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季節の京菓子
2009 / 01 / 29 ( Thu )
立春前の京菓子

1月の終わりから2月にかけて京の都は底冷えのする寒い日々を迎えます。
最近は地球温暖化で昔ほど寒くはないとはいわれてもやはり京の冬は寒い日々です。

2月は ”きさらぎ” この寒さに着た上にさらに着る「衣更着」ともいわれ、昔は着物を
重ね着いたしました。 又時気更に来る気更来ともいわれたようです。

この時期は春を待つイメージを膨らませ、お菓子にも「下萌」「白梅」「紅梅」「うぐいす」
などの「銘」が付けられたお菓子でお茶を頂きながら春へ思いを馳せます。

じゅこう じゅこう2

今回は京都は西陣にあります「聚洸」さんの京菓子4題をご紹介します。

聚光さんは大宮通りの寺の内を上がったところにある、京町屋のたたづまいも清楚なお店で

ご主人は京菓子の老舗「塩芳軒」のご次男で、あえて老舗に留まらず
名古屋の塩芳軒の流れをくむ、わらび餅で有名な「芳光」さんで修行を積み独立されたそうです。
聚洸さんのわらび餅もすぐに売り切れる人気のお菓子ですが
今回は次の4題を

下萌え1  したもえ2

 「下萌」 三層になっていて、中には新芽が育ち春を待つ、ほのかな香りが漂ってくるような
       なめらかなお菓子です。

白梅  きんとん

 「白梅」                         「紅梅」
対照的な表現ですが白梅はとてもフワフワした表皮で漉し餡のお菓子、紅梅はきんとん


うぐいす

 「うぐいす」  すこしモチモチ感のある白餡で早春のイメージが致しました。

ご主人は「お菓子つくりは遊びだと思います」と、、、季節と遊ぶ、お客様と遊ぶ、
いろいろな思いをめぐらせてその遊びの中から生まれたものが、美味しいと言って
頂けるのがとても楽しい。 と、  又引き算の考えを塩芳軒のお父上さまから教わった
とも話されておられました。 いかにシンプルにそれでいてそこにはしっかりとした
思いが表現されている。 そんなお菓子作りに心がけておられるそうです。

お茶席へのお菓子の注文も多く、お店では気軽に楽しくお客様と対面で会話しながら
自から素材にこだわり、手がけられるお菓子に込める思いを伝えておられました。

京のお菓子はこのように熱心で優秀な後継人によって、新しい感性を加えながら
引き継がれていくことはとても頼もしいことです。

    聚洸さんは上京区大宮寺の内上がる 電話075-431-2800 です。
 (今回のお菓子はいずれも1個300円でした。)

15 : 42 : 42 | 京菓子 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
初弘法
2009 / 01 / 21 ( Wed )
初弘法さん

弘法1

1月21日は初弘法さんです。

ここ京都市南区に真言宗総本山の東寺があります。
東寺は正式には「金光四天王教王護国寺秘密伝法院」 公称「教王護国寺」といいます。

弘法大師を祖師とし、「お大師様の寺」として信仰を集めています。
そのお大師様の入寂3月21日を期して毎月21日に行われている弘法さんの縁日は日本中
広く知られていて、この日は遥遥遠くから御参りにこられます。

もともと縁日とは神様がこの世と”縁”を持つ日とされていて、その日にお参るすると
大きな徳を得ることができるといわれこぞって御参りしたのが今日まで続いております。

特にこの弘法さんの縁日は歴史も古く、規模も大きく、屋台の数は1000以上も出ると
いわれて、初弘法の1月21日は特に人出が多く通路はごったがえしています。

南門から金堂ー講堂ー食堂ー北門が一直線に並び、東に五重の塔、西に潅頂院
と国宝に指定されている建造物、仏像が多く見られる境内はこの日は人、人で埋め尽くされて
います。

金堂 お大師さん


南門から金銅を見た風景

先ずはお大師様に御参りを
蝋燭を立て、お線香をたいて、お賽銭を入れて、熱心に今年の願いをいたします。

亀 祈願所

東寺亀・・・・大きな亀の頭を撫で、自分の頭を撫でると頭がよくなるとか頭痛がなくなるとか

護摩木もされていて小さいので1本200円 家内安全、身体健康など護摩木に祈りを
託します。

祈願所では多くの方が御参りされておられました。

つるし柿
屋台はいろいろなものが売られています。骨董品、食品、植木、衣類、履物、何でもあります。

掛け声も威勢よく、一巡するには半日はゆうにかかり、楽しませてくれます。

今日は北奥耕一郎先生のデジカメ教室から初弘法の様子を実習研修で御参りをかねて
訪れて参りました。

東寺へは京都駅八条口から徒歩(10分)で行くことが出来ます。
市バス207、71、18他で東寺東門下車



18 : 28 : 51 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
湯立神楽
2009 / 01 / 20 ( Tue )
湯立神楽(ゆたてかぐら)

