美山の里
2008 / 10 / 30 ( Thu )
南丹市 美山の里

京都市内から国道162号線を北へ車で約1時間30分のところに美山の里が
あります。

 紅葉 水

三国山、頭巾山、長老山の連山に囲まれ、町の中央には由良川の源流が流れ
自然がまだまだ残されている町

                    茅葺

この辺りでは茅葺の民家がまだ250軒も残されて、「重要伝統建造物群保存地区」
にも指定されている。11月23日にはこの茅葺地帯で防火の一斉放水が行われ
テレビなどでも放映されて虹が描く田園風景を一度訪れてみたいと思っておりました。

マート1 商工会

自然が豊かな美山では山菜、松茸、川魚、野菜、果物の生育がよく自然食品の製作に
町を揚げて取り組んでおられ、ふらっと美山マーケットで安価で販売されておられます。

冬は雪が50cmも積もる山深い地では野生の鹿、猪、熊、たぬき、狐などが生息して
いますが、近年山の整備が中々施されなくなり、これら野生動物の餌が少なく里に
下りてきて農家の丹精込めて育てた野菜、果物をあさり大きな被害を及ぼしていると
ききました。


市長  今井先生

今回その被害を及ぼす野生鳥獣を駆除するだけでなく有効利用して相互に繁栄する道を
模索し、新たに取り組んでいこうとお二人の著名人をお招きして今井幸代先生の
コーディネートで講演会が美山町の河鹿荘で開催されました。

坂間氏  講演会

「野生鳥獣料理の西洋料理における位置づけ」と題してイタリア料理三ツ星レストラン
「エノテーカ・ピンキオーリー」東京店 常務取締役総支配人の坂間英明氏の講演と

                 吉野氏

鹿肉をジビエにミシュランの星に輝く人びとの手によってと題してフランス料理界でも
有名な吉野建(よしのたてる)氏の講演を聞くことができました。

ルネッサンスと食文化の発展、フォーク、ナイフを使うようになった第2の食文化の変遷
や鹿肉が始めはニュージーランドより入ってきたジビエ料理の流れ、
又昔の貴族は食事に費やす時間は6~8時間もかけて寝転がって食事をしたなど
興味深いお話の内容でした。

ジビエ2 ジビエ1

講演会の後はジビエ料理やお餅をおいしくいただきました。

              餅つき2

自然によりそい、そこで暮らす人びとと、動物がよりよき棲み分けが出来、食の安全が危ぶまれ
る昨今、より安全で豊かな生活が美山から発信されることを願っております。

14 : 56 : 13 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
京のおばんざい
2008 / 10 / 28 ( Tue )
京のおばんざい

京に暮らす人びとの日常戴くお料理・・・おばんざいは

地で採れた新鮮な旬の野菜を主に、手近な食材で手間ひまをあまりかけず
簡単に、それでいて美味しく「もったいない!もったいない」の精神を大切に台所を
預かる主婦の知恵でおばあちゃんから、母へそして娘へと代々受け継いでいくお料理です。

おばんざいはおふくろの味、馥郁とした郷愁を思わせる懐かしい味でもあります。

京都に、料理研究家で最近ニューヨークで最も権威のある食の専門誌
『サーバー』誌が選出する「世界で活躍する100人」に日本では唯一料理人として
選ばれた素晴らしい今井幸代先生がおられます。

現在も多方面で活躍され、京の歴史や風習にも造詣が深く著書に『嵯峨風雪月花』
『年ふりて』があり、又新に『ふたたびの・めぐり逢い』も上梓されておられる超多忙な
先生です。

先生は、旬を大切にするということは、その時期に美味しいものを食べるというのは勿論
ながら、その時期に身体に必要なものを食べる、それが薬効となると話されています。

先生のお料理には隠された味が素材を引き立てまろやかな香と深い味わいに仕立て上げ
られていきます。

そんな先生のおばんざいを賞味させて頂く機会に恵まれましたのでご紹介します。

おこわ
黒豆おこわ  
  特に”黒豆おこわ”は病気平癒で退院されてきたら、又まめに苦労して暮らせますようにと
  黒豆のおこわでお祝いをします。

                          じゃこゆば
じゃこゆば   
  チリメンジャコはお酒で充分酔わせてからゆばとあえるとより美味しく仕上がります。
  お酒のおつまみに最適ですが、大人も子供にも喜ばれる栄養価の高い一品です。

