中村楼
2018 / 02 / 12 ( Mon )
京の老舗 中村楼

桃山時代末期から江戸時代初期の創業と伝えられる料亭中村楼は
八坂神社の南楼門前にあります。

門構え1


もとは東西に二軒あった茶屋が始まりで、八坂神社に参拝される人々に
腰掛け茶屋として始まったといわれ、これが茶店の発祥とも言われます。

「都名所図会拾遺」に「その濫觴は年暦久遠にして詳にしれがたし
今より百八十年前、慶長の頃東にも建てて東西両翼の如し、これを
二軒茶屋という」とあるようで、東を柏屋、西を藤屋といわれたが
藤屋がなくなり、柏屋が中村楼と改められ今日に至ります。

当初は門前の水茶屋として、やがて豆腐の田楽や菜飯が名物となり
地唄「京の四季」には「粋も不粋も物かたい二本さしてもやわらこう
祇園豆腐の二軒茶屋」と唄われ、また小唄や新春の手まり歌にも
歌われるくらい賑わいをみせていたようです。

東海道膝栗毛にも出てくる名物茶屋として親しまれました。

その中村楼に伺ってまいりました。
タラ葉


玄関前には多羅葉の木が今は赤い実を一杯つけています。
この多羅葉はモチノキ科で日本では葉の裏面に経文を書いたり、
葉をあぶって占いに使用してきました。
この葉の裏に文を書いてハガキとしても使用することができるという
ものです。

お庭2

お店の中は広くてどのお部屋からもお庭が見える工夫がなされている
心遣いがあります。

今日はお昼の懐石料理です。

先ずはアマダイの蕪蒸し
蕪蒸し1

寒い冬には何よりのご馳走、温まります。蕪の滑らかな舌触りが
とてもよくワサビがきいてとても美味しいです。

お吸い物1

真薯とネギのお吸い物
細いのはネギの種類だそうです。一椀の中に絵があります。

てっさ1

冬は河豚の美味しい季節です。

ぶりのお造りとサワラの幽玄焼き1

ブリのお造りの一皿と鰆の幽玄焼き、冬の風邪予防は何と言ってもキンカン
の甘煮です。

名物田楽1

名物の田楽が出てまいりました。
味噌の味は秘伝のお味が守られています。

鴨鍋1

鴨鍋はお出汁がとっても美味、香りがよくて絶品でした。

節分の八寸盛1

2月節分の趣向をあらわした八寸盛です。
白玉椿(ユリ根) 飯蛸 おたふく豆 えび お稲荷さん。
彩もよく、お味のバラエティーもあり、すばらしい表現でした

菜の花1

春をいち早く感じる菜の花に豆に暮らせますようにとおまめさんが
込められた一鉢です。

彩ごはん1

彩ごはんに香のものと赤だしです。

赤だし1

最後は季節の果物

フルーツ1

銀のスプーンがとても素敵でした。
持ち手もおしゃれでふとすぎず、細すぎず 細工も繊細で
果物が余計においしく頂けました。

器と料理の調和、季節と料理の調和、しつらえ
これらが一体となって京の老舗とよばれる料亭は随所にその
心遣いが垣間見える素晴らしいところです。

15 : 28 : 45 | 京料理 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
全国都道府県女子駅伝
2018 / 01 / 14 ( Sun )
全国都道府県女子駅伝

