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京の桜便り
2018 / 03 / 24 ( Sat )
京都府庁の桜

今年は桜の開花が早く、京都府庁の中庭の桜は見事に咲き出しました。

府庁の桜5

中庭にあるのは祇園円山公園の初代枝垂れ桜の孫桜、他に一重の
枝垂れ桜、八重の枝垂れ桜、容保桜、吉野桜 はるか桜があります。

今は枝垂れ桜がいち早く咲き出しました。

府庁の桜1

DSC02067.jpg

府庁旧本館では3月24日から4月8日まで観桜祭が開催されます。

観桜祭

オープニング挨拶

まゆまろ

今日24日は午前10時よりそのオープニングセレモニーがまゆまろも
参加して行われました。

オープニングの景気づけは「上桂の御霊太鼓」のみなさまによる和太鼓の
演奏です。

上桂御霊太鼓

上桂御霊太鼓のメンバーは60名位おられ、小学生の子供たちが
元気よく演奏してくださいました。

上桂御霊太鼓2

上桂御霊太鼓4

勇壮な太鼓の音は青空に響きわたり元気づけられます。

正面玄関前ではノウフクマルシェで上賀茂のお野菜や椎茸、果物、クッキーが
販売され、お茶の接待も行われました。

ノウフクマルシェ

マルシェ

4月8日まで日替わりでそれぞれ催しが開催されます。
枝垂れ桜もまだまだこれから満開を迎え、容保桜、吉野桜もこれから
咲き出します。 今年の桜は色が鮮やかです。

是非お出かけしてみては如何でしょうか
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19 : 41 : 18 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
旧三井家下鴨別邸
2018 / 02 / 26 ( Mon )
>旧三井家下鴨別邸

京都の出町柳に張り出す高野川と鴨川の合流する三角州の北側には
下鴨神社の境内が広がります。
下鴨神社の南に位置したところに旧三井家下鴨別邸があります。

門

広さは5720㎡ある敷地に三層建ての主屋と玄関棟、茶室、庭園からなります。

地図

三井家は慶長年間に商人として高俊が屋号越後屋として創業したのに始まると
されています。
高俊の四男である高利が呉服商越後屋から両替商を初め事業を拡大し、
三井家の総領の座を確立し、三井財閥として発展していきました。

この旧三井家下鴨別邸は三井家北家の別邸として第10代三井高棟によって
建築された別邸だそうです。
三井家の祖霊社である顕名霊社(あきなれいしゃ)が明治42年に遷座され、その参拝
の休憩所として大正14年に建築されたのが現在の別邸で,玄関棟、主屋、茶室が
現存しています。 当時は参拝の休憩にのみ使われていて、宿泊場所ではなかったようです。

広大な敷地に3層の和建築で全体的には簡素な造りがなされ、随所にこだわりの
衣装が見られます。

玄関


建築に当たっては木屋町三条にあった三井家の別邸が主屋として移築されたそうです。

この木屋町三条にあった別邸にはかって、三井高棟の養父である9代当主の高朗の
隠居所であったそうです。

全体的には書院造りがとり入れられ、天井が高くゆったりとしています。

1階は八畳と六畳の座敷で障子の桟が凝ったつくりがなされています。
窓が広くてお庭の景色が全体にみられ、広々とした感じがいたします。

主屋

内玄関に置かれている衝立の障子が開け閉めでき、障子の下は紅葉や桜の
彫りが施されてお洒落な衝立が置かれています。
衝立の前側には一輪挿しがおけるように工夫されています。

内玄関

2階は十四畳の座敷

主屋2

欄干

洗面所などは洋風となっていますが、お風呂は木のお風呂です。
、3階は望楼となっています。
3階の望楼は360度パノラマの景色を見ることができる素晴らしい眺めです。