   
リンゴ
リンゴの白味噌和え   
  リンゴが旬の季節になりました。シャキシャキと歯ごたえもよくお酒のおつまみにも
  よくあいます。
                            
                        大根
  大根の甘酢和え   
   大根は皮も全て残さずつかいます。包丁を入れる時に繊維にそって入れるとより
   歯ごたえがよく、シャキシャキ感が味わえます。
   これから大根も美味しく、消化を助ける優れものです。


 ちょっとした工夫で一味違った美味しいおばんざいの手ほどきを受けたいものです。
   
18 : 35 : 11 | 京料理 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
時代祭
2008 / 10 / 22 ( Wed )
時代祭り2 時代祭り3 時代祭り4 時代祭り5

時代祭り6 時代祭り7 時代祭り8 時代祭り9

時代祭

京の三大祭である「時代祭」が生憎の雨の中でおこなわれました。

平安遷都1100年を記念して明治28年に平安神宮が創建されたことを奉祝して京都市民
あげて平安神宮の誕生日である10月22日に毎年時代祭が開催されています。

京都がかって日本の首都として培ってきた権勢と優雅な歴史に基づいて、時代考証
をもとに一点一点緻密に作製された伝統工芸の動く歴史絵巻が繰り広げられるこの
時代祭には京の都に暮らす人びとの心意気と気概を感じさせられます。

明治維新、江戸時代、安土・桃山時代、室町時代、吉野時代、鎌倉時代、
藤原時代、延暦時代、神幸列と時代絵巻が今年も見事に繰り広げられました。
17 : 19 : 05 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
大徳寺納豆
2008 / 10 / 21 ( Tue )
磯田大徳寺納豆2 大徳寺納豆

大徳寺納豆

日頃私達がよく戴く納豆は糸引き納豆、お菓子では甘納豆が一般的です。
しかし京の都では、古来から伝わる一休寺納豆、大徳寺納豆と呼ばれる納豆があります。

もともとは唐より伝えられたとも、鑑真和上によって伝えられたとも言われております。
それを一休宗純禅師(とんちの一休さん)が康正2年(1456年)に一休寺(酬恩庵)を
現在の京田辺の地に再興され後半の生涯を過ごされたその間に一休寺納豆をつくられ、
代々酬恩庵の住職によってその製法が伝えられ今日まで連綿と続いております。

一方一休宗純禅師は81才で大徳寺の住職となられ、その秘法を大徳寺でも相伝され
それを大徳寺納豆と呼び、大徳寺や門前町で現在も伝承されております。

原料は大豆と塩、ハッタイ粉で作られています。

通常土用のころに仕込みが始まり、土用の天日にあて一日何度となくよくかき混ぜ
一年がかりで黒褐色の納豆につくりあげられていきます。

当時は修行僧の貴重な蛋白源として保存のよくきくこの納豆は重宝されていたようです。

飽食の現在ではその食し方は多様になり、お茶請けに、お酒のおつまみに、
すりつぶして田楽味噌にいれたり、ピザやお菓子にいれてその風味をたのしむように
なりました。勿論現在も精進料理の食材にも使われております。

松屋藤兵衛 松風 磯田 大徳寺納豆1

独特の風味があり、お菓子にいれても、塩味の加減からお酒のおつまみにもよくあうように
思いながら味わいました。


  この日は大徳寺門前の「磯田」さんの大徳寺納豆をいただきました。
   こちらのお店では80gの箱入りから量り売りもされています。
                (電話075-491-7617)
12 : 35 : 51 | 京料理 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
停電
2008 / 10 / 17 ( Fri )
                 烏丸三条

停電の恐ろしさ

京都烏丸通の四条を挟んで御池から五条辺りまでは今まさに商業の中心地と
なりつつあります。
高層ビルが立ち並び、銀行、新聞社、大手企業の事務所とビル内には多くの企業が
集まっています。

                    事故


その中心街で昨日の午後2時半過ぎ、電気配線の集積ボックスに小型トラックが追突

 バシー、、、、と大きな音とともに突然電気が消え、パソコンの電源が落ちる
  窓から  ”何事ぞ” と覗いてみると 白い煙がうっすらと見える。 ” 事故”か?


