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京(みやこ)の華舞台(2)
2008 / 09 / 29 ( Mon )

                    弐の宴80

京の華舞台(2)

弐の宴 【幽玄】

9月20日に引き続き ”京の華舞台” の 弐の宴 【幽玄】
9月27,28日に開催されました。
両日とも 世界遺産 二条城の 普段は非公開の”二の丸御殿台所”で開催されました。

27日お昼は気持ちのいい快晴なれど日が翳ると寒い
 6時開場の30分前には二条城前に順番待ちの行列ができているほどの人気


27日能の演目は 「融」 シテは片山清司氏

片山清司氏は人間国宝片山九郎右衛門氏のご長男で、幼少の頃より観世流の継承者
として活躍、現在も海外公演をはじめ能教室や能の絵本作りなどあらゆる方面でその
普及に努められている。能の世界では勿論ながらそのお人柄は爽やかで、お話も楽しく
重要無形文化財総合指定保持者の素晴らしい方で何度もその舞台は拝見しています。

「融」(とおる)

世阿弥の作で源融にかかわる六条河原院を舞台に繰り広げられる。

嵯峨天皇の皇子源融は風雅な人物であったらしく、賀茂川のほとり六条河原に
大邸宅を造営し、陸奥の絶景塩釜の風景を再現し、難波の海から汐水を汲んで
池に満たし歌を詠み酒を酌み交わして楽しんだ華やかなりし古の都。

舞台の始まりは東国の僧が都に向かい汐汲み桶を担いだ老人に出会う。
僧は海辺でのないのに何故汐を汲むのかと尋ねれば、翁はかっての六条の
栄華な様子などを語って聞かせる。
老人が月光のかなたに消えた後、
狂言で六条河原のいわれを語り、僧に読経を進めるが、僧はさらにその続きを
夢見たいとまどろんでいると

六条の大臣の優美な姿が現れ、曲水の盃、遊舞を披露その栄華な様子を再現
した後月光に誘われ消え去る。

そんな内容であったかと。

今回は若々しく、華やかな舞台で小鼓、大鼓、太鼓のお囃子も二の丸御殿の
雰囲気に吸い込まれ、シテも豪華な衣装にピッタリの融が演じられ、面と舞から
その品格がほとばしり、しばしの間静寂の中に幽玄の世界を楽しむことができました。

京都はやはり素晴らしいところです。現代にもその建造物であり、伝統芸能であり
伝統工芸が脈々と受け継がれていることに改めて誇りを感じます。

  次回参の宴は10月17日 茂山家の狂言とつじあやのさんの優雅の双奏が
  知恩院の御影堂(国宝)で開催されます。











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青蓮院門跡
2008 / 09 / 25 ( Thu )
青蓮院1   青蓮院3

 天台宗 青蓮院門跡

京の華舞台 壱の宴 の舞台となった青蓮院は八坂神社から徒歩5分神宮道に面して
います。

天台宗の三門跡(青蓮院、三千院、妙法院)の一つで古くから皇室や摂間家が住職を務める
格式の高い門跡寺院として有名です。


天台宗の祖 ”最澄” が比叡山延暦寺を開くに当たり山頂に僧侶の住坊をいくつも作り、その
一つ「青蓮坊」が青蓮院の起源だといわれています。

青蓮院庭


門前には天然記念物の大クスノキが雄大にそびえ、庭園は主庭は室町時代の
相阿弥の作で池泉回遊式
のお庭で、華頂殿の東面は江戸時代の小堀遠州の
「霧島の庭」
がライトアップに一段と幽玄さを増します。

又国宝の 青不動 は日本の仏教絵画の中でも屈指の絵画であるといわれています。
来年(平成21年)9月18日から12月20日まで青蓮院では始めてご開帳されるようです
是非見逃さないように拝見したいものです。