城南宮 城南宮2

曲水の宴で名高い城南宮で大寒の今日20日 ”湯立神楽” が行われました。

城南宮の祭神は国常立尊(くにのとこたちのみこと)、八千戈神(大国主命)、
息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと)で平安遷都にあたり、王城の南の守護神として
創建されたと言われております。

古くから方除けの神様として信仰されていて、現在では交通安全の神としても名高い
神社です。

今日は午後2時から境内で湯立神楽が奉納されました。

湯立神楽とは罪と穢れを祓い、無病息災、願望成就を祈願するための神楽です。

お祓い 供え

巫女4 巫女4-2

先ずは神職による①主祓の儀(神前で罪と穢れを祓い奉りかしこみかしこみまうすと祝詞を
                  行います)
           ②神に一拝
           ③れんせん(お供え物を神前に)
           ④祝詞奏上(城南宮の御前にかしこみかしこみ申す・・・・・・と祝詞を奏上)
           ⑤玉ぐしを奉りて拝礼(二礼 二拍手 一礼)
           ⑥てっ栓(おみきの蓋をする)
           ⑦祭神に一拝
           ⑧祓いの神楽
             巫女4人による祓い神楽 扇の舞、鈴の舞 が奉納


                釜

しゃくとり  洗米

お酒   御幣


笹2 P1201596ささ

この後湯立神事
    巫女による(二礼 二拍手 一拝)
  
  文政6年(1823年)の銘がついている直径70cmの大釜に向かって
       天からの水を掬って大釜に注ぎ入れる。
       塩をまいて釜を清める。
       沸き立つ釜の中に洗米を入れる。
       お神酒を大釜に注ぐ

   この後笛・太鼓に合わせて御幣を持って舞う”杓取りの儀”が行われます。
   その後”笹の舞”が行われます。

    笹を煮えたぎる釜に入れ、清めてから大地に振りかざし邪気を払います。

    この舞は参拝者にも笹を振りかざし湯を浴びせ邪気を祓って無病息災を祈願
    して頂き神事は終わります。

  ここで清められた笹は800円で希望者に配布されます。

  新しい年が始まるとこのように京の都ではいろいろな形で邪気を払い、一年の無事を
  祈願した神事が受け継がれ、奉納されております。

20 : 29 : 31 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
上賀茂神社界隈
2009 / 01 / 18 ( Sun )
冬の上賀茂神社界隈

武射神事の行われた上賀茂神社は1300年の歴史を有し、世界遺産に登録されています。
神社に建つ社殿の多くは重要文化財に指定されています。

境内の玉橋の下を流れる御物忌川(おものいがわ)は御手洗川と合流してならの川となる。
そのなら川は境内過ぎると神明川となり、川の流れに沿って社家町が形成され、この社家屋敷
が貴重な町並みとして昭和63年に国の「重要伝統的建造物保存地区」に選定されています。

             社家2

土塀が続く社家屋敷はその保存に注力されていて、京都市指定名勝に指定されています。
西村家別邸のお庭は1181年に策定され川から水を庭園内にひき、再び川に返す遣水
(やりみず)形式がとられているそうです。
冬の間はお休みですが3月中頃からお庭を見学することができます。
他にも京都市登録有形文化財の井関家、梅辻家などが並びますが中を見学することは
できません。

社家  土産

               ムベ

そんな中で1軒小物を玄関先で販売されている家がありました。
      (携帯ストラップ、湯のみ、箸おき、袋物、髪飾り等々)
玄関先にはムベが実をつけていました。

又上賀茂神社界隈は”すぐき”漬けでも有名なところです。

なり田  すぐきや

近くにはなり田さんとすぐきや六郎兵衛さんがあります
この”すぐき”はかぶらの一種・酸茎菜を独特の製法でつけたものですが、この乳酸発酵
したすぐき漬けは他の乳酸発酵のどの製品よりも優れているとか