まだ外の明るさで室内は何とか過ごせるものの、エレベータが止まる、お手洗いは
 使えない。 お水は出ない。 電話は通じない。 けが人がなかったのがせめてもの幸い。

一見小さな事故のように見えるが、当たったものが悪い、実は大変な事故です。
 銀行はオンラインが止まる。企業間の情報が途絶える。

まさに現代の便利な快適な生活から危険へのシグナル。

だんだん時間が経つにつれ外も暗くなると部屋は真っ暗!、取り敢えず近くの電柱から
 応急処置の作業がはじまるも午後7時までは送電できない様子。

懐中電灯の準備は? などなど思わぬ出来事への準備が改めて必要であることを
 教えられた出来事でした。

阪神大震災のライフラインを断たれた大きな教訓を今一度再認識を、、、、、
11 : 52 : 48 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
デジカメ教室
2008 / 10 / 15 ( Wed )
植物園

京都北山にある植物園は今コスモスが花盛り(やや終盤ではありますが)
今日は京都新聞文化センターのデジカメ教室で実践講座がここ植物園で
開催されました。

講師は北奥耕一郎先生
 先生は世界50ケ国を取材されたり、関西二科賞の京都現代写真作家展大賞
 など輝かしい経歴の先生。 
 
 写真のことは何でも相談に、人生相談はできまへんなど楽しい語りで一人づつ
 とても親切にご指導いただきます。

今まで写真といえば全てバカチョンで撮っていた私。
 今日は背景をボカシ・・・・の、逆行だの・・・・説明書を昨夜読んでの奮闘です。
作品をUPしてみました。
 


  植物園2      植物園5

 植物園コスモス4 植物園コスモス2

 植物園6 植物園8

 植物園9 植物園コスモス

 植物園日日草 植物園朝顔

 植物園噴水 植物園3

 植物園虹 植物園コスモス5

 少しはそれらしく撮影ができているでしょうか?
 なんだかこのデジカメ教室ハマッテしまいそうです。
15 : 15 : 47 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
地域住民の交流
2008 / 10 / 14 ( Tue )
    西陣小学校2 運動会1

市民大運動会

体育の日を前に京の都では地域市民の交流として運動会があちこちで
開催されています。

わが西陣地区でも
  10月12日(日曜日) 午前9時~ 旧西陣小学校で
24の町内が参加し開催されました。

日頃同じ町内でも顔を合わさない方も、老若男女を問わず一日
快晴のもと交流をはかります。

ザル引き競争、宅配便競争、玉いれ、綱引き、リレーなどなど午前5競技
午後5競技がおこなわれました。

町内対抗でわが町内は総合得点11位でした。

            運動会2

競技は下は幼稚園児から上は70歳、80歳まで 
応援は1歳から参加します。

夜は打ち上げのお食事会。

お年寄りの孤独死が問題となっている現代社会にあって地域交流を
通してお互いに助け合い確認しあいながらいい棲み分けが出来ることを
願いながら楽しく参加させていただきました。





16 : 37 : 07 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
紫式部ゆかりの寺
2008 / 10 / 09 ( Thu )
紫式部ゆかりの寺 「盧山寺」

                   四の宴

今年は源氏物語が世にでて1000年を迎えるという年にあたり
いろいろな催しが京の都ではあちこちで行われピークを迎えております。

 この盧山寺でも10月25日(土)に京の華舞台 「 四の宴 」が繰り広げられます。

 当日は「源氏物語平安の世に思いを馳せる」をテーマに

 久米村直子氏の司会で
 山本淳子氏の「源氏物語」講演
 川村旭芳氏の「琵琶」演奏

と十二単の展示、丹念な考証に基づき5年の歳月を費やして再現された
創作平安王朝料理の展示、源氏物語にちなんだ盧山寺所蔵品の展示が行われます。

盧山寺(1-1) 盧山寺(庭2-2) 盧山寺(源氏物語貝合せ3-2)

盧山寺は

正しくは盧山天台講寺といい、比叡山第18世座主元大師良原が京都船岡南麓に
開いた興願金剛院にはじまり、何度かの火災にあい天正元年(1573年)現在地に
移転されました。

このあたりは紫式部邸宅址といわれこのあたりで紫式部は生活し子育てをしながら
『源氏物語』の大半を執筆したといわれております。
源氏の庭や紫式部顕彰碑はもとより平安時代の「阿弥陀三尊坐像、如意輪観音半伽像
等数々の重文を所蔵されている。
又代表的な節分会の行事「追儺式鬼法楽(通称鬼おどり)」でも有名である。

  盧山寺へのアクセスは河原町通市バス府立病院前(芸術会館前)下車 寺町通へ徒歩3分
  
18 : 08 : 20 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
お会式と纏
2008 / 10 / 06 ( Mon )
     纏


お会式と纏

先日の午後なにやら賑やかな音に、通りへ出てみると
いなせな半纏に”纏”の行列が妙蓮寺さんから出てきました。

なんでも「万燈会」が日蓮宗のお寺を巡回されているとか?

