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2019年の年明け
2019 / 01 / 04 ( Fri )
2019年 亥年の年明け

穏やかな晴天に恵まれた2019年 亥年が 年明けいたしました。

1日元旦の午前7時10分 東の空が少しずつ明るくなり朝日が昇り始めました。

初日の出1

外気は寒いですが、凛とした空気が漂います。
鐘楼の上当たりの空にはまだ三日月がくっきりと見えます。

朝日

朝日が輝く方角には琵琶湖が見えるところです。

その西の方角には近江富士の三上山がその雄姿を浮かばせています。
この辺りは電線が混みあって写真の画面には少し残念ではあります。

三上山

朝日は瞬く間に上り7時20分には眩い光が射し込んで参ります。
愈々2019年が始まりました。
今年はどんな年になるのでしょうか?

日の出

日の出2

先ず大きな出来事は改元が行われることです。4月には発表されるとの由
平成天皇が退位され、新たな時代がはじまります。

出来る事なら大きな災害に見舞われることなく、平穏な年でありますように
日の出とともに輝く太陽に祈りました。

亥年は五行説から陰陽では陰に当たり、無病息災を司る年ともいわれます。
亥年生まれの人は芯が強く、やると決めたことは成し遂げる性格だそうです。

亥の月(11月)、亥の日(1日)、亥の刻(午後10時頃)に御餅をついて食べると
無病息災が叶うとして、京では毎年11月には亥の子餅が食されます。

又イノシシは子沢山として子孫繁栄も願います。

亥の子餅

今年一年がよき年となりますように!!
23 : 46 : 14 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
師走の風物詩 「顔見世」
2018 / 12 / 23 ( Sun )
南座に師走の風物詩「顔見世」が戻ってきました

南座

四条大橋東詰めにある南座は元和年間(1615~24)に幕府から官許された
七か所の常設芝居小屋ののうちの一つで、その後これらの芝居小屋のいくつ
かは焼失したりして、幕末のころには、北座と南座のみが残り、さらに明治26年
には北座も廃業となり、唯一南座のみとなりました。

現在の南座の建物は昭和4年(1029)に桃山風意匠の鉄筋コンクリート造り
5階建が建設されました。平成3年には桃山風の外観をのこして改修工事が
行われ、平成8年には国の登録有形文化財に指定されています。

南座2

しかし耐震の基準が不備とのことで平成28年から3年かけて耐震工事が
行われ、その間、年末の顔見世は、祇園甲部歌舞練場や、先斗町歌舞練場
ロームシアターと点々場所をかえて開催されてきました。

南座天井

今年漸くその工事が終了し、11月には東西歌舞伎俳優の方々がそろい踏みで
松本白鴎、幸四郎、染五郎の襲名披露をかねたお練りが、南座から八坂神社まで
行われ一挙に賑々しくなりました。

まねき1


京の師走の風物詩「顔見世」も今年は2ケ月にわたってロングランで開催されて
います。

まねき2


12月の顔見世は
 午前の部は 菅原伝授手習鑑、鳥辺山心中、ぢいさんばあさん、恋飛脚大和往来

で私は夜の部に行ってまいりました。

演目3

義経千本桜 三段目(木の実、小金吾討死、すし屋)の場面 
いがみの権太を片岡仁左衛門さんが、三位中小維盛を中村時蔵さんが扮し
熱演されました。平の維盛が親子3人落ち延びていく姿をえがいたもので、
仁左衛門さんの権太の演技がすばらしい。
やくざ者ではあるが、情のこまやかさ、格好よさは流石に人間国宝の演技
かと見とれてしまいました。

演目5

第二幕の長唄「面かぶり」は鴈治郎さんの舞踊
 衣装の早変わりも艶やかでお客を引き付ける舞踊は見ごたえがあります。
 鴈治郎さんは12日にロームシアターで開催された京都文化力プロジェクトで
 歌舞伎のもつ文化力についてのお話も軽やかに語りかけておられました。

第三幕は弁天娘女男白波では
 今歌舞伎界で中堅の実力者による白波五人衆を 片岡愛之助、中村芝翫さん等
 いなせな五人衆の口上が披露されました。

演目4


第四幕は三社祭り
 清元の舞踊で、これがまた何とも小気味のいい、素晴らしい出し物でした。
 仁左衛門さんの孫で千之助さん18歳、中村富十郎さんの長男中村鷹之資さん
 19歳という若さ。
 明治39年以来顔見世の出し物の主役で10代が努めるのは初めてとか。

 二人とも息の合った一糸乱れのない躍動感あふれる舞踊は途切れることなく
 見ている人の瞬きもさせないくらいすばらしいものでした。

丁度私が座っていた座席のすぐお隣から、大向こうが飛びかいました。
「松嶋や!!」「成駒や!!」 その間合いがまた面白く。
顔見世のまた違った楽しみ方を味わうことができました。