主屋全体2

別棟となっているお茶室です。 今回公開はされていませんが、お茶会も
できるそうです。

茶室

お茶室となりに置かれている棗型の手水鉢、随分背の高い手水鉢です。

手水鉢

庭園3

お庭がとても広くて滝組もなされています。
今の時期は冬枯れで芝も赤くなっていますが、6月頃には芝の状態も新緑で
素晴らしい眺めとなることと思われます。

庭園2

灯籠

池に写る建物の景色も晴れの日は素晴らしいです。

庭園

三井家の家紋「四つ目結」です。

家紋



この三井家下鴨別邸は昭和24年京都家庭裁判所に譲渡され、以降平成19年迄
家庭裁判所の所長宿舎として使用されていました。

平成23年には国の重要文化財に指定され、京都市の管轄となり現在これを
後世に継承していくため修復をされています。

2階、3階が公開されているのは今回は3月6日迄となっています。

18 : 43 : 41 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
全国都道府県女子駅伝
2018 / 01 / 14 ( Sun )
全国都道府県女子駅伝

毎年1月の恒例行事となっております、全国都道府県女子駅伝は
今年は36回目が今日(14日)開催されました。

駅伝発祥記念碑

日本で最初に駅伝が開催されたのは大正6年(1917)4月27日に
京都三条から東京上野までを23区に分けて3日間かけて行われました。

その記念碑が昨年100年記念として三条大橋東詰北側に設置されました。

その3年後、大正9年に箱根駅伝が開催されています。

全国都道府県女子駅伝は1983年から始まりました。

この駅伝の開催によりまして、日本の長距離ランナーの育成となって
マラソン選手が育ってオリンピック選手も選出できるようになっています。

今年も華やかな女子選手が都大路を駆け抜けていきました。

表示


女子駅伝は華やかで、色とりどりのユニフォームが飛ぶように駆け抜ける
姿は躍動感とともにしなやかさを感じさせてくれます。

選手

選手2

ご当地応援団も駆けつけ、市民の皆さんも どの選手にも惜しみない
声援を送っておられました。

今年の1位は兵庫県、2位に京都、3位は長崎でした。
どの選手もお疲れ様でした。
そして素晴らしい姿は元気を頂きました。又来年に向かって頑張って
頂きたいと願っています。
14 : 53 : 28 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
御苑 土御門第跡
2017 / 12 / 22 ( Fri )
藤原道長邸宅跡

京都御苑の中に(仙洞御所の北)土御門第跡と駒札が建てられている
辺りは平安時代中期の公家で摂政藤原兼家の五男「藤原道長」の邸宅が
あったところとされています。

駒札

邸宅は南北二町に及び、上東門第、京極第などと呼ばれました。

道長の長女彰子を一条天皇の中宮とし、里内裏である道長邸で
後一条天皇や後朱雀天皇が誕生されています。

此の頃道長の権勢は目を見張るものがありました。

寛仁3年(1019)には出家して行観(後行覚)と称しました。

道長の日記『御堂関白記』14巻は自筆本で我国最古の日記として
国宝に指定されています。

この道長邸宅にて催された宴席で

 ”この世をば わが世とぞおもふ 望月の 欠けたることも なしと思えば”

と歌われてから来年は1000年に当たります。

十三夜2


地形からして、この邸宅跡からは月が見えないと思いきや、意外にも大文字山
から月を見ることができるのです。

当時は高層ビルもなく、月の眺めも一際綺麗で、夜長を歌を詠みながら愛でた
ことでしょう。
23 : 39 : 16 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
大宮御所・仙洞御所
2017 / 11 / 13 ( Mon )
大宮御所・仙洞御所

大宮御所門

京都にはかって1000年の長きにわたって都がおかれてきました。
現在もその足跡が残されていて、京都御所、大宮御所、仙洞御所そして
現在は市民の憩いの場ともなっています京都御苑が存在いたします。

