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京の昔ばなし
2009 / 07 / 31 ( Fri )
京の昔ばなし
 「鯉山」(祇園祭り)


7月1日の吉符入りに始まり、1ケ月に亘って繰り広げられた祇園祭りも
今日の夏越祭を持って終了いたします。

多くの人々の心意気と協力・熱意により長く1000年を越える歴史をはぐくんで
きた祇園祭りは今年も無事終了、京都の町衆の誇りでもあります。

         鯉山


この祇園祭りにちなんで、”京の昔ばなし”の中に鯉山というのがありましたので
ご紹介いたします。


      渡し船


”むかしむかし”、室町六角あたりの長屋にたいそう正直なひとりの男が住んで
はりましたそうな。 その長屋の大家さんという人が、これまた曲ったことが
こんりんざいきらいなお人で、こまめに、長屋の人たちのめんどうをみてはった
もんやさかい、みんなからたいそうしたわれていはったということどす。

ある日、この大家さんが用事で、大津まで行かはりましたそうな。
そして用事をすませ、受け取った小判三枚をふところにし、琵琶湖の渡しに
のらはったやそうどす。船がええ気持にゆれるもんやさかい、ついうとうとして
はりましたそうな。

パシャと水しぶきがかかった拍子に目がさめ、ふところから手拭いをだそうと
しはった拍子に、さっきもろうた小判を三枚とも琵琶湖に落としてしまわはり
ましたそうな。

さあ、えらいこっちゃ、大家さんはすっかりあわててしもうて、船頭さんに
さがしてもらわはったが、広い琵琶湖のこっちゃ、見つかるはずがおまへんしな。

とうとう「あの小判は、わたしにさずからなんだもんやと思て、あきらめまひょ。」
いうて、しょうことなしに京へもどらはりましたそうな。

京にもどると長屋でさっそく一部始終をはなし、くやしがってはったそうどすわ。

それから2,3日したある日のことどすわ。

長屋の男が大津からきたさかな売りのコイを食いたいなおもて、清水の舞台から
とびおりたつもりで、いっかいコイを一匹かわはりましたそうな。

なんとその鯉に包丁をいれてみると小判が三枚飛び出してきたそうな。
男はそりゃもう、えらいびっくりしてしもうて、なんでコイの腹から小判がでてきたの
やろと、あれこれ考えているうちにひょいと、こないだ大家さんが琵琶湖で落とした
小判の話を思いださはったそうな。

「そうやこのコイが小判三枚を呑み込んだにちがいない。」思て大家さんの家へ
とんでいかはりましたそうな。

大家さんはこの話をきいて「小判はやっぱりあんたのもんや、あんたが持って
お帰り」言うてどうしてもうけとろうとしはりまへんそうな。

どっちもゆずらはらへんで、とうとう困ってしもうて、役人さんに相談しはったそうな。

お役人さんはじっとふたりの話を聞いてはったそうどすが、ふたりがあんまり
美しい心やさかい、この話をいつまでもあとの世に伝えたいと思わはったん
どっしゃろなあ。

「ふたりとも小判を受け取らんというなら、その小判でコイをほってもらい、
祇園祭りの山にしたらどうじゃ。そして『鯉山』という名にしたらどうじゃ」
といわはったんやそうどす。

ふたりともえらい喜んで「はあそのとおりにします」ということになって
無事はなしがついたということどす。

「鯉山」は近くに住んではった、ほれ、あの有名な左甚五郎はんがみごとな
姿にこしらえはりましてな、今でも、祇園さんの祭りには、まるで生きてる
みたいに元気な姿をみることができるのやそうどす。

今年も17日の山鉾巡行では後祭りの巡行で30番目に
中国の龍門の滝をのぼる鯉の勇姿をあらわしている前掛け、同懸け、水引
で飾られ巡行していきました。

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14 : 44 : 36 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
狸谷不動院
2009 / 07 / 29 ( Wed )
火渡り式(狸谷不動院)


京都は左京区一乗寺に真言宗の修験道大本山狸谷山不動院があります。

その昔平安京の城郭東北の鬼門守護として桓武天皇の勅願により祭祀されたもので
以来タヌキ(咤怒鬼)不動明王として、悪鬼退散の霊験著しく、公家殿上を始め都人の
尊崇の的となった。 が明治の廃仏毀釈で荒廃したが、明治後期に郷土の人々が
再興を強く願い昭和19年に大僧正亮栄和尚が入山「修験道大本山一乗寺狸谷山
不動院として再興されました。