片岡秀太郎

そして23日には片岡秀太郎さんが京都文化博物館開館30周年を記念
して「片岡秀太郎の歌舞伎ばなし」にご出座され、歌舞伎の四方山ばなしを
披露されました。
来年は喜寿を迎えられるそうですが90分間、笑いあり、エピソードあり
会場200名の方を最後まで飽きさせることなくお話の中に誘い込み
素晴らしいひとときでした。
同時に「女形ー片岡秀太郎」写真展も開催されていました。
専属の写真家堀出恒夫氏による写真展で、それは妖艶で女性以上に
しなやかで、目の使い方がすばらしい。流し目、睨み、情艶な目
これは男性が求める女性のまなざしが わかるゆえの芸なのでしょうか?
とても綺麗な写真展でした。

今年は歌舞伎をあらゆる角度から楽しませて頂くことができました。
19 : 10 : 45 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
京都駅
2018 / 12 / 09 ( Sun )
今 京都駅が輝いている

年の瀬を迎え、街では紅葉の彩にかわって、そろそろクリスマスツリーの電飾が
灯されはじめました。

駅中央口2


京都の玄関口、京都駅が今とても輝いています。

駅中央口

現在の京都駅は平成9年(1997)に完成いたしました。四代目の駅舎となります。

日本の鉄道駅舎としては異例の国際指名コンペ方式が行われ、7名の著名な
設計士の中から東京大学教授の原広司教授の作品が選ばれて建設されました。

初代は明治10年(1877)現在の京都駅がある場所よりやや北側にあり、その名も
「七条ステンション」と呼ばれていました。

二代目は大正3年(1914)大正天皇の即位式に合わせてルネッサンス式建築様式
によって資材は総檜で現在の場所に建設されました。
しかし昭和25年(1959)に焼失してしまいました。

三代目は昭和28年(1952)に鉄筋コンクリート造りの2階建で(一部8階建)近代的
駅舎となりました。

そして四代目は「京都は歴史の門である」という主旨のもと、平安京の都市の特徴
である条坊制(碁盤の目)を取り入れ、玄関口の象徴「門」を烏丸通と室町通に配した
造りから1000年の都が置かれていた特徴ある京都の駅舎が完成したのです。

近代的な特徴ある京都駅舎は環境に配備した賞を受賞しています。
平成26年(2014)には京都環境賞受賞
平成29年(2017)には環境配慮建築物優良賞受賞

近年5000万人をはるかに超した観光客をお迎えするこの京都駅ではいろいろな
おもてなしの在り方が模索されています。

平成24年(2012)には171段ある大階段にグラフィカルイルミネーションがともされ
人気が集まっています。

毎年2月にはこの171段ある大階段の「駆けあがり競争」が行われるところです。

大階段 鳥居
鳥居を象ったイルミネーションです。

大階段3

大階段5

大階段6

土曜日とあって多くの人が明かりの変化を楽しみ写真におさめておられました。

ツリーは一段と高く、天井を抜けてそびえているようです。

ツリー2

ツリー

大階段より向かいの京都グランビアホテルのイルミネーションもとても綺麗です。

グランビアホテル1

大階段を上る途中のエントランスから京都タワーもくっきりと見えます。

京都タワー

師走のひととき、夜の時明かりを楽しんでみては如何でしょうか。
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京の夏の旅
2018 / 09 / 24 ( Mon )
京の夏の旅 御室別邸

第43回 京の夏の旅は3つのテーマで特別公開が開催されています。
「明治150年」「京のお屋敷」「もう一つの花街 島原」のテーマです。

京の夏の旅

そのうちの一つ「京のお屋敷」  ”旧邸御室” に行って参りました。

御室は京都市右京区の仁和寺を中心とした一体の地域を指します。
宇多天皇が譲位され仁和寺に御座所を設けられ隠棲されたところを御室御所
と呼ばれたところからきています。

門


嵐電の仁和寺駅から徒歩5分位のところにある、現在は株式会社山三製材所の
山本三夫氏所有の邸宅が今回公開されていてる”旧邸御室”です。

築80年といわれ、500坪の広大な敷地に建てられた数寄屋造りの邸宅は平成28年
11月に国登録の有形文化財に登録されました。

昭和12年に建てられた当初の建物は設計者は不明だそうです。
当時の所有者は大手酒造会社役員の阿部喜兵衛氏という方です。

四代目の阿部喜兵衛氏の祖父である二代目阿部喜兵衛氏は
朝の連続テレビ小説「マッサン」のモデルとなったニッカウイスキーの
創設者竹鶴政孝氏をスコットランドに送り出した人として知られています。