                      青蓮院一文字手水鉢

青蓮院の手水鉢は一文字手水鉢で横に一文字に長く特徴があります。

由緒ある門跡寺院はその奥義も深く中々拙い文章では紹介しきれないものが沢山あり
是非訪れて体験し、感じて頂きものです。

11 : 36 : 23 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
京の華舞台
2008 / 09 / 24 ( Wed )
チラシ 壱の宴スキャン

京(みやこ)の吹寄せ
 京(みやこ)の華舞台 【古都の宴】

壱の宴【風雅のこころ】

京都文化祭典の一環として京(みやこ)の華舞台【古都の宴】が9月20日から4回
わたりその幕があけられました。

第1回は青蓮院を舞台に 壱の宴 【風雅のこころ】が開催されました。

夜の帳がおりるころ、月明かりが優しく青蓮院の庭を照らし出すひととき

   画像 051  笹岡花


京(みやこ)の若手精鋭華道家の未生流笹岡次期家元の笹岡隆甫氏の
一足季節の先取り「色づくナナカマドに秋草の生け花パフォーマンスと

俳人 黛まどかさん「俳句ーその余白に漂うもの」と題した講演会

横笛の名手 藤舎名生さんの横笛演奏が繰り広げられました。

生き物の心を大切に、その花の持つ優しさが私達の心を和ませて
くれる。大切に花を愛でその心を伝えて行きたいと笹岡氏はいろいろな場を
通して話されています。

黛まどかさんはその美貌で優しい語りは会場の人たちを釘付けにし、
俳句は沈黙の文化。日常の中に目にみえないものが表現を通して見えてくる!
俳句をやっていると、季節に敏感になる、五感が敏感になる、美しい日本語と
出会う。 夏の京都 涼を求めて涼をめでる 暮らしの中に感じる文化である。
と約1時間、具体的な場面を通してのお話がありました。

藤舎名生氏はその名も知られた笛の名手。
歌舞伎に舞踊にジャズにとあらゆる方面で活躍されています。
名生さんは今でも鞍馬寺の山で一人練習をされておられる
一心に笛を吹いていると風の音が聞こえてくるとか、まさに名人の世界
本邦初の横笛でご自身の作曲された音色をご披露され、ひととき青蓮院の
静寂に笛の音色に酔いしれました。

またこの日 松栄堂さんによる ”聞香” の体験もありました。

次回は9月27,28日二条城の二の丸御殿で観世流片山清司氏による
能「融」 「源氏供養」が行われます。

(写真は了解を得て掲載しております。)



12 : 00 : 07 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
梨木神社
2008 / 09 / 24 ( Wed )
                  梨木神社

梨木神社

萩まつりで賑わった梨木神社は
上京区寺町通りの広小路、京都御所東側に位置し、

明治維新で朝威回復、攘夷決行の中心となり維新の大業に大きく貢献された、
贈右大臣正一位三条実萬公(さねつむ)と内大臣正一位大勲位公爵三条実美公(さねとみ)
を御祭神としてお祀りしています。

明治18年に旧邸の地名(梨木町)にちなんで梨木神社と名付けられたようです。

                      梨木神社(水)

京都の三名水(醒ヶ井、県井、染井)のひとつ 染井 があります。
かって文徳天皇の皇后明子の方の里御所の跡にあり、宮中御用の
染所の水として使われた
という由緒あるお水は、まろやかで美味しく、
今でも遠くから名水を求めてこられるとか

梨木神社(愛の木2)

また、 愛の木 というご神木があり、木をなでながら願い事をすると
叶えていただけるとか、 


痛ましい事件の多い昨今、安心して暮らせる世の中を是非叶えて頂きますよう撫でてみては
如何でしょうか。

   梨木神社へのアクセスは市バスで河原町通の府立医大病院前(府立芸術文化会館前)
   下車広小路通を西へ徒歩3分
10 : 00 : 00 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
萩祭り
2008 / 09 / 22 ( Mon )
 梨木神社(萩祭り1)   梨木神社(萩祭3)