神馬堂  葵や

                    やきもち

そしてもう一つ有名なのが ”やき餅” 神馬堂さんと葵屋やきもち本舗の2軒があります。
神馬堂さんのはもう売り切れていましたので今回は葵屋やきもち本舗で購入しました。
1個120円でした。 粒餡で焼き目もきれいなもっちりした美味しいやき餅です。

今井  今井2

この界隈ではもう一つ雑誌にもよく紹介されている今井食堂というお店があります。

                    さば煮

野球のヤクルトの元捕手 古田選手が学生時代よく通ったともいわれていて、近年は
野球選手は勿論芸能人もよく訪れるお店、ここの名物が ”サバ煮” 頭と尾と内臓を取り
除いたサバを3日間炊き込んだというサバ煮定食
骨まで柔らかく味がしみこんだ素朴な味ですが、定食680円はその人気はずっと続いて
います。小さな昔のままのお店ですがひっきりなしにお客さんが入ります。

                  舟形

上賀茂神社を出るとすぐ鴨川に出ます。
裏山は五山の送り火”舟形”の船山が見えます。

ゆりかもめ  サギ
             
                   タンポポ

鴨川はこの時期ゆりかもめ、鴨、さぎなどが飛来し、羽を休めています。
また堤防にははやくもタンポポの花が咲いていました。黄色の外来種は生命力が
強いです。

川の東側は「半木(なからぎ)の道」とし”しだれ桜”が見事に咲き誇るところでも知られて
います。 この鴨川の両岸は散策道となり、近くで鉦の練習をされていたり、学生の
ジョギング姿、犬の散歩をされている光景はのどかで、やがて桜が満開になる頃は大勢が
出かける市民の憩いの場です。

上賀茂神社へは市バス4、9、46、北3で行く事ができます。

上賀茂神社についてはいずれ改めてご紹介します。
22 : 47 : 51 | 京菓子 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
武射神事
2009 / 01 / 16 ( Fri )
武射神事

              上賀茂神社1

1月16日 京都の洛北に位置する上賀茂神社で"武射神事"が行われました。

この武射神事は古くは上賀茂神社所蔵の「嘉元年中行事」(鎌倉末期成立)に
「16日ふしやゆみの御神事」として記載されている古式ゆかしき行事で
一年の邪気を払い豊作や無病息災を祈願して始まったとされています。

まず本殿で儀式が行われ、午前11時から参堂の芝生で的を射る神事が行われます。

ここ上賀茂神社では5月に馬上から矢を射る流鏑馬の神事もおこなわれ、その流鏑馬
に対して地上から矢を射るため歩射神事ともいわれるそうです。

おはらい  そうい弓

まずお祓いが済んでからそうい弓という儀式が行われます。
小笠原流で2人の射手により、矢を上に向けて構え、次に下に向けて構え
魔性を的に集めそこに矢を射て魔性を退治する儀式。

                    宮司

続いて宮司さんによる”ひきめの儀"が行われます。
魔性はいろんなところに潜んでいて、その眠りを起こし、姿を変えているものは元の姿に
戻し、その魔性を的に集め、的の裏には「鬼」と書かれていてその的を射るという神事。
宮司さんの矢は力強く、見事に的を射る素晴らしいものでした。

弓を引くときは国家の安泰、皇室の平穏、国民の幸を祈願して2本の矢を一射づつ奉る
のだそうです。

「ひきめ」とは矢の先のかぶら(ひきめ)に穴が3つ切ってあって、飛んでいくところに(ヒューッ)と
音を発する、その音がヒキガエルに似ているところから「ひきめ」というともいわれているそうです。

しんしょく2  神職2

宮司さんに引き続き神職の方々6人がお二人づつ2射3回放射されます。

弓  弓2

神職の方に引き続き小笠原流弓馬近畿菱友会の方々の"百々手式"による放射の儀が奉納
されます。

百々手式とは・・10人が10の矢を射るところから百手と名づけられた
        射手と的の中間に「幣」がおかれていて的に当たった時はその幣を振る
          という方式

衣装は武家の正装・・直垂、ひきたて烏帽子、に足袋はしとうず(指の切れ目のないもの)
  女性は水干(鎌倉初期の稚児服・・源義経が着ていたであろう)

作法もそれぞれ決められています。
着座から中啓を懐から出し、座っているところに置き、懐紙を出し脇に置き、その上に中啓
を置く。それから1の射手から順次5人づつ射場に入る。
各射手が衣装の紐をはずし片肌を出して準備にかかり、5人が一斉に矢を放つさみだれ式
で2本の矢を(は矢、おと矢の2本)放ち奉納します。