火渡り式1 狸谷不動院

その狸谷山不動院で28日午後7時から”火渡り祭”の行事が行われました。
梅雨が明けきらない蒸し暑い日、御利益のお陰で雨は丁度やみ、遠方からも
お参りに人々が集まります。
本殿までの約200段の階段はまさに修験の道のりです。

護摩1 護摩3

夜の帳がおりたころ、護摩木の前に狸谷不動院の管長様始め山伏の方々が勢揃い
護摩供養が始まります。

護摩5 護摩6

四方に悪霊退治の弓矢が放たれ、所願成就、交通安全、家内安全の詔が読み上げ
られます。

護摩2 護摩7 

            護摩8

管長様の護摩供養のための諸祓いの儀式が行われた後、火入れがなされます。
火柱は高く上がり、悪霊の退散に向けて祈祷がなされます、

火渡り1 火渡り2

護摩木が燃えた後、その火種を地に収め、均した火床に願いを唱えながら、
まずは山伏の方から渡っていきます。

火渡り3 火渡り4

可愛い少年も臆することなく願いを込めながら渡っていきます。
事故のない、よき青年へと成長してくれることを願います。
夏の京の都の古より伝わる儀式です。

狸谷山不動院へは、市バス5(京都駅から)一乗寺松ノ木町下車徒歩10分
または叡山電鉄松ヶ崎下車徒歩13分 のところにあります。
00 : 16 : 48 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
還幸祭
2009 / 07 / 25 ( Sat )
還幸祭(祇園祭)

7月24日は祇園祭の中の還幸祭がおこなわれました。

還幸祭とは御旅所に17日の鉾巡行から遷されていた神霊が三基の神輿に
のって氏子の町内を疫病退散と繁栄を祈願しながら練歩き八坂神社にお還りに
なるという勇壮なお祭りです。


      神輿3

午後5時から四条通の御旅所で中御座には素戔鳴尊(すさのおのみこと)
東御座には櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、
西御座には八柱神子神(やはしらのみこがみ)が御移りになって

中御座は御旅所~寺町通を下がって~高辻通~烏丸通~四条通~大宮通~
      千本通~三条通~寺町通~四条通~八坂神社へ

東御座は御旅所~四条通~烏丸通~高辻通~大宮通~三条通~寺町通~
      四条通~八坂神社へ

西御座は御旅所~寺町通を上って~錦小路~四条通~烏丸通~高辻通~
      四条通~三条通~御池通~大宮通~三条通~寺町通~四条通~
      八坂神社へ

と午後5時に最初の中御座が出発して三基がそれぞれのコースを回り
午後10時頃に八坂神社を目指して還っていきます。

先導 元締め
可愛い與丁も御神輿の先導役を努めます。この祇園祭りに何年も與丁として御奉仕
少々待ちくたびれてあくびがでます。   する いなせなリーダーは「これがほんま
                      の祇園祭や」と話されていました。
                           
さかき  中御座
お祭りに係る人はみんな八巻や
腰にさかきと蘇民将来のお守りをつけます。

       神輿4

       神輿2


     

御神輿の上には新しい稲が結わえられ1基に約500人から700人の、総勢
では約2000人の與丁が御旅所の前で ”ヨーサ  ヨーサ” ”マワセ マワセ”
と掛け声をかけながら四条通一杯の大きなお神輿を3回まわしてから

”ホイット ホイット”と掛け声も勇ましく「ル」の字ををかくような軽やかな足さばき
でお神輿を担いで出掛けます。

熱気に包まれた3基のお神輿は八坂神社に還るころには日もとっぷり暮れ
深夜近くになって石段を掛け上り、神殿で明かりを消した真っ暗ななかで
「御霊遷し」の儀式が執り行われるようです。

このようにして今年も祇園祭りは終盤となり、暑い、暑い京の夏となります。
01 : 25 : 14 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
丹波ワイン
2009 / 07 / 19 ( Sun )
丹波ワイン