萩祭り

漸く秋の微風が心地よく感じられるようになり、秋の七草 「 萩 」が咲き始めました。

                   梨木神社(鳥井)

萩祭りといえば京の萩の宮 ”梨木神社”が有名です。
今年も9月22日、23日と恒例の萩祭りが開催されました。

22日は『府市民俳句大会』、 小笠原流弓術披露、  煎茶席
23日は大蔵流狂言、上方舞、都山流尺八、日舞、抹茶席


等と盛り沢山の行事がおこなわれました。

特に「萩の花」は万葉集に詠まれた植物の中で最も多く、可憐で微風に
たわむ枝は可憐で、心癒される愛らしい花です。

梨木神社(湯川歌碑)

境内には湯川英樹博士の歌碑もあり 
 ”千年の昔の園も かくやあ里志 木の下かげに 乱れさく萩”と詠われています。


                     "梨木神社(弓3)"

この日に催された小笠原流弓術は古くは
鎌倉時代高倉天皇よりその名(小笠原)を頂たとされ、初代は源頼朝に
糾法指南役に命じられたことよりはじまったそうで
「弓・馬・礼」の三法をもって武家の定式糾法としたといわれているようです。

京の都は風流で、いにしえの雅な日常は現代社会の慌しさからは創造も
つきませんが、その優美さが現代に受け継がれていることは素晴らしいことです。

    (次回は梨木神社について)






  






18 : 15 : 26 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
百万遍 知恩寺
2008 / 09 / 17 ( Wed )
         知恩寺6-1   知恩寺1


百万遍 知恩寺

左京区の東大路今出川交差点一帯を ”百万編”と 特別の呼び名で
京の人びとは言います。

その由来とされるのが手づくり市でも賑わっている ”知恩寺”です。

知恩寺は 浄土宗大本山の一つで
正式には 長徳山功徳院百万遍知恩寺と称する。

元祖は法然上人で弟子源智上人によって師の恩徳を偲び建立されました。

もとは今出川烏丸にあったが、その後移転を繰り返し寛文2年(1662年)
に現在地に再建されたようです。

元弘元年(1331年)後醍醐天皇の命により当時流行した疫病封じのため、
第8世の善阿上人が参内し、17日間を期し”百万遍念仏を修行”
その甲斐あってみごと疫病を止めた。その功により百万遍の号を賜ったとか。

伽藍は中央に御影堂、東側に釈迦堂、西側に阿弥陀堂が配置よく整っている。

   知恩寺4  知恩寺2釈迦堂
  
御影堂には室町時代の作 ”法然上人” の尊像が安置されていて、
毎月15日の手作り市の日には開放され写経や大念珠繰りが行われています。

宝物館もあり、重要文化財の善導大師御像、中国元代顔輝画の蝦蟆鉄拐図
その他多数所蔵されています。

この時期芙蓉が境内に見事に咲いていて夏の名残と秋の訪れを感じさせて
くれます。
          (写真は知恩寺様の許可を得て撮影しています。)

10 : 45 : 10 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
手づくり市
2008 / 09 / 16 ( Tue )
    手作り市(知恩寺)8     手作り市(知恩寺)7
   
手づくり市

京の都では毎月21日は弘法さん、25日は天神さんと市がたつことは
有名で、京都以外の方々にもよく知られていて、その歴史と賑わいは
格別ですが、

それ以外にも賑わいでは引けをとらない市が京の都にはあります。

それが 百万編の  ”手づくり市” です。

左京区は東大路今出川(百万編)の交差点を東へ徒歩で1分くらいの
「知恩寺」の境内で毎月15日に開催されています。

今から22年前に素人さんの手づくり作品の発表の場として始まったものが
今や400ブースを超えるとか、狭い通路は人、人、人でごったがえしています。
出展も今や抽選になっているとか。