これらの儀式は約1時間位おこなわれ無事魔性を退治し、一年の平安を呼び込むことが
できたと思われます。

                 あたりや


近くでは幸運の当り矢が1500円で販売されていました。

今年は厳しい年の始まりですが、今年一年がより早く平穏を取り戻しますように祈願
いたしました。

17 : 55 : 25 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
小正月
2009 / 01 / 15 ( Thu )
小正月の小豆粥


1月15日は小正月、門松、注連縄をはずしそれを燃やした火で火祭りをすることを「トンド」
いい,その火で小豆粥を炊いて戴くと一年中の邪気を払い万病を除くといわれ、京の都では
古くから大切な年中行事として行われてまいりました。
最近ではおくどさんがなくなり燃やすことができなくなりましたが、小豆粥を戴く風習は
のこされております。

京の洛西、花園の景勝地に禅宗の妙心寺があります。妙心寺にはその広い境内に
40余りの塔頭があり、その塔頭の一寺に東林院があります。

東林院 門

享禄4年(1531年)細川氏綱が父、高国公の菩提を弔うために建立されました。
開基、山名豊国が東林院と寺号を名づけ弘冶2年(1556年)に妙心寺に移し直指宗諤和尚を
開山として山名家の菩提寺となり、今日に至っています。

沙羅双樹 沙羅双樹2

この東林院の前庭には樹齢300年の沙羅双樹の古木や十数本の沙羅双樹があり、この
「双樹林」で6月下旬の見ごろを迎える頃は青苔と落花の風情を楽しむことができます。

東林院では毎年「小豆粥で初春を祝う会」が1月12日から31日まで催されています。


書院 東林院1

先ず書院で福茶をいただきます。 この福茶には

 梅湯(口の中の汚れを清め、心身の邪気を払うとともに保健に最もよい)

 祝い菓子
 松の雪(主菓子・・きんとん)
 結び笹(干菓子・・らくがん)
 昆布 (古くは”ヒロメ”(広布)とよばれ広くなるという意で現代の喜びに通じる。
 柿   (嘉来に通じ、万物をかき集めるというめでたい意)
 豆   (厄払い マメであることを感謝)
 くわい(良い芽がでますように)
 みかん(橙)(代々つづきますように)

 などの縁起物が菓子器にいれて出されます。

庭 水琴窟

福茶を戴いた後は千両の庭を通って水琴窟の音を聞き、枯山水のお庭の見える書院で
 小豆粥を戴きます。

 生飯 生飯1

禅宗の食事の作法には「般若心経」「食事五観文」を唱え万物に感謝し、自分の受けた
 食の中から少量のさば(生飯、施食)を分かち、庭の木々にそなえ、小鳥や小動物に施す
 という「さば(生飯)の儀式」があります。
 今日はこのさば(生飯)の儀式のみを行いました。
 最も最近では小鳥達も飽食になりお粥をあまり食べにこなくなったようです。

  本膳 品書き

このさばの儀式を終えてから小豆粥を戴きます。

 小豆粥のお膳は
  盃・・・蛇腹昆布
  坪・・・黒豆
  平・・・粉山椒、淀大根、揚げ豆腐
  盃・・・辛子胡麻味噌、畑菜、赤ハゼ
  椀・・・餅入り小豆粥 
  当り鉢・・・ひじき しぐれ
  香の物・・・くき大根、塩昆布  などが供されます。
  
 熱々の小豆粥、とろけるような大根をフウフウしながら万物に感謝を込め有難く戴きました。

東林院は四囲がお庭で囲まれ、静寂の中に、四季おりおりの風情をたのしむことができます。
又宿坊としても楽しむことができ
6月には「沙羅の花を愛でる会」 10月には「梵燈のあかりに親しむ会」なども催されています。

 妙心寺へは市バス91、26、10、京福電鉄、で妙心寺前下車すぐです。
  小豆粥は3700円でした。
 
14 : 45 : 30 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
えべっさんⅡ
2009 / 01 / 10 ( Sat )
祇園のえべっさん

宵えびす、 本えびすと不況の最中 苦しい時の神頼み!