その万燈会についての記述は担当者の方に聞きましたが今はない
そうでよく判りませんでしたが、「纏」 と「お会式」についてネットで調べて
みました。

「 纏 」
近世においては先陣の大将のそばにたてて指揮官の居場所をあらわしたものが
江戸時代になると火消しのしるしとなり、火事の際消し口の要路に纏を立てたそうです。
一番纏や「め」組等と夫々組があり、速さを競って火事場にかけつけて消化にあたったようで
時代劇「暴れん坊将軍」にも「め組」が登場していました。

「お会式」
日蓮上人が今から約700年前の10月13日に61歳で入滅されたその命日を御命講、
御影講ともいって弟子や信者、庶民などの間で法要を営んきたという仏教行事である
そうです。

お会式では万燈をささげ、フエやカネ、太鼓をたたき纏をふって賑やかに参詣する
そうです。

その纏の行列が妙蓮寺さんを舞台に万燈会が行われている行列のようでした。
                      纏2

                        
纏をふって、「何妙法蓮経」と唱えながら太鼓や笛。鐘をたたいての行列でした。
年配の方も、若い女性もおられました。
纏のおじさんがやけに目だっていました。


15 : 08 : 33 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
気軽に京料理
2008 / 10 / 02 ( Thu )
               千成2

気軽に京料理

烏丸今出川の交差点の南西角から2件目 ”千成”

金剛能楽堂の帰りにちょっと立ち寄りました京料理のお店

もともとお祖父さんの代はお饅頭屋さんで、
 同志社大学がまだ田辺に移る前のお父さんの代は大衆食堂として

そして町並みも変わって学生が少なくなってからは今の若主人代で京料理(割烹)と
世代交代がうまく引き継がれているそんなお店 ”千成” さんでお食事

千成(吹き寄せ) 千成(つくり) 千成(秋)

突き出しの吹き寄せは秋の取り合わせ(芒、栗、きぬかけ、カニ等)
2人分りのおつくり盛り合わせはなんと豪勢な、 おつくりだけでお腹一杯!
秋なすの田楽にきぬかけ芋。  まさに秋づくし

若い主人は毎日市場に行きその日の新鮮な材料をみて仕入れてきますと、食の安全が
危ぶまれている昨今、吟味された食材によりその日のメニューが決められています。

この日頂いたのはこのほかにボリュームたっぷりの穴子丼にデザートを含め
 アラカルトでお値段は5000円程でした。 お昼のメニューも日替わりであるそうです。
 
         通常は予約が必要です。 電話075-441-1491

新鮮なお料理に満腹!、量に満腹でした。

10 : 25 : 43 | 京料理 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
京料理の歴史
2008 / 10 / 01 ( Wed )
                      有職料理


京料理の歴史

 京都はかって都があり、公家社会・武家社会などの様々な影響を受けながら
 衣・食・住に関して多くの文化が発展し、時代の変遷とともにより洗練されて今日まで
 脈々と受け継がれてまいりました。
 中でも食に纏わる文化は目を見張るものがあります。

 鎌倉時代から寺家の精進料理・南北朝から室町時代には武家の本膳料理・茶の湯の
 懐石料理と夫々の様式を互いに影響しあいながら今日の日本料理・京料理が確立され
 てまいりました。

 特に茶の湯が確立されるにつれ侘び茶による茶懐石や会席料理は器の美、素材の彩り、
 一椀の中に描かれる一服の絵画のように美的にも洗練され、しつらえの美と京料理が
 文化として変遷されて
今日にいたります。

 一方で、これら精進料理、本膳料理、懐石料理とともに庶民の日常のおばんざいも京料理
には欠かせない料理で、海から遠い位置にあるところから、送られてくる塩物をうまく取り
入れ、地で採れた野菜の持つ新鮮さと素材の工夫によって栄養のバランスのとれた
"おばんざいは"、京都人のハレの日(特別な日)と 日常の生活にメリハリをつけた心意気が
垣間見えます。

 京料理には憧れがあり、その美しさと馥郁とした味わいは私達の特別な日として訪れて
 味わいたいものです。
 


09 : 00 : 36 | 京料理 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム |