大宮御所・仙洞御所
2017 / 11 / 13 ( Mon )
大宮御所・仙洞御所

大宮御所門

京都にはかって1000年の長きにわたって都がおかれてきました。
現在もその足跡が残されていて、京都御所、大宮御所、仙洞御所そして
現在は市民の憩いの場ともなっています京都御苑が存在いたします。

それは市中の真ん中にあり、京都御苑は誰でもいつでも行くことができ、四季折々に
風景が変わり楽しむことのできる場となっております。

今から150年前に徳川慶喜が大政奉還を致しまして、京都の様子も変わりましたが
それでも市民の心の中には京都御所は特別なものとなっております。

京都御所は近年通年で参観できるようになりましたが、大宮御所・仙洞御所は
申込制となっております。

ちょうど紅葉が始まりだした今日参観してまいりました。

大宮御所3

大宮御所の大宮とは皇太后,太皇太后の敬称で、御水尾天皇の中宮東福門院
和子の女院御殿として造営されました。
東福門院・和子は徳川家康の孫、徳川秀忠の息女です。

大宮御所2

大宮御所は現在でも天皇陛下や皇太子殿下が京都にお見えになった時の宿泊所と
なっております。
中は洋風になっているそうです。
中庭には紅白の梅があり、松、竹と吉兆の樹木が植えられております。

大宮御所松

大宮御所竹

大宮御所灯籠

御所の中門を潜ると北池へと続きます。
ここから仙洞御所となります。
仙洞とは俗界を離れた清浄な地で仙人の住むところとされています。

作庭は小堀遠州によるものだそうです。

北池

ちょうど紅葉が真っ盛りで池の水面に映る景色も最高です。
鴨が泳いでいました。

北池2

暫し景色を御覧ください。

北池3

右手には船着き場があります。

北池4

北池5

阿古瀬渕の池に鷺が一羽止まっていました。絵になります。

鷺

小高いところに紀貫之の邸宅跡という石碑が見えます。

紀貫之邸跡

少し進みますと鎮守社があります。
伊勢神宮、下鴨神社、石清水八幡宮、春日大社の祭神が合祀されているそうです。

柿本社

北池橋を通過し、更に奥へと続きます。

北池橋

この雪見灯篭は徳川光圀公(水戸光圀)より献納されたものだそうです。
茨城県産の結晶質凝灰岩・寒水石で出来ています。

雪見灯篭水戸光圀

船着き場で、ここより船で池の眺めを楽しまれるところです。
秋の夜長、池に映る月を愛でながら歌など詠まれて過ごされたのでしょう。

船着き場

南池へと続きます。

南池

正面の奥には滝が流れています。

南池2 滝

前方には八つ橋と呼ばれる石橋が見えます。

八ッ橋

南池3

仙洞御所の中で最も古い建物といわれる「醒花亭」と名付けられた茶室です。

醒花亭

創建は江戸中期とも後水尾上皇の時代ともいわれています。
杮葺き屋根に庭園全体が眼下に眺めることのできる絶好の場所に位置します。

醒花亭の名前は中国の李白の詩文「矢来月下臥醒花影」から名付けられたとか

醒花亭2

詩文の額が掲げられています。

漢詩

醒花亭の前庭も紅葉が非常に綺麗です。

醒花亭前庭

南池に敷き詰められた州浜の石は白灰色の丸い平たい石で小田原藩主の
大久保候が小田原の海岸から取り寄せ、1個づつ真綿にくるんで納められた
そうです。

州浜

この石1個で米1升と引き換えられたといわれ、俗に「1升石」と呼ばれています。

一升石

南池を一周して戻ってきますと外腰掛が見えてきます。
これがもう一つのお茶室「又新亭」の外腰掛になります。

外腰掛

又新亭はもとは今出川御門の南西にあった近衛家の茶室で、明治17年に
近衛家が東京に移住されたためにここに移設されたものです。
裏千家の第11世玄々斎好みの茶室と言われています。

又新亭2

屋根は茅葺で4室からなります。内部には斬新なアイデ7が施されて
いるそうです。

又新亭

花頭窓がありますがその前には大きな木が植えられています。
これは敢えてそのようにされているとか!
外の風や空気が入るが外景に見とれることがなく、大きな木でもって
お茶に集中するようにとのことからこのような造りとされているとか。

又新亭花頭窓

丁度柊の花が咲いていました。かなり老木になってきているので葉のとげが
あまり見られなく葉も丸くなっています。

人の一生も年老いて人間味が丸く仙人のようになっていければいいですね!

