スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-- : -- : -- | スポンサー広告 | page top↑
上御霊神社
2017 / 04 / 29 ( Sat )
上御霊神社のイチハツ

上御霊神社は正式には御霊神社とよばれ、出雲氏の氏寺である上出雲寺の
鎮守社であったとも伝えられています。

唐門

この上御霊神社は1467年に応仁の乱が勃発したところとしても
知られています。

応仁の乱勃発碑


細川勝元軍の東軍と山名宗全軍の西軍にわかれ11年間畠山家の
跡目をめぐる戦いが繰り広げられたところとされています。

今年はその応仁の乱が勃発して550年目にあたり5月21日には
上京区役所で「応仁の乱 今輝け東陣を訪ねて」と題しての
関係者の特別対談が開催されることとなっております。

今年は応仁の乱に注目が集まり、書籍も出版され、賑わいをみせて
おります。

上御霊神社では桜の後、境内のお堀にイチハツが見ごろを迎えております。
イチハツはアヤメ科で別名子安草とも呼ばれる。
中国原産で古くから絵画にも描かれ、アヤメ科の中ではイチハツだけが
鑑賞用とされていたそうです。

イチハツ3


今日は雷雨の後、一段と瑞々しく色鮮やかさを増しています。

イチハツ4

上御霊神社のイチハツは以前は杜若が群生していたようですが、途絶え
氏子の方々が20年前にこのイチハツを植えられたと報道されていました。

イチハツ2

イチハツ5

ichihatu.jpg


寒い冬を通り越して、桜が、藤が、躑躅、杜若、、シャガ等次々と開花
を迎え華やかさの中に、気持ちも浮き立つ季節を迎えました。

御神輿


5月には御霊祭が行われることとなっており、立派な御神輿3基が18日に巡行し、
御苑で差し上げが行われます。
スポンサーサイト
18 : 41 : 32 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
京の冬の旅シリーズ
2017 / 03 / 11 ( Sat )
京の冬の旅 建仁寺 久昌院

2017年京の冬の旅で特別公開されている文化財の中で、今回は
20年振りの公開とされている建仁寺の塔頭「久昌院」を訪ねてきました。

冬の旅看板

久昌院は、慶長13年(1608)に美濃加納城主の奥平信昌が三江紹益(さんこうじょうえき)
を開山とし、奥平家の菩提寺として建立されたのが始まりです。

奥平信昌は長篠の合戦(織田信長と徳川家康の連合軍対竹田勝頼の合戦)において
長篠城に約一か月籠城し、城を死守して武田軍を撃退した勇将と言われています。

この功績により名前の一字を信長の信を得て信昌とし、さらに家康の長女亀姫
を妻に迎えた信望の厚い武将でした。

関ヶ原の合戦にも参戦して徳川の勝利に貢献し、初代京都所司代に任命
された後、慶長6年には加納城主となって十万石が与えられました。

山門

方丈には仏間の背後に2室の座敷があり、仏間の隣に功績をたたえて
宇喜多一慧が描いた「長篠合戦」の襖絵が展示されています。
時代を感じる襖絵ですが、甲冑や人物が緻密に描かれている襖絵
でした。

書院「高松軒」は方丈の西側にあり渡り廊下とつながっていて
十二畳の座敷には上段の間と火頭窓が設けられています。
その隣の三畳台目の茶室があり、この茶室が「遠州別好ノ席」
と名付けられ、天井、間取り、入口に複雑な造りがなされていました。

また書院には長沢芦雪筆による「牧童吹笛図」という、筆ではなく指で
描かれた「指頭画」が掲げられていました。
童子が牛にまたがって笛をふいている画ですが、とても指や手のひら
で書かれたものとは思えない趣のある画でした。

本堂2

お庭は心の字を表した心字池に生垣がきれいに刈り込まれています。
この刈込は2段になっていてその段差によってお庭を広く見せるという
工夫がなされているそうです。
その借景に建仁寺の堂宇や東山を望むことができる池泉回遊式のお庭です。

庭園2

お庭の右端の屋根がみえるのは御霊屋で奥平信昌夫妻の五輪の石塔が安置
されています。

庭園

鐘楼は寛永4年(1627)に信昌の十三回忌に建立されたとの記述が残されて
いて、久昌院の建物の年代を考察するうえの基準となっているようです。

鐘楼
20 : 58 : 07 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
羅城門
2017 / 03 / 03 ( Fri )
平安京の正門

794年桓武天皇によって京に新しい都が移されその名も平安京と
名づけられました。

平安京は九条大から一条大路と24の大路にわたります。
その平安京の正面玄関として九条大路に面して設けられた巨大な門が
「羅城門」です。

門3

この羅城門の両側には東寺と西寺が建立され、羅城門をくぐると80mの
朱雀大路が一直線に大内裏へと続きます。その先には朱雀門が控えています。
この羅城門と朱雀門を境にして、洛中と洛外が区別されていました。