          八坂神社

ここ八坂神社でも祇園蛭子社というのがあって

 祇園の 北向蛭子社(商売繁盛、開運招福)
      大國主社 (良縁成就、家内安全)
      御本社   (厄除、災難除)

北向き蛭子社  北向蛭子

大国社  御本社

この三社をお参りしてご朱印を頂き、家にかざっておくと、一年無事御利益を頂けると
八坂神社を入るとマイクを使って大きな声で呼びかけておられます。


           三社参り

9日、10日だけの三社参りだそうです。
たちまち長い行列ができ、手に手にお賽銭をもって北向蛭子社~大國主社~御本社と
次々とお参りをします。

そして最後におみくじをひいて、一年の悲喜こもごもを創造し、大吉を出た人は大喜びをし、
中吉、半吉、吉、今年の一年を占ってご朱印のご利益がありますようにと願いながら
お参りをいたします。


行列2  行列

 又四条通りでは祇園社の行列が 賑々しく

  ”ソレ、ソレ、ソレ、ソレ 商売繁盛で笹もってこい”

と囃しながら通っていきました。


14 : 34 : 43 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
えべっさん
2009 / 01 / 09 ( Fri )
宵えびす

10日はえべっさん
京の都では東大路四条下がるの恵比寿神社社にこぞってお参りをいたします。

   ソレ ソレ ソレ ソレ”商売繁盛で笹もってこい”

の掛け声も勇ましく景気よく囃してお参りを促します。

恵比寿神社  恵比寿神社2

ここ京の恵比寿神社の祭神は八重言代主神、少彦名神、大国主神で平安時代末期に
栄西禅師が宋の国からの帰途暴風雨にあい、波間に恵比寿神が現れ船に祀ると風雨が
おさまったといわれ建仁寺を創建するに当たり山内に恵比寿神を祀ったことにより始まった
と伝えられています。

大和大路の比較的狭い道路の両側に夜店が立ち並び、宵えびすの今夜、10日の本えびす
には人、人でごったがえします。

今年は特に100年に1度といわれるくらいの不況の嵐が吹いている中で、少しでも
景気が回復し、商売が繁盛しますようにと願いを込め、大勢の人が宵えびすの今日もお参り
をしていきます。


恵比寿神社 魚  恵比寿神社4

本殿には景気よく京都水産協会からの大きな魚のお供えがなされていました。

その前で思い思いに鈴を威勢よくならし商売繁盛を祈願いたします。


恵比寿神社3  恵比寿神社ささ


こころなしか福笹の売れ行きは今一質素に伺えましたが、まだまだこれからとばりがおりた今夜
から本えびすにかけてお参りが増えることと思われます。
21 : 51 : 24 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
七草
2009 / 01 / 07 ( Wed )
七日七草 
            
                 七草


  セリ ナズナ ゴギョウ ハコベラ ホトケノザ スズナ スズシロ 春の七草

冬越しのこれらの七草には全てに薬効があり、古くからお正月の七草粥として食して
まいりました。

もともとは中国から伝来したもので、平安時代は七穀(アワ、ヒエ、キビ 小豆等)の粥
を食していたようですが、七草として庶民が親しんだのは南北朝時代ともいわれております。

平安時代の資料に武家の党首が神棚の前で七草を刻んで七草粥を作ったという資料も
残されているようです。


この七草を刻むときに

 ”唐土の鳥が 日本の国に入らぬ先に 春の七草” (歌はそれぞれ若干違うようですが)

と歌い囃子ながらまな板を大きな音をたてながら刻むと災いや病気、邪気をはらうことが
できるといわれ、昔からこの歌を歌いながらみんなで七草を刻むのです。

お粥はインド、中国、韓国、タイなど夫々世界でも非常に好まれていて、味付けも国々の
特徴がありますが、

特に日本の粥は仏教との結びつきが深く、禅宗では毎朝お粥、ゴマ塩、沢庵といった
究極の食事の形をとります。

お経の中にも「粥有十利」というのがあり、お粥には10の利点があるといわれております。
食するとすぐにブドウ糖、グリコーゲンとして吸収も早く活力となるのです。

      七草粥2


今年も健康で一年が恙無く暮らせますようにと祈りながら七草粥を戴きました。

16 : 43 : 45 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
上七軒
2009 / 01 / 05 ( Mon )
”おめでとうさんどす”

京のあちこちで仕事始めの今日(5日)は新年の挨拶まわりに走り回ります。

 上七軒  上七軒2

          ”おめでとうさんどす ことしもよろしゅうおたのもうします”