        手作り市(知恩寺)3  手作り市(知恩寺)

若い女性の人気はアクセサリー、奥様の人気はパンに自然食品。
ちょっと覗かせて欲しいのだが、なかなか前にはいけません。

それでも勇気を出して人だかりのブースへ、 
隣で中年の女性が ”ここのいちじくパンは美味しいデ!” と大きな声につられて
いちじくパンとタマネギパンを購入しました。

お得意さんでしょうか? その方も購入していました。

どのブースでも手づくりなので思い入れも特別のようで、話をしだすと
いろいろ説明をして話は尽きません。結果人が動かないとよけいに混雑します。

お店は人形、靴、カバン、陶器、アクセサリー、箸、花、洋服とあらゆるものが出ています。
お値段も手ごろで一見の価値はあります。 是非一度訪れてみてください。



16 : 11 : 40 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
藤袴光の回路
2008 / 09 / 10 ( Wed )
           光の回路8

源氏物語が世に出て1000年にあたる年を迎えて、記念の行事が京都のゆかりの地で
いろいろと催されています。

そんな中で、源氏物語第30帖に登場する秋の七草 「藤袴を」 を守ろうと

          ”藤袴光の回路"     が9日オープンしました。

場所は烏丸通の丸太町から今出川間(京都御御苑に面した一角で迎賓館通り)で、
9月9日~24日の夕刻19時から21時の2時間

           光の回路7-1


行灯はLEDが使われ、行灯の笠には源氏香の模様が配されていて、柔らかい光に
揺らぎ京の都にマッチした灯路がゆらいでいます。

             光の回路3-1
               
            
藤袴は菊科で別名蘭草ともいわれ、香りの高い花で、源氏物語では光源氏の使いで
玉鬘のもとへ夕霧が秘めた思いを伝えるために藤袴を差し出し、、、、、、、と
なんとも雅なおくゆかしい。
お時間があれば是非ご覧になってみてください。


15 : 50 : 24 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
京のおもてなし
2008 / 09 / 09 ( Tue )
                   電話2

京のおもてなし

京都観光5000万人を迎える京都のおもてなしの心、それは”思いやりの心”かと

伝統に培われた素晴らしい文化財とともに受け継がれたおもてなしの心も大切な
要素かと常々感じさせられる日々

先日京都市バスの中でこんなことが、

夕刻の市バスの中でお孫さん連れのご婦人の携帯電話が”リ~ン、リ~ンと
するとそのご婦人は”もしもし”と会話をはじめました。
その前には「携帯電話のご使用はご遠慮ください」と車内アナウンスも流れていました。

そこで、市バスの運転手さんは
「携帯電話をやめてください」と大きな声で一声、、、、、それでも会話はつづきました。

運転手さんは再度「携帯電話をするのなら下りてください。
家族にペースメーカーを入れている人があっても電話をしますか
今ここで事故かが起こるとバスに乗っている人は事情聴取がすむまでは絶対に
下りられません、電話をしていたひとは逮捕ですヨ

といってバスから下りるよう促し、側溝によりバスを止めようとしました。

そこで電話のご婦人はやっと電話をやめ、バスは走りだしました。

携帯電話、それは私たちの生活スタイルを大きくかえました。
便利さもあるが、危険も
最近の乗り物の中では車中電話、車中メールは日常的によく目にします。

京都から思いやりの心を発信したいものです。
些細な思いやりの心から、皆が安心して気持ちよく暮らせる京都を!
市バスの運転手さんに拍手!