門

プレート


羅城門が建立された当初は金色が燦然と輝くシビがあげられた堂々とした
大門でしたが、816年に台風で倒れてしまいました。

その後再建されましたが、980年にまた暴風で倒れてからは再建される
ことなく姿を消してしまいました。

しかしそのイメージは今昔物語や謡曲、芥川龍之介の小説『羅生門』や
黒沢明監督の映画に受け継がれ、鬼の伝説(源頼光や老婆)なども
残され、今なお語り継がれています。

平安建都1200年には京都府建築工業協同組合によって、縮尺10分の1
の大きさでこの羅城門の模型が復元され京都駅前のメルパルクの中に展示されて
いましたが、この程京都駅の表玄関(東側)に展示されました。

京都を訪れた方がこの羅城門を見て、その歴史に少しでも関心をもっていただけたら
すばらしいことですね。
21 : 20 : 57 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
元離宮 二条城
2017 / 02 / 05 ( Sun )
大政奉還150年 元離宮二条城

今年は徳川慶喜によって大政奉還が行われてから150年目を迎えます。

その大政奉還の舞台となったが二条城です。

家康の二条城


二条城は徳川家康によって慶長8年(1603)に御所の守護と将軍上洛の
ための宿泊所として築城されました。
同年に徳川家康は征夷大将軍の宣旨を伏見城でうけ、その
祝宴をこの二条城で行っています。
当時の二条城は現在のような広大なものではなく、東側半分の規模でありました。

家康は1611年にこの二条城で豊臣秀頼と会見し、
1614年大阪冬の陣、1615年夏の陣では二条城が本陣となり、ここから出陣
しています。

豊臣との合戦で勝利した家康は天下を手中にし、その権勢は揺るぎないもの
となりました。

1620年(元和6年)には二代将軍秀忠の息女和子(まさこ)が
後水尾天皇に入内するに当たり、この二条城から長大な行列を従えお輿入れが
なされました。

1624年(寛永元年)に後水尾天皇が二条城へ行幸されるにあたり
三代将軍家光はこの二条城の大改修に着手いたしました。

二の丸庭園


現在の二の丸御殿に加え西へ拡充、本丸御殿を造営し、天守閣も家康時代の
天守閣は淀城に移し、新たに伏見城の天守閣を移築、二の丸庭園には天皇の
行幸御殿、中宮御殿、女院御殿などが造営されました。

比叡山
天守閣跡からみた比叡山

1626年(寛永3年)後水尾天皇は5日間二条城に行幸され、能楽、乗馬、和歌、
等を楽しまれ、天守閣には3度登られ、比叡山、東山、西山や京都の町と眺め
楽しまれたようです。

この時に造営された、行幸御殿は仙洞御所に移築され、他の建物は解体撤収
されました。

1634年(寛永11年)には家光が30万の兵を引き連れて二条城に入城したのを
最後に230年間将軍の入城はなく政治の舞台からは消えました。

1750年(寛延3年)には落雷により天守閣は焼失し、
1788年(天明8年)には大火により本丸御殿は焼失しました。

1863年(文久3年)14代徳川家茂が入城

1867年(慶応3年)15代徳川慶喜によって大政奉還がなされ時代は幕末へと
突き進みます。

二条城はそんな徳川時代の栄枯盛衰と日本の歴史の移り変わりを見守って
きたお城です。
21 : 10 : 01 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
酉年初詣
2017 / 01 / 04 ( Wed )
酉年の初詣 北野天満宮

穏やかな天候に恵まれた酉年の幕開け、今年は大きな災害もなく
平穏な一年となりますようにとの願いを込めて初詣に出掛けました。

楼門には平成29年「ひのと酉」と紅梅が描かれたの大きな絵馬が
かかげられています。 落款は晃となっています。

酉絵馬

境内では早くも紅梅、白梅が早咲きの花をさかせていました。

白梅

梅は古くから無病、息災、疫病、邪気払いの信仰があると伝えられ、
特に北野の境内神域で育った梅は天神さまの御神徳が宿って有難い縁起物
だそうです。

紅梅

最近本殿の前に、
霊元天皇御寄進の石灯篭 一対 天和2年(1682/7/25)
有栖川宮御寄進石灯篭 一対 文政6年(1823/11/25)
と書かれたの駒札とともに祠に納められているのが目をひきました。

灯籠

また昨年11月3日に曲水の宴が北野天満宮で催され、そのための御手洗川が
あらたにしかれました。
道真公は宇多天皇の宴に招かれる等文才にも長けていたことからその道真公
を偲び新たに企画されました。
何でも現在行われている城南宮や上賀茂神社の曲水の宴よりも歴史は古い
ようです。

御手洗川

この御手洗川で新たに水占みくじがはじまりました。
水に浮かべると文字が浮いてくるおみくじで、この水占みくじは貴船神社が有名
です。

水占みくじ

北野天満宮といえば京都では書初めで知られております。
毎年幼い小学生から一般の部に至るまで、日頃の腕前を競う書初めが
行われています。
今日も多くの人達が力強く、達筆な筆さばきをみせてくれました。

書き初め

今年の好天で穏やかな幕開けとなった2017年酉年、干支でいえば10番目の
年に当たります。
バタバタ騒がず、落ち着いていい卵が育ち、次へと引き継いでいけるように
願いをこめお祈りしてまいりました。
23 : 22 : 03 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム | 次ページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。