毎年1月の恒例行事となっております、全国都道府県女子駅伝は
今年は36回目が今日(14日)開催されました。

駅伝発祥記念碑

日本で最初に駅伝が開催されたのは大正6年(1917)4月27日に
京都三条から東京上野までを23区に分けて3日間かけて行われました。

その記念碑が昨年100年記念として三条大橋東詰北側に設置されました。

その3年後、大正9年に箱根駅伝が開催されています。

全国都道府県女子駅伝は1983年から始まりました。

この駅伝の開催によりまして、日本の長距離ランナーの育成となって
マラソン選手が育ってオリンピック選手も選出できるようになっています。

今年も華やかな女子選手が都大路を駆け抜けていきました。

表示

女子駅伝は華やかで、色とりどりのユニフォームが飛ぶように駆け抜ける
姿は躍動感とともにしなやかさを感じさせてくれます。

選手

選手2

ご当地応援団も駆けつけ、市民の皆さんも どの選手にも惜しみない
声援を送っておられました。

今年の1位は兵庫県、2位に京都、3位は長崎でした。
どの選手もお疲れ様でした。
そして素晴らしい姿は元気を頂きました。又来年に向かって頑張って
頂きたいと願っています。
14 : 53 : 28 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
御苑 土御門第跡
2017 / 12 / 22 ( Fri )
藤原道長邸宅跡

京都御苑の中に(仙洞御所の北)土御門第跡と駒札が建てられている
辺りは平安時代中期の公家で摂政藤原兼家の五男「藤原道長」の邸宅が
あったところとされています。

駒札

邸宅は南北二町に及び、上東門第、京極第などと呼ばれました。

道長の長女彰子を一条天皇の中宮とし、里内裏である道長邸で
後一条天皇や後朱雀天皇が誕生されています。

此の頃道長の権勢は目を見張るものがありました。

寛仁3年(1019)には出家して行観(後行覚)と称しました。

道長の日記『御堂関白記』14巻は自筆本で我国最古の日記として
国宝に指定されています。

この道長邸宅にて催された宴席で

 ”この世をば わが世とぞおもふ 望月の 欠けたることも なしと思えば”

と歌われてから来年は1000年に当たります。

十三夜2


地形からして、この邸宅跡からは月が見えないと思いきや、意外にも大文字山
から月を見ることができるのです。

当時は高層ビルもなく、月の眺めも一際綺麗で、夜長を歌を詠みながら愛でた
ことでしょう。
23 : 39 : 16 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
今熊野観音寺
2017 / 12 / 03 ( Sun )
紅葉散歩 今熊野観音寺

西国三十三所観音霊場の第15番札所にあたる今熊野観音寺は
山号を新那智山と号し、ご本尊は十一面観音をお祀りします。

石柱-1

紅葉2-1

弘法大使(空海)が熊野権現の化身である老翁から十一面観音を
授けられて建立されたと伝えられております。

本堂-1

ご本尊は弘法大使が熊野権現より授かった一寸八分の観音像を
胎内仏として自ら彫刻された十一面観音像であるとされています。

ぼけ封じの観音-1

ご利益として特に頭痛封じ、病気平癒、知恵授けに霊験があらたかと
いわれ、大師堂の前には「ぼけ封じ」の観音様がお祀りされ多くの
信仰を集めています。

紅葉4-1

境内では紅葉が見事に色づいています。

紅葉5-1

紅葉6-1

本堂東側にそびえるのは平安様式で「医聖堂」と呼ばれる多宝塔が
あります。
堂内には医界で活躍された多くの方がお祀りされているようです。

多宝塔-1

又境内には弘法大使が観音をお祀りするにふさわしい霊地を選定する
ために錫杖をもって岩根を打たれていると霊泉が湧き出たところから
この清水を「五智水」と名付けられました。
その霊水は今日まで枯れることなく湧き出ています。

五智水-1

霊水を頂いてぼけ封じを祈願し、紅葉を愛でてお参りして参りました。

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大宮御所・仙洞御所
2017 / 11 / 13 ( Mon )
大宮御所・仙洞御所

大宮御所門

京都にはかって1000年の長きにわたって都がおかれてきました。
現在もその足跡が残されていて、京都御所、大宮御所、仙洞御所そして
現在は市民の憩いの場ともなっています京都御苑が存在いたします。