   (写真の化石のような携帯電話は ドコモの「501i」 メールもできます。)








10 : 16 : 26 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
重陽の節句
2008 / 09 / 08 ( Mon )
   菊酒           菊3
              
重陽の節句

9月は長月、菊開月(きくさきづき)とも言われる。
そして9月9日は重陽の節句

もともとは中国から平安初期に伝来し、宮中の行事として行われて
いたものが、時代の変遷とともに、武士から庶民へとひろまった祭日

 1月7日 人目(じんじつ)の節句・・・・・七草
 3月3日 上巳(じょうし)の節句・・・・・・・ひな祭り
 5月5日 端午(たんご)の節句・・・・・・・菖蒲祭り・子供の日
 7月7日 七夕(ひちせきの節句)・・・・・・七夕
 9月9日 重陽(ちょうよう)の節句・・・・・菊祭り

などが現在に受け継がれている身近な暮らしの中の行事

特に重陽の節句は奇数の一番大きな数字が重なることから重陽と
言われ、旧暦で10月頃、京の都では宮中行事として風流を好み、生活の中で
 寒さに向かって邪気を払い無病息災を祈った行事として「重陽の節会(せちえ)」
行われたようです

菊酒で乾杯もいいですネ、、、、
暑い、熱い夏の疲れを癒し、しばしのひと時 風流を楽しんで
みては如何でしょうか。
                                  (写真は去風流 花会 のもの)
                                       去風流についてはいずれ又




12 : 30 : 12 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
京ことば
2008 / 09 / 04 ( Thu )
              朗読1   朗読2


初めての朗読発表会

8月の最終日曜に午前クラス、午後クラスに別れ東山にある願隆寺を会場にて
京都新聞文化センターの楽しい朗読教室で学ぶ一同のはじめての朗読発表会。

思いもかけず多くの方々が訪れてくださり、緊張のひととき。

先ずは一人づつ「折々の京ことば」をひとことづつ
        (皆様ご存知の京都新聞連載の堀井令以知先生解説による)
夫々に工夫をこらしアレンジして

 おたの申します・・・・お頼み申します
              今日は最後までよろしゅうおたの申します。
 おきばりやす・・・・・・頑張ってください。
              初めての朗読会わたしもきばらしてもらいます。
               皆さんもおきばりやす。
 かんにんえ・・・・・・こめんなさい
              今日の朗読会、まちがったり、とちってもかんにんえ
 かまへん・・・・・・・・・大事ない
              失敗してもかまへん、かまへん
 うち・・・・・・・・・・・・・・・私
 じゅんさいな・・・・・・つかみどころのない
              若いころは私もじゅんさいな人間でしたが、年とともに、、、   等々

            朗読3

その後は制限時間7分以内で夫々の作品を朗読
普段とはひと味ちがった気合のはいった朗読に会場の中もシーンと聞き入って頂き感謝。

先ずは成功!! 植月先生ハラハラ、ドキドキさせてしもうて、かんにんしとうおくれやす。
    お疲れさんどした。   これからもよろしゅう
 おたのもうします。
               

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出町ふたばの豆餅
2008 / 09 / 02 ( Tue )
京菓子豆餅2 京菓子ふたば店


行列のできるお菓子

京都出町柳の商店街に昔ながらのお菓子屋さんがあります。
お店はふたば創業は明治32年の老舗

ここの豆餅が かの有名なお菓子

いつも行列のできるお菓子です。

羽二重餅の柔らかい生地に漉し餡がたっぷりと、餡子と生地の間に
お豆さんが10個以上入っています。
私がいただいた御餅は13個も入っていました。(1個160円)

ちょっと塩味がきいていて、餡子の甘さとが絶妙のバランスで、お餅も
滑らかで口当たりがよく、たっぷり味わうことができました。

材料は吟味された、北海道富良野の赤エンドウ、十勝産の小豆、
滋賀県江州羽二重餅米が使われているようです。

ふたばの初代三次郎氏が石川県小松に昔からあった豆餅を京都で
育てたいと願い、創業当初から、赤エンドウを使った大福餅を作り
それが、今日の出町ふたばの代表銘菓「名代 豆餅として引き
継がれてきた由緒あるお菓子です。