それは市中の真ん中にあり、京都御苑は誰でもいつでも行くことができ、四季折々に
風景が変わり楽しむことのできる場となっております。

今から150年前に徳川慶喜が大政奉還を致しまして、京都の様子も変わりましたが
それでも市民の心の中には京都御所は特別なものとなっております。

京都御所は近年通年で参観できるようになりましたが、大宮御所・仙洞御所は
申込制となっております。

ちょうど紅葉が始まりだした今日参観してまいりました。

大宮御所3

大宮御所の大宮とは皇太后,太皇太后の敬称で、御水尾天皇の中宮東福門院
和子の女院御殿として造営されました。
東福門院・和子は徳川家康の孫、徳川秀忠の息女です。

大宮御所2

大宮御所は現在でも天皇陛下や皇太子殿下が京都にお見えになった時の宿泊所と
なっております。
中は洋風になっているそうです。
中庭には紅白の梅があり、松、竹と吉兆の樹木が植えられております。

大宮御所松

大宮御所竹

大宮御所灯籠

御所の中門を潜ると北池へと続きます。
ここから仙洞御所となります。
仙洞とは俗界を離れた清浄な地で仙人の住むところとされています。

作庭は小堀遠州によるものだそうです。

北池

ちょうど紅葉が真っ盛りで池の水面に映る景色も最高です。
鴨が泳いでいました。

北池2

暫し景色を御覧ください。

北池3

右手には船着き場があります。

北池4

北池5

阿古瀬渕の池に鷺が一羽止まっていました。絵になります。

鷺

小高いところに紀貫之の邸宅跡という石碑が見えます。

紀貫之邸跡

少し進みますと鎮守社があります。
伊勢神宮、下鴨神社、石清水八幡宮、春日大社の祭神が合祀されているそうです。

柿本社

北池橋を通過し、更に奥へと続きます。

北池橋

この雪見灯篭は徳川光圀公(水戸光圀)より献納されたものだそうです。
茨城県産の結晶質凝灰岩・寒水石で出来ています。

雪見灯篭水戸光圀

船着き場で、ここより船で池の眺めを楽しまれるところです。
秋の夜長、池に映る月を愛でながら歌など詠まれて過ごされたのでしょう。

船着き場

南池へと続きます。

南池

正面の奥には滝が流れています。

南池2 滝

前方には八つ橋と呼ばれる石橋が見えます。

八ッ橋

南池3

仙洞御所の中で最も古い建物といわれる「醒花亭」と名付けられた茶室です。

醒花亭

創建は江戸中期とも後水尾上皇の時代ともいわれています。
杮葺き屋根に庭園全体が眼下に眺めることのできる絶好の場所に位置します。

醒花亭の名前は中国の李白の詩文「矢来月下臥醒花影」から名付けられたとか

醒花亭2

詩文の額が掲げられています。

漢詩

醒花亭の前庭も紅葉が非常に綺麗です。

醒花亭前庭

南池に敷き詰められた州浜の石は白灰色の丸い平たい石で小田原藩主の
大久保候が小田原の海岸から取り寄せ、1個づつ真綿にくるんで納められた
そうです。

州浜

この石1個で米1升と引き換えられたといわれ、俗に「1升石」と呼ばれています。

一升石

南池を一周して戻ってきますと外腰掛が見えてきます。
これがもう一つのお茶室「又新亭」の外腰掛になります。

外腰掛

又新亭はもとは今出川御門の南西にあった近衛家の茶室で、明治17年に
近衛家が東京に移住されたためにここに移設されたものです。
裏千家の第11世玄々斎好みの茶室と言われています。

又新亭2

屋根は茅葺で4室からなります。内部には斬新なアイデ7が施されて
いるそうです。

又新亭

花頭窓がありますがその前には大きな木が植えられています。
これは敢えてそのようにされているとか!
外の風や空気が入るが外景に見とれることがなく、大きな木でもって
お茶に集中するようにとのことからこのような造りとされているとか。

又新亭花頭窓

丁度柊の花が咲いていました。かなり老木になってきているので葉のとげが
あまり見られなく葉も丸くなっています。

人の一生も年老いて人間味が丸く仙人のようになっていければいいですね!

柊の花

約1時間かけて大宮御所・仙洞御所を一周して拝観して参りました。
秋の紅葉は格別ですが、新緑も、藤の花の頃も、雪景色も素晴らしいとご説明
がありました。

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