この阿部喜兵衛氏より昭和44年に山本氏が購入され現在に至ります。

22畳の大広間からの景色は双ヶ岡の斜景を利用して飛び石には鞍馬石を
そして樹齢100年~120年の赤松に灯籠を隔ててうばめがしが枝を張ります。

o.jpg

お座敷にはかりんの木を用いた座敷机がおかれ、これが庭鏡となり、お庭の
景色を写しだします。

書院造りの床の間は本床に付け書院と左端の一段高くなっているのは琵琶床です。
お客様をお迎えした時に琵琶を飾っておく飾り床です。

書院造りの床の間

お座敷の欄間には桐の木に”富士山”が彫られています。

富士山の欄間

富士山の欄間の下には襖絵に美保の松原が描かれています。

襖

お庭から山手に上がると四畳半のお茶室 ”双庵”が建てられています。

茶室

数寄屋造りのお茶室は落ち着いた雰囲気で大切に保存されているのか
とても綺麗でした。

茶室2

お茶室 “双庵” からの眺めは双ヶ岡を借景に母屋の屋根が見えます。

茶室からの眺め

お風呂の扉は筏流しの絵が描かれたすりガラスがはめられていて、モダンな
お風呂場です。
洗面台の鏡にそのすりガラスが写ります。

洗面台

洋間の天井は四季の花が描かれた格天井となっています。

格天井

玄関にもかりんの木で出来た衝立が置かれ外の景色を写しています。

玄関

邸宅内には大小15の灯籠が置かれています。

灯籠

昭和初期の数寄屋造りの邸宅が文化財としてその価値を後世に伝えられることを
願って公開されています。
京の夏の旅は9月30日迄となっています。
17 : 33 : 33 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
京都の御大礼
2018 / 09 / 17 ( Mon )
京都の御大礼

今年は明治150年の記念の年であり、平成30年の節目の年を迎えております。
そして来年(平成31年)には平成天皇が譲位され元号が変わり、その年には
新たな天皇の即位の礼や大嘗祭が盛大に行われることとなっております。

明治になって天皇が東京にお移りになってからも、大正天皇や昭和天皇の即位礼と
大嘗祭は京都で行われて参りました。
大正4年(1915)の大正の御大礼は京都御所の紫宸殿で行われ、饗宴は二条城の
現在の清流園の辺りに新たな建物が新築され行われたようです。

この記念の年にあたり、9月1日から 「京都の御大礼」と題して、細見美術館や
京都市美術館別館、みやこめっせ、上賀茂神社、下鴨神社で御大礼ゆかりの
展示会や関連の講演会、よみがえる味 大正大礼のおもてなし料理、などの催しが開催
されております。

パンフレット


今日は二条城の台所で開催の宮廷文化を吟味する特別な体験として
 よみがえる味 大正大礼のおもてなし料理 の体験をしてまいりました。

特別講演会は「”京都の御大礼”がもつ意義を考える」
 天皇の歴史と文化研究者の所功先生のお話と
 皇室ジャーナリストの久能靖先生との対談がありました。

即位の礼が始まったのは飛鳥時代からで当時は中国の影響を受けていました。
大嘗祭というかたちが整ってきたのは奈良時代だとみられます。
衣装も孝明天皇の時は中国式、明治天皇の時より束帯姿になり、
高御座も大正天皇の時に復元されました。
大正天皇の時から皇后様の御帳台も置かれるようになりましたが、この時
皇后様はご懐妊されていたので、お立ちにはならなかったそうです。
衣食住の中で最も大事とされる食、新嘗祭はお米や粟をお供えして天皇がそれを
戴かれる直会の儀式で、このお米や粟が京都を中心に東西に分かれて奉納されて
きました。
等貴重なお話を伺うことができました。

図録


その後は飛鳥時代から大嘗祭の際に舞われた五節舞が披露されました。
五節舞には諸説あり
天武天皇の時代に吉野の天女が現れ袖を五度振って舞ったとか、
五度袖を振るのは呪術的であり、新嘗祭の前日に行われる鎮魂祭とも同じ意味が
あるという説や五節=五声として先王が5つの音調を用いて楽を作って民衆に教化した
等いろいろあるそうです。

五節会の舞1

この衣装は十二単の衣装で頭には日陰糸をつけます。
衣装を新調するには( )億円はかかるそうです。

御節会の舞2

本来新嘗祭の際には4名で、大嘗祭の際には5名で舞われるそうですが、
本日は2名で舞われました。

御節会の舞3

雅やかで、豪華な衣装とゆったりとした雅楽にあわせて舞われる五節舞は
優雅で艶やかな舞です。

御節会の舞5

この後は
西陣の魚新さんが作られた「御大礼おもてなし弁当」を頂きました

お弁当2

大正大礼の献立から現代風にアレンジした献立のお弁当です。
献立は
 *鯛糸づ造り、 いか松笠焼目、 うど
 *鮭黄身焼、日の出かまぼこ、松葉黒豆、鳥松風焼き、寄せ金柑
   ひしはなびら、浅漬け大根、松笠慈姑
 *炊合せ
   鴨じぶ煮、椎茸、すだれ麩、菠萩草
 *ご飯
   たいそぼろ、錦糸玉子、筍、紅生姜
が夫々彩りよく詰められていました。

西陣魚新さんは京都では萬亀楼さんと二軒だけ有職料理を継承されているお店です。
本日の献立は元宮内庁大善課に勤務されていた谷部金次郎氏の助言のもとで
つくられたものだそうです。

京料理のおもてなしは雅ななかにも素材の味がしっかり出されていて調和の
とれた大変おいしいお弁当でした。
20 : 34 : 31 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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