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お菓子の歴史
2008 / 09 / 02 ( Tue )
 お菓子の歴史

お菓子の起源は
「垂仁天皇が田道間守(たじまもり)に不老不死の国にいって「ときじくのかぐのこのみ」 (橘)
をとってくるようにと遣わされた。
田道間守はそれがどこにあるのか探し求めたがなかなか見つからず艱難辛苦の果て
漸くインドの辺りで見つけて急いで持ち帰ったところ、すでに垂仁天皇は崩御されていた。
田道間守は悲嘆にくれ持ち帰った「ときじくのかぐのこのみ」(橘)をお墓に捧げ
断食の末殉死したという悲しい伝説から始まります。
   
 800年前栄西禅師により緑茶が
日本にひろめられ、14世紀頃には日本全国に緑茶が広がっていきます。

 その頃お菓子も日本に入ってきたと見られます。
当初は香りのきつい団子(香りは邪気をはらう)のようなものであったらしいが、
奈良時代には唐菓子
鎌倉時代には饅頭や羊羹などの点心がもたらされます。

茶の湯の成立期にあっては
茶の子・茶うけなどと “しおしおとしたもの(あっさりしたもの)”から
次第に18世紀初期(予楽院茶会記による)には
ひとつ盛りにしたお菓子が出されるようになります。

 元禄の頃には茶の湯が盛んになり、
お菓子に「銘」がつけられ、季節の移り変わりにより、
又は生活の節目により工夫が凝らされ、小さな和菓子の中に五感の要素が取り入れられ、
日本の文化を取り込んだ今日の和菓子へと大成されていったようです。
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地蔵盆
2008 / 09 / 01 ( Mon )
            地蔵盆1

地蔵盆がやってきた


  8月24日京の町中ではあちこちの町内で地蔵盆が行われています。
  
  子供の成長、安全を願って、辻地蔵をお祭りして行われている年中
  行事、


  わが町内でも朝から町内の役員さんが集まり、お飾りやお供えをし
  準備をします。
  お料理は精進料理が色とりどりに盛り付けされてお供えをします。
  
  10時には各家からお供えを持って集まります。
  その日は一日中数々の催しが組まれていて、子供も大人も一緒に
  なって参加します。

  時間になると子供たちが大きな鐘をならして、町内を

  ”おやつですヨ-”、 ”お赤飯ですヨー” 

  とふれて廻ります。

  地蔵盆鐘地蔵盆数珠


  3時には読経が行われ3m位もある、数珠繰りが行われます。結び目
  がくると恭しく頂いて廻します。

  ヨーヨー釣りをしたり、子供たちは ワイワイ、ガヤガヤ、大きい子も、
  小さい子も仲良くはしゃぎまわって遊びます。

  夕刻には 子供たちの福引、大人の福引があり、夫々大きい袋を頂
  いて帰ります。

  締めくくりは子供たちの花火、そばで大人たちの足洗い
                                (ビールで乾杯)

  大人にとっては懐古の思い出話に、子供にとっては思い出づくりに
  交流を図る楽しい一日となりました 
   

 
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ご挨拶
2008 / 09 / 01 ( Mon )
                  カンナ縮小

はじめまして

このたび新しく「京の畦道」ブログを開設いたしました。


京都に暮らしていて、日常の生活の中に、かって都があった
宮中の生活、武士の生活、庶民の生活などがまだ感じられる
ところがあったりして、その奥深さが、優雅さが京都に訪れる
5000万人
に達しようとする人びとの人気のもとになっている
のかと改めて京都の素晴らしさを感じます。

又近年京都検定を通して、より京都を深く正しく知っていただく
企画も大きく貢献しているのではないかと思います。

そんなことをふと思いながら、大道からではなく、「畦道」から
身近な私の身の回りのことなど感じるままに書き綴っていく
「京の畦道」を折々に読んでいただけると大変嬉しいです。
こんごともご愛読よろしくお願いします。



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