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桜の開花
2020 / 03 / 22 ( Sun )
京都御苑の桜が満開


枝垂れ桜1

京都御苑の北西に位置する近衛邸跡の糸桜が暖冬の影響もあり早くも
満開を迎えました。

一昨年の台風21号で多くの花木が倒されて一時は桜の開花も危ぶまれる
位でしたが、それでも見事に開花いたしました。


桜3

一段と色鮮やかな八重のボタン桜も満開です。

桜2

近衛邸跡に咲く桜は枝垂れ桜で糸桜とも呼びます。
鑑賞用に栽培されたもので、細い枝に可憐な花が、枝が枝垂れる程つけるところ
から枝垂れさくらと呼ばれます。

桜6

今世界中で新型コロナウイルスによる肺炎騒ぎで、外出禁止令まで出されている国も
あるほど大変な状況となっております。

桜7

京都御苑ではこの時期多くの人が桜の開花と共に桜を愛でに集まります。
今年はそんな影響もあってか、比較的人出は少ないですが、それでもあまり家に
引き籠ってばかりでも気持ちが塞ぐため用心のマスクをしながら暖かな陽気に誘われて
犬も一緒に桜見物の人も見受けられます。

桜5


桜4

桜の開花時期には御苑内では木蓮も色鮮やかな花をつけ一段と華やかです。

木蓮

桃林では、新たに植えられた若木が花をつけ始めています。

桃林

桃花は白とピンクがありますが、桃色は本当に鮮やかで葉っぱの緑とマッチして
とても綺麗です。

桃

花の精が飛び散る頃疫病がはやり、花鎮めのお祀りが今宮神社のやすらい祭りで
あったり、祇園祭りでありますが、早く蔓延する新型のコロナウイルスが鎮静化する
ことを祈ります。
15 : 32 : 41 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
3月の京菓子
2020 / 03 / 14 ( Sat )
3月の京菓子

3月3日は五節句の上巳の節句にあたります。
京の御家では雛飾りをして、子供の成長を願いつつ春の訪れを今かと待ちます。


雛段にはちらし寿司や引ちぎり、菱餅、菜の花和え、白酒等をお供えいたします。

京の和菓子屋さんでは四季折々の様子を写しだしたお菓子が店頭に並びます。

江戸時代以降、庶民にも茶の湯が盛んに楽しまれるようになり、それにつれ和菓子の
業界も文学性や、自然を重んじた華麗なお菓子が考案されるようになりました。

3月は厳しい寒さから漸く解き放たれ、新芽が顔を見せ始めると、お菓子の銘も
「下萌え」から「早蕨」「初音」「花つくし」と一気に華やかさを増します。

お菓子の銘とともに色合いも華んなりとして参ります。

引ちぎり

まずは雛祭りには欠かせない京菓子「引ちぎり」です。
草餅の上に華やかなきんとんがのせられています。
もっちりとした生地に草餅の香が春を感じさせてくれます。

草餅他3種

春のお菓子3種です。
やはり草餅は欠かせません。 お店によってもっちり感が微妙に変わります。
色とりどりのきんとんは「春の野」です。 菜の花や桜を表します。
そして紅梅を表します。

草餅に使われる「よもぎ」には
 よもぎに含まれるクロロフィルという成分が体内のヘモグロビンんの生成を助け
 コレステロール値を下げ貧血予防、鎮痛作用、喘息等に効用があるとされています。
 昔からよもぎはお灸にも使われ、止血剤としても使われてまいりました。
 その効用を昔の人々は上手に生活に取り込んでまいりました。

桜の葛饅頭

桜の香を閉じ込めた葛饅頭2種です。
片方は桜の葉を葛の生地の混ぜ、より桜の香を引き立てます。
喉越しのいい、上品な味わいです。

和菓子屋さんによって異なった趣向を凝らしたお菓子で春をより豊かに
感じます。
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京の節分会
2020 / 03 / 02 ( Mon )
松尾大社の節分会

今年の節分会2月3日は晴天に恵まれ比較的温暖な一日でした。
特に今年の節分会は松尾大社の節分会で午前10時から催される 石見神楽を
拝見するのがメインでした。

大鳥居1-1

松尾大社の大鳥居には「脇勘定」といって鳥居の上部に鳥居の原型そのまま
示す物と云われる脇勘定がつけられています。
榊の束にしたものが12個(うるう年は13個)つけられているものです
月々の農作物の出来具合を占った太古の風俗をそそのまま伝えるもの
とされています。 ちなみに今年はうるう年なので13個つけられています。

撫で亀1-1

境内には「撫で亀」が祀られていて病を癒してくれる有難い亀さんです。

さて、神楽について、その歴史は非常に古く、日本神話において、岩戸隠れの段で
アメノウズメが、神がかりとして舞ったのが起源とされていると言われています。
1-1獅子頭

      -1獅子頭2
(獅子頭)