柊の花

約1時間かけて大宮御所・仙洞御所を一周して拝観して参りました。
秋の紅葉は格別ですが、新緑も、藤の花の頃も、雪景色も素晴らしいとご説明
がありました。

19 : 19 : 21 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
花山天文台
2017 / 10 / 23 ( Mon )
花山天文台

門柱

京都市山科区北花山にある京都大学の花山天文台は1929年に設立された
歴史ある天文台です。

京都大学理学研究付属天文台は花山天文台と岐阜県にある飛騨天文台から
構成されています。

花山天文台は開設以来80年にわたり日本の天文学の観測拠点の一つとして
最先端の天文学研究を推進してきたといわれております。

プレート

この天文台で研究されているのは
*太陽物理学(太陽の活動現象)
*太陽・宇宙プラズマ物理学(太陽,恒星、銀河、ブラックホール等天体での
  宇宙プラズマ現象の研究)
*恒星物理学(激しく活動する天体の謎)
等が研究されています。

現在は天文台の観測の主力は飛騨天文台で行われているようですが
ここ花山天文台でもいろいろな研究が行われています。

2014年には京都市の「京都を彩る建物や庭園」に認定されています。

本館
建物群では本館
本館の建物は花山天文台の象徴的な建物となっています。

別館
別館

歴史館
歴史館

新館  太陽館で構成されています。

本館には国内で3番目に大きなレンズを持つ45cm屈折望遠鏡が設置されています。
この望遠鏡は1927年にイギリスから輸入され花山天文台設立とともに設置された
ものだそうです。
構造も接岸レンズの奥に対物レンズ、反射鏡が入っているようです。
このレンズで遥か彼方の宇宙の様子を観察できるとはなんとも理解しがたいことです。

花山天文台の第3代台長の宮本正太郎博士は来る日も来る日も研究に没頭され
ご家族からは、「お父さま、今度のお正月はお家でお迎えでしょうか」と問われる程
だったとか
1956年~1976年まで継続的に火星の観測を行い、大黄雲(超台風)の発見
がなされ数多くの世界的な天文学の成果をあげられた博士です。
2007年にはこの功績をたたえ、火星クレーターの一つがmiyamotoと名付けられた
そうです。

望遠鏡

歴史観は現在は天文台の歴史を伝えるミニ博物館となっています。
ここにも珍しい観測機や子午機や精密時計などが展示されています。

太陽館は建物全体で太陽分光望遠鏡として機能し、70cmシーロスタット鏡による
太陽光が建物内に導かれ分光器によりスペクトルを取得することができる
そうです。
専門的なことはなかなか理解に時間がかかります。

景色

この天文台は東山ドライブウエイの頂上近くにあり、ここから西の京都が
一望でき、お天気のいい時は阿倍野ハルカスもかすかに見える眺めの
すばらしいところです。


19 : 02 : 38 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
京の夏の旅
2017 / 09 / 17 ( Sun )
京の夏の旅 本野精吾邸

京の7夏の旅シリーズ 「本野精吾邸」のご紹介です。


看板

本野精吾は明治15年生まれで、大正から昭和に活躍した建築家です。

父盛享(もりみち)は読売新聞の創業者、兄一郎は外務大臣という閨閥の家柄、

精吾は東京帝国大学建築科卒業後、明治41年に現京都工芸繊維大学の
図案教授に就任。 明治42年から3年間ドイツ留学。
当時ヨーロッパで盛んだったモダンデザインに影響を受け、帰国後は
鉄骨や鉄筋コンクリートを使用した建築作品を造り出し、日本における
モダニズム建築の先駆者の一人として知られている方です。

邸宅2

京都の北区等持院にその邸宅が残されています。

自邸はL字型のコンクリートブロックの組み合わせ(中村鎮式ブロック)
という当時ではモダンな建築様式で建てられています。
これは早くから地震対策も考えられていたものなのですね。

中村式ブロック2

1階は板張りで食堂と居間兼用でお部屋を広く機能的に使えるようにされて
います。 暖炉も作られています。

これは優れたモダニズム建築として国際組織のドコモモ日本支部によって
選定されているそうです。

21階

暖炉2

窓の開閉ツマミもデザインが凝らされています。

窓ツマミ2

お部屋の2階からは左大文字を見ることができます。

左大文字

また本野が手掛けた建物は京都市考古資料館(大正3年建築)
鶴巻鶴一郎邸(現栗原邸) 昭和4年建築 山科区疏水べり
京都工芸繊維大学3号館(昭和5年)左京区
等が現存しています。