ここ上七軒の綺麗どころも新年の挨拶廻りです。

正装の黒紋付にお正月には稲穂の髪飾りをつけ界隈を一軒一軒挨拶に廻ります。

京の都には五花街があり、ここ上七軒と祇園甲部、先斗町、宮川町、祇園乙部とに分かれて
います。

その中でも上七軒が一番歴史が古いといわれています。
室町時代中頃(1444年)北野天満宮が消失し、ときの八代将軍足利義成(後の義政)が
社殿再建の折にその余材をもって七軒の茶屋を建てたことより上の七軒茶屋とよばれる
ようになりました。
以来500年余りの伝統と歴史を持ち今日なお立派に受け継がれているという由緒ある花街です。


                    上七軒中里

そのお茶屋に中里があります。女将さんは上七軒の御茶屋組合の重鎮で歌舞練場の
改修や上七軒の伝承に奔走されておられます。

近年お茶屋さんの数も芸・舞妓さんの数も少なくなってきている中で、伝統はその時代に
あった形で変遷され受け継がれ守られていくのは誇らしいことだと思います。
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2009年幕開け
2009 / 01 / 04 ( Sun )
 2009年 新年”おめでとうございます”


北野天満宮1   北野天満宮2
 
丑年の2009年京都では北野天満宮へ丑にちなんだ神社としてお参りに行きます。
菅原道真公が承和12年(845年)6月御誕生でこの年は丑年であったことにより、
牛は天神様の神使いとして多くの縁起がつたえられています。

                北野天満宮4

北野天満宮といえば学問の神様、毎年多くの人々が合格祈願をかけてお参りします。

ご本殿のご祭神はじめ一之保神社、奇御魂神社(くしみたまじんじゃ)
でも学徳成就 文芸・歌道上達の神様としてさまざまな不思議や奇跡を呼び起こし
特別な力を持った神霊として祀られこれにあやかれるようにとお参りをします。

その他北野天満宮には雷除けの神様、農耕の神様、冤罪を晴らす神様、芸能の神様、
厄除けの神様等々いくつもの神様が鎮座いたします。
それぞれの願いをかけ一年の始めにあたり心を新たにお参りします。


北野牛2  牛

北野天満宮ではあちこちに牛が祀られています。
この牛の頭をなでて自分の頭をなでると頭がよくなるとか、体の弱いところをなでると
病気平癒が叶うといわれ多くの人々が牛をなでていきます。

またこちらの牛は殆ど臥牛(横たわった)の姿でお祀りされているのは
延喜3年九州大宰府から菅原公の御遺体を運ぶ途中で車を引く牛が座り込んで
動かなくなったためこの故事にちなみ臥牛の姿をしていると伝えられております。

今日も多くの人々の願いを聞き届けようとじっと耐え、その肌はピカピカに光っています。

北野天満宮 三光門  北野天満宮三光門2

                  北野天満宮三光門3

天神さんの七不思議の一つ”星かけの三光門”があります。
本殿前の中門の上に日、月、星の彫刻があるため三光門と呼ばれていますが、日、月、
三日月はあるが星がないのは平安京造営当初は千本丸太町に大内裏があったため
帝が遥拝される際三光門の真上に北極星が瞬いていたため星はきざまれていないと
いわれております。

また七不思議のなかには唯一立牛が本殿欄間の彫刻にあるとか
筋違いの本殿(天満宮御鎮座以前の地主神社が奥にあるためこれを避けた)
大黒天の灯篭(大黒様の口に石をのせ落ちなければそれを財布にいれておくと
          お金にこまらない。)
影向松(毎年初冬より3月の間に雪が降ると天神様が降臨され歌を詠まれる)
裏の社、天狗山などの七不思議があるそうです。


北野天満宮5

又本殿前に「渡邊綱の燈籠」があります。
平安中期の武将渡邊綱が所要で夜半一条戻り橋にさしかかると若い女性に
深夜のこととて家まで送ってほしいとたのまれ、その道すがら暫くいくとその女性は
恐ろしい鬼の姿にになり綱を捕らえて舞い上がり愛宕山へ連れ去ろうと北野天満宮の
上空にさしかかったそのとき綱は太刀を抜き鬼の片腕を切り落とし難を逃れた。
綱はこれも天満宮のお陰と神恩を感謝しこの石燈籠を寄進したといういわれの燈籠で
かなり老朽化し立派なお社に守られています、(重要美術品)

                   北野紅梅

 そして早咲きの紅梅が新芽を吹き花開いていました。

今年は早く不況の嵐が静まって新たな平穏な芽が順調に育ってくれることを祈願しました。
16 : 16 : 14 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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