その神楽で最も知られている、島根県の石見神楽の起源はさだかではないそうですが、
近世以前とされ、文政文化時代の国学台頭とともに古事記・日本書紀を原拠とする
神話物が加わりその内容も多彩であるといわれています。
明治になって政府から神職の演舞の禁止令が出されてから土地の人々によって受け
継がれ、民俗芸能として演舞されるようになったそうです。現在は90種以上の演目が
あるそうです。
そんな中から今回は、塩祓い、道がえし、塵輪、大蛇の4演目が約2時間にわたって
演舞されました。

1番目の演目は塩祓です。
-1塩祓い3

四方を清めて神の降臨を待つ準備を整えるという神楽です。
神をお招きする
 「神よ降りたまえ 神が降りておいでになる 場所には 綾を敷き並べ
   神の御座所といたしましょう」

塩祓い2-1

2番目は塵輪
塵輪2-1

鬼舞の代表的な神楽
14代の帝 帯井津日子の天皇が異国より日本に攻めくる数万騎の軍勢を撃つというもの

塵輪3-1

その敵の中に塵輪という、身に翼があり黒雲に乗って飛び回り人々を害する
悪鬼がいると聞き、天の鹿児弓、天の羽々矢を持って高麻呂を従え討伐に
向かう

塵輪4-1

激戦の末に退治する
 「弓矢をとる人を守りの八幡山 誓いは深き 石清水かな」

塵輪5-1

3番目は道追(みちかえし)

常盤の国 鹿島神宮の祭神である武甕槌(たけみかづち)の命が世界各地を
荒らしまわった大悪鬼を退治するという神楽

道追2-1

神と鬼との掛け合いと激しい立合いの末鬼が破れて降参してしまう
石見神楽の中でも珍しく鬼が降参して許されるという演目です。
鬼を殺さずに道の途中から返すので道追(みちかえし)というそうです
 「峰は八つ谷は九つ音にきく 鬼の住むちょう あららぎの里」

道追3-1

いずれの演目も大立ち回りで神楽といってもダインミックな見応えのある
ものです。

四番目は大蛇(おろち)
大蛇1-1

悪行の為高天原を追われた須佐之男命が出雲の国斐川にさしかかると、
老夫婦が嘆き悲しんでいた。訳を尋ねると、夫婦には八人の娘がいたが、
大蛇が毎年あらわれて、七年間に七人の娘がとられ、最後の一人も取られる
という。

大蛇2-1

命は大蛇を退治することを約束し、その老夫婦に毒酒を造らせました。やがてこれを
大蛇が飲んで酔ったところを見事退治しました。

大蛇3-1

この時大蛇の尾から剣が出てきました。
この剣は「天の村雲(のちの草薙の剣)」として天照大神に献上され、三種に神器
の一つとして熱田神宮に祀られるようになりました。
須佐之男命は助けた娘(八番目の娘)奇稲田姫と結婚しました。

大蛇5-1

めでたし!!、めでたし!!です。

神楽の後は午後1時より節分の神事が行われました。

神楽で活躍された鬼さんが「悪い子はいないか?」と舞殿を舞わって子供の
無事を祈願いたしました。
鬼をみて、全然泣かない子供もいれば、泣き叫ぶ子供もいて境内は
一段と賑やかになります。

悪祓い2


悪祓い3-1

神職による四方の弓祓いが行われました。

四方弓祓い-1

見事弓を受け止めた人には今年はいいことがあるでしょう。

四方弓祓い2-1

弓祓いの後は豆まきの行事が行われました。

そして季節は立春です。
今年は暖冬で雪不足の年となっております。
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京の紅葉だより
2019 / 11 / 25 ( Mon )
京の紅葉だより  「宝泉院」

京都は大原にある宝泉院の紅葉は、まさに今紅葉酣の様相です。

宝泉院はもともとお隣にある勝林院の宿坊として創建されたお寺です。
勝林院は、長和2年(1013)天台声明の根本道場として寂源によって
創建されました。
顕真法印と法然上人が勝林院において念仏往生の問答を交わされた
お寺として「問答寺」とも呼ばれています。
ご本尊の阿弥陀様はその問答で証拠を示されたところから、この阿弥陀様を
「証拠の阿弥陀」と呼ばれている由緒あるお寺です。

宝泉院には幾つかの特徴があります。
そのうちの一つには お庭に樹齢700年とも伝わる「五葉の松」がそびえています。

五葉松

宝泉院の玄関を入ったところには法然上人の衣掛けの石も置かれています。

衣掛けの石

五葉の松は書院から拝見すると
まさに額縁庭園の眼前に見事な枝振りを披露しています。
近年この松も松くい虫に侵され、手当てをうけているところです。

盤垣園2


盤垣園1

南側のお庭には水琴窟があり、蹲踞を通して水の落ちる音が清々しく聞こえて
きます。

水琴窟

この額縁庭園を「盤垣園」と名付けられ、その意味は「立ち去り難い」です
書院に坐して眺めていますと、本当にいつまでもそこにとどまってこの景色を
堪能したくなります。
丁度この時期は(11月2日~12月1日)ライトアップが行われ、幽玄の世界へと
誘ってくれます。