それは市中の真ん中にあり、京都御苑は誰でもいつでも行くことができ、四季折々に
風景が変わり楽しむことのできる場となっております。

今から150年前に徳川慶喜が大政奉還を致しまして、京都の様子も変わりましたが
それでも市民の心の中には京都御所は特別なものとなっております。

京都御所は近年通年で参観できるようになりましたが、大宮御所・仙洞御所は
申込制となっております。

ちょうど紅葉が始まりだした今日参観してまいりました。

大宮御所3

大宮御所の大宮とは皇太后,太皇太后の敬称で、御水尾天皇の中宮東福門院
和子の女院御殿として造営されました。
東福門院・和子は徳川家康の孫、徳川秀忠の息女です。

大宮御所2

大宮御所は現在でも天皇陛下や皇太子殿下が京都にお見えになった時の宿泊所と
なっております。
中は洋風になっているそうです。
中庭には紅白の梅があり、松、竹と吉兆の樹木が植えられております。

大宮御所松

大宮御所竹

大宮御所灯籠

御所の中門を潜ると北池へと続きます。
ここから仙洞御所となります。
仙洞とは俗界を離れた清浄な地で仙人の住むところとされています。

作庭は小堀遠州によるものだそうです。

北池

ちょうど紅葉が真っ盛りで池の水面に映る景色も最高です。
鴨が泳いでいました。

北池2

暫し景色を御覧ください。

北池3

右手には船着き場があります。

北池4

北池5

阿古瀬渕の池に鷺が一羽止まっていました。絵になります。

鷺

小高いところに紀貫之の邸宅跡という石碑が見えます。

紀貫之邸跡

少し進みますと鎮守社があります。
伊勢神宮、下鴨神社、石清水八幡宮、春日大社の祭神が合祀されているそうです。

柿本社

北池橋を通過し、更に奥へと続きます。

北池橋

この雪見灯篭は徳川光圀公(水戸光圀)より献納されたものだそうです。
茨城県産の結晶質凝灰岩・寒水石で出来ています。

雪見灯篭水戸光圀

船着き場で、ここより船で池の眺めを楽しまれるところです。
秋の夜長、池に映る月を愛でながら歌など詠まれて過ごされたのでしょう。

船着き場

南池へと続きます。

南池

正面の奥には滝が流れています。

南池2 滝

前方には八つ橋と呼ばれる石橋が見えます。

八ッ橋

南池3

仙洞御所の中で最も古い建物といわれる「醒花亭」と名付けられた茶室です。

醒花亭

創建は江戸中期とも後水尾上皇の時代ともいわれています。
杮葺き屋根に庭園全体が眼下に眺めることのできる絶好の場所に位置します。

醒花亭の名前は中国の李白の詩文「矢来月下臥醒花影」から名付けられたとか

醒花亭2

詩文の額が掲げられています。

漢詩

醒花亭の前庭も紅葉が非常に綺麗です。

醒花亭前庭

南池に敷き詰められた州浜の石は白灰色の丸い平たい石で小田原藩主の
大久保候が小田原の海岸から取り寄せ、1個づつ真綿にくるんで納められた
そうです。

州浜

この石1個で米1升と引き換えられたといわれ、俗に「1升石」と呼ばれています。

一升石

南池を一周して戻ってきますと外腰掛が見えてきます。
これがもう一つのお茶室「又新亭」の外腰掛になります。

外腰掛

又新亭はもとは今出川御門の南西にあった近衛家の茶室で、明治17年に
近衛家が東京に移住されたためにここに移設されたものです。
裏千家の第11世玄々斎好みの茶室と言われています。

又新亭2

屋根は茅葺で4室からなります。内部には斬新なアイデ7が施されて
いるそうです。

又新亭

花頭窓がありますがその前には大きな木が植えられています。
これは敢えてそのようにされているとか!
外の風や空気が入るが外景に見とれることがなく、大きな木でもって
お茶に集中するようにとのことからこのような造りとされているとか。

又新亭花頭窓

丁度柊の花が咲いていました。かなり老木になってきているので葉のとげが
あまり見られなく葉も丸くなっています。

人の一生も年老いて人間味が丸く仙人のようになっていければいいですね!

柊の花

約1時間かけて大宮御所・仙洞御所を一周して拝観して参りました。
秋の紅葉は格別ですが、新緑も、藤の花の頃も、雪景色も素晴らしいとご説明
がありました。

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