされ、随所にこだわりの
衣装が見られます。

玄関


建築に当たっては木屋町三条にあった三井家の別邸が主屋として移築されたそうです。

この木屋町三条にあった別邸にはかって、三井高棟の養父である9代当主の高朗の
隠居所であったそうです。

全体的には書院造りがとり入れられ、天井が高くゆったりとしています。

1階は八畳と六畳の座敷で障子の桟が凝ったつくりがなされています。
窓が広くてお庭の景色が全体にみられ、広々とした感じがいたします。

主屋

内玄関に置かれている衝立の障子が開け閉めでき、障子の下は紅葉や桜の
彫りが施されてお洒落な衝立が置かれています。
衝立の前側には一輪挿しがおけるように工夫されています。

内玄関

2階は十四畳の座敷

主屋2

欄干

洗面所などは洋風となっていますが、お風呂は木のお風呂です。
、3階は望楼となっています。
3階の望楼は360度パノラマの景色を見ることができる素晴らしい眺めです。

主屋全体2

別棟となっているお茶室です。 今回公開はされていませんが、お茶会も
できるそうです。

茶室

お茶室となりに置かれている棗型の手水鉢、随分背の高い手水鉢です。

手水鉢

庭園3

お庭がとても広くて滝組もなされています。
今の時期は冬枯れで芝も赤くなっていますが、6月頃には芝の状態も新緑で
素晴らしい眺めとなることと思われます。

庭園2

灯籠

池に写る建物の景色も晴れの日は素晴らしいです。

庭園

三井家の家紋「四つ目結」です。

家紋



この三井家下鴨別邸は昭和24年京都家庭裁判所に譲渡され、以降平成19年迄
家庭裁判所の所長宿舎として使用されていました。

平成23年には国の重要文化財に指定され、京都市の管轄となり現在これを
後世に継承していくため修復をされています。

2階、3階が公開されているのは今回は3月6日迄となっています。

18 : 43 : 41 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
涌出宮 居籠祭
2018 / 02 / 21 ( Wed )
天下の奇祭 居籠祭
  (国指定 重要無形民俗文化財)


涌出の宮

木津川市山城町の涌出宮は JR奈良線の棚倉駅前に鎮座します。
涌出宮の創建は今から1200年前と伝えられる古社です。

鳥居

伊勢の五十鈴川の畔からご祭神をお迎えしたのが始まりとされています。
涌出宮の正式名は和伎座天乃夫岐賣神社(わきにますあめのふきめじんじゃ)
ご祭神は天乃夫岐賣命

本殿

この涌出宮で2月の第3土曜日から5日間豊作祈願の居籠祭が行われます。
居籠祭の起源は日本書紀によれば、武埴安彦命の軍が大和朝廷軍と戦い
敗北した後、多くの戦死者の霊が祟り悪疫が大流行し人々を悩ませた。
そこで村人は斉み籠って悪疫退散を祈ったのが始まりと云われております。
居籠祭は昭和60年には国の重要無形民俗文化財に指定されています。

国の無形重要文化財

今年は2月17日に行われました。
居籠祭は綺田地区の古川座、平尾地区の与力座、、尾崎座、歩射座の
四座で執り行われる祭りです。
秋祭は収穫感謝で大座、殿屋座、岡之座、中村座の4座が取り仕切られ
ます。
合計8座が年間を通じて行われる宮座行事は2月に神様をお迎えして1年間
宮に鎮座頂き、12月16日の深夜に山にお帰り頂く神事だそうです。

春の居籠祭の行事は
 1月に神社の柏の枝を切りだして芝をつくる 芝作りの行事から始まります。 
 束を61作り祭りまで乾燥させます。

松明の芝

 2月12日の深夜から森まわしという行事が行われます。
 これは他見を許さない秘めた神事で、涌出宮の氏子圏11ケ所の塚に
 御幣をお供えにまわります。 神々をお迎えする神事です。
 2月17日は早朝より大松明作りが行われます。
 61束の乾燥させた芝に6本の樫の木を当て藤蔓で縛り大きな松明が
 出来上がります。61束は神々が山で61日間お休み頂くという意味から

大松明

午後7時頃より神楽舞が奉納されます。

神楽舞2

午後7時30分から門の儀が始まります。
 居籠祭の正客である古川座が中央に 本殿に向かって右に歩射座
 左に尾崎座が座ります。

お祓い

 与力座が儀の進行を務めます。
 先ずは神楽女によりお祓いが行われます。

次に古式にのっとって門の儀が行われます。

門の儀

 宮司の挨拶の後、手水の儀
 榊の小枝を各座許に持っていき、一老から順に葉っぱを一枚とり
 細かくちぎって体にふりかけます。
 これは浄めで手水の儀式となります。

次に盃をかわします。
 へぎの中には盃と鰯が盛られています。
 古川座から順に一同が盃を交わして親交を深めます。

門の儀2

 その後大松明の儀へと移ります。
 火打ち石で火を起し、大松明へ点火されます。

大松明の儀1

 よく乾燥した大松明は大きな炎を上げ一気に燃え盛ります。

大松明の儀2

この煙りや火の粉を浴びることにより悪霊退散のご利益があるとか

大松明の儀3

その後小分けにした松明の火を門の外に運びます。

大松明の儀5

門のところで宮司さんが居籠祭の由縁の祝詞を述べます。

大松明の儀6

祝詞の後、豊作を祈願して白米と五色を「ごまいさんまい」と
蒔きます。
大松明の儀7

深夜には野塚神事が行われます。
 これは他見を許さない秘められた神事で、榊の木でつくられたミニチュアの農具を
 神社の周辺3ケ所に3日間かけて1ケ所づつ野塚に埋めます。
 農具はすぐになくなるそうです。

農具

翌日は10時から 七度半の使い、饗応の儀、お田植え式が行われます。

 早苗

松葉で作られた早苗を植える儀式です。
氏子家から選ばれた幼児が 男の子をボーヨ 女の子をともと呼び
お田植えが行われます。

この早苗は苗代の入口にお供えすると豊作になると言われております。

これらは農作業を楽しんでいる様子を神様にご覧頂く儀式だそうです。

御田の式

この居籠祭は他見を許さない秘められた行事が多く含まれていて、
古式の神事の典型的な形を今に伝える貴重な祭りとされています。 
貴重なお祭りを拝見することができました。
19 : 05 : 31 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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