書院の廊下にはかって慶長5年関ヶ原合戦の前哨戦で決死の攻防をはたした
徳川方の武将鳥居元忠軍が落命した時の床板をその供養のために天井板に
して菩提を弔った血天井が宝泉院にもあります。

紅葉1

宝泉院には3つの庭園から構成されいます。
それは、「鶴亀の庭」「盤垣園」「宝樂園」です。

先ず玄関から書院迄に「鶴亀の庭」があります。
鶴亀の庭には樹齢300年といわれる沙羅双樹もあります。
池には鯉が悠々と泳いで回遊しています。

囲炉裏の間からみえる紅葉は一段と鮮明な色をしています。
その奥にはお茶室があります。


裏庭

今は何処から眺めても色鮮やかな紅葉が楽しめます。

紅葉2

宝楽園に入りますと回遊式の庭園となっていて散策を楽しむことが
できます。

宝樂園

蹲踞には落ち葉が散りばめられています。
木々の紅葉は一年の営みの内で最も装って、葉を落とし、これから寒さに
絶えて来年又新芽へと受け継がれていく、そんな素晴らしい一瞬を私達に
与えてくれます。 この瞬間を大切に愛でたいものです。

宝泉園3

書院では特別使用のお菓子とお抹茶も楽しむことができます。

宝泉園2

宝泉園4

宝泉院の紅葉は今月一杯楽しめそうです。
アクセスは京都駅から地下鉄で国際会議場迄、そこから京都バスで大原迄
又は京都駅から京都バス17番で大原まで。

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京の謎々
2019 / 10 / 09 ( Wed )
占出山が二つ

京の三大祭である祇園祭の山鉾の一つに占出山があり、
錦小路通の室町東に建てられます。
先祭りの巡行で今年は山第12番目に巡行いたしました。
占出山の御神体は神功皇后をお祀りしています。

祇園祭 占出山2

占出山の由緒は日本書記によると
神功皇后が外征の戦の時、吉凶を占うため肥前松浦で戦勝ならば魚をと
祈願をし、釣占いをしたところ、見事な魚が釣り上げられ、勝ち戦を予兆した
ことに因むとされています。
この時に釣り上げられた魚を魚偏に占うと書いて「鮎」と読む語源にも
なったと伝えられています。
占出山も当初は「鮎祝山(あゆわいやま)」と呼ばれていたようですが、
江戸時代の初めに「占出山」とされたと伝わります。又「鮎釣山」とも呼ばれます。

巡行にお飾りをされる神功皇后は水干に烏帽子をつけ太刀を佩く姿に
手には袋を被せた釣竿を持ちその先端に鮎を付けた姿をされています。

この占出山が実はもう一つ存在しておりました。

それはやはり神功皇后をお祀りするもので、京都市伏見区にある
御香宮神社に縁のあるものです。

御香宮神社は今から約1000年前、清和天皇の時代に、もともとは「御諸神社」と
呼ばれていたようです。
この神社の境内に大変香りのいい水が湧き出たことから清和天皇から「御香宮」
の名を賜ったとされています。

御香宮

祭神は神功皇后ほか六柱の神様をお祀りされています。
毎年十月上旬には御香宮神幸祭が行われ町は賑わいを見せます。
この神幸祭は伏見九郷の総鎮守のお祭りで、伏見祭ともいわれ
洛南地方の大祭とされています。
室町時代の風流傘の伝統を今に伝えることから花笠祭とも呼ばれています。

この御香宮の神幸祭にかって山鉾があり、占出山といわれ巡行していたようです。
今では余りこの山鉾のことは知られていないようですが・・・・

かって伏見区の肥後町には江戸時代 伊予大洲藩(いよおおずはん 現在の愛媛県)
等5藩の屋敷が置かれていて、その藩から御香宮神社の祭神である神功皇后の
御神形を寄進され、御香宮祭の時にこの御神形を奉祀し、占出山として花笠巡行
と一緒に巡行されていたと伝えられているようです。
明治になってから巡行はされなく、居祭りとなったようです。

鮎祝女御

お祀りする神功皇后を「鮎祝女御(あゆわいにょうご)」とよび、現在も大切に
保存継承されて毎年御香宮祭の数日間だけ肥後町の御神倉でお飾りをされて
います。

大変きれいな衣装で背丈も大きく立派な御神形をされています。

占出山には祇園祭の占出山と御香宮祭の占出山とがある不思議を発見
いたしました。

(資料文献は伏見区あれこれ:ふしみ昔紀行、懐かしの写真館)より
20 : 00 : 26 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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