18 : 37 : 37 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
八朔祭
2017 / 09 / 03 ( Sun )
八朔祭 松尾大社

松尾大社は京の嵐山の麓にあって、京都最古の神社といわれています。
秦忌寸都里(はたのいみきとり)が松尾山大杉谷の磐座の神霊を勧請して
社殿を造営したと伝えられています。

大鳥居

一条天皇の行幸以来歴代天皇の行幸も度々行われ官幣大社とされています。

官幣大社

古くから酒の神様として崇められ、境内の霊泉「亀の井」の水を醸造の時に
混ぜると酒が腐らないと伝えられ、今も酒の神様として多くの信仰を集めて
おります。

お酒奉納

境内には重森三玲作庭の松風苑や蓬莱の庭、曲水の庭があります。

蓬莱苑


その松尾大社で9月2日、3日と2日間八朔祭が行われました。

八朔とは旧暦の8月1日(朔日)で暦の上では二百十日頃にあたります。
古くは「田の実の節」といって、五穀豊穣、家内安全を祈願する神事として
八朔祭が行われてまいりました。

京の各商家では「田の実」は「頼み」に通じることから日頃お世話になっている
お得意先やご贔屓様に感謝を込めてご挨拶にまわる習わしがあります。
お中元などはこの頃から始めたものでした。

松尾大社の八朔祭は
9月2日は郡太鼓の奉納、盆踊り
9月3日は神事や子供神輿、女神輿が繰り出し、八朔相撲、上桂御霊太鼓の
奉納、嵯峨野六斎念仏等が行われます。

神饌

秋の収穫物を神前に御供えをして 宮司様の祝詞、収穫感謝、豊作祈願、
家内安全祈願の後

宮司祝詞

神楽舞が奉納されます。

神楽舞

子供みこしもきれいに飾り付けられました。

子供みこし

神輿を組み立てるには麻のロープだけで組み立てます。
結び方も代々継承された男結びをされます。
紐を結んでから水をかけるとしっかり締まって解けることはないそうです。

神輿ロープ

境内の土俵では奉納相撲が行われます。

高校生に続いて大人の部に分かれて力強い相撲が繰り広げられます。

奉納相撲

大人の後は赤ちゃんの土俵入りです。

赤ちゃん土俵入り

赤い廻しに赤いハチマキで、子供の健やかな成長を願っての土俵入りです。

赤ちゃん土俵入り2

びっくりした赤ちゃんは大泣きです。
可愛くも微笑ましく、きっと力強い立派な男子に成長してくれることを皆様と
ともに祈りました。

子供太鼓奉納

拝殿では上桂御霊太鼓社中による奉納太鼓が行われました。
最近は太鼓ブームもあってか社中では30名余りの子供たちが練習
を積んでいるそうです。
息もピッタリと可愛い太鼓が奉納されました。

上桂御霊太鼓

子供に引き続いて大人の部

腹の底まで響く勢いの太鼓は勇壮で力強さを感じさせてくれました。

上桂御愛太鼓

暑くて熱くて汗が滝のように流れる今年の夏も漸く秋風が心地よく感じられる
ようになり始めました。

災害の少ない五穀豊穣を祈願しての八朔祭でした。
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京都府庁
2017 / 08 / 01 ( Tue )
京都府庁の百日紅

京都の今年の夏は特に蒸し暑さを感じます。

そんな中、京都府庁の正面玄関横にある百日紅の花が満開と

なっています。

百日紅は真夏に百日近く咲き続けるところに名前の由来があります。

百日紅1-1

京都府庁南面にある事務室の窓ガラスは百年以上経過している昔の
貴重なガラスで、面が歪んでいるため、外の景色も趣が感じられます。

窓枠ごしに見た、額縁の景色です。

もう少し近づいてみました。

百日紅(2)-2

百日紅は別名”猿滑”と名付けられています。

樹皮がツルツルしているため猿も滑ってのぼれないところから
名付けられたようです。
実際には猿は容易に登ってしまいますが!!!

原産地は中国南部、色も 紅、桃色、白とあり、夏の暑い時期に色鮮やかな
花をつけます。

府庁の百日紅は白で、緑の濃い葉と色のコントラストもよく清楚な感じがいたします。

百日紅の花ことばは「雄弁」「愛嬌」「不用意」

8月に入って夏もピークとなり、厚さも厳しいですが、百日紅が心なしか暑さを
忘れさせてくれます。
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