京都市からJR嵯峨線で田園風景を眺めながら北西地の園部まで、
園部から車で約30分のところに丹波ワイン工場があります。

京都では唯一のワイン工場で1979年にこの地で創業されました。

       丹波ワイン1

丹波地方は土壌が肥沃で昔から、丹波黒豆、丹波栗、や野菜など
「食の宝庫」として京の都の台所を支えてまいりました。

丹波の鳥居野の辺りは有機質を含んだ粘土質で特に葡萄の栽培に適している
ことから、この地をワイン工場として選ばれ、丹波ワインの創業が始まりました。

ブドウ ブドウ2

現在はこの葡萄畑では約30種類の葡萄が垣根仕立てで栽培されています。
この垣根仕立ては風通しがよく、虫がつきにくいことからこの手法で栽培されている
ようです。

主には赤ワイン用のピノ・ノワールやベルネ・ソーヴィニョ、白ワイン用のシャルドネ
などが栽培されているようです。


        ワイン

この工場では最盛期で1時間2000本の瓶詰が行われます。

ここで醸造されたワインを本日は7種類試飲させて頂くことができました。
すきっ腹に7種類のワインはかなり酔いが回ってしまいます。

どれも微妙に味が違い、通の方だとその違いを楽しんで銘柄を当てられるそうです。


ワインハウス 

この丹波ワインの品種で「鳥居野」は1984年、スペインの
マドリードで開催されたモンドセレクションで金賞を受賞されておられ、
その後6年続けて金賞を受賞されているという素晴らしいワインです。

現在は約40種類のワインが醸造されているそうです。

創業者の黒井氏はそもそもこのワイン工場を作ろうと思われたきっかけは
海外に行かれた時に、駅のホームやカフェで気軽に楽しめるワインに驚き
それを持ち帰り、研究を重ね今日のワイン工場へと発展していったとか

特に京料理や和食にも合わせやすく演出できるワイン作りや
日常の食生活を含んだコミニュケーションシーンの提案作りと
ヨーロッパの文化を尊重し、日本の文化を世界に発信することを
スローガンに現在の3代目社長が受け継ぎ研鑽をされておられます。


               バーベキュー

又試飲の後は地元の食材を使ったバーベキューを楽しむこともできます。

丹波ワインの見学には事前に申し込みを   電話は0771-82-2003です。

21 : 55 : 59 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
祇園祭り 
2009 / 07 / 17 ( Fri )
祇園祭り ” 山鉾巡行 ”

疫病を鎮めるため貞観5年に御霊会が行われ、貞観11年にはト部日良麻呂が
66本の鉾をたてて牛頭天皇を祀ったとされる祇園祭りも、

応仁の乱や太平洋戦争などで中断したものの、その都度復興を果たし、
昭和22年には戦後初めて長刀鉾、月鉾が建てられ、長刀鉾のみ寺町四条まで
往復巡行をが行われ、神幸祭、還幸祭が復活したそうです。

以後今日まで次々復興、再興をはたし町衆の心意気と多くの人々の力の
結集で日本の有数の祭りとなりました。

豪華絢爛の鉾や山がお披露目の巡行、動く美術展といわれる巡行は
賑わいも格別のものです。

長刀鉾2 長刀鉾
先ず先頭は長刀鉾

       長刀鉾1
      お稚児さんも立派に注連縄切りを披露いたしました。

芦刈山1 芦刈山2
巡行の 山第一番は芦刈山

函谷鉾 函谷鉾2
 鉾の二番目は函谷鉾

引き続き山、鉾が次々と巡行してまいります。

四条傘鉾 四条傘鉾2
四条傘鉾 

蟷螂山1 蟷螂山2
蟷螂山 厨子の上のマキリが舞ってくれます。

綾傘鉾 綾傘鉾2
綾傘鉾  棒振りの舞いは見ごたえがあります。

放下鉾 放下鉾2
放下鉾

岩戸山 岩戸山2
岩戸山  外国からも祇園祭りに参加いただいています

船鉾 鈴鹿山
船鉾                        鈴鹿山

鯉山 淨妙山
鯉山                        浄妙山

山鉾巡行に続き祇園祭りの行事はまだ続きます。

今夜は神輿3基が練り歩く神幸祭、 24日には還幸祭、花傘巡行
28日には神輿洗式、29日には神事済奉告祭、31日には疫神社夏越祭
へと続きます。

21 : 48 : 24 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
祇園祭り
2009 / 07 / 16 ( Thu )
祇園祭り ”宵々山”

祇園祭りは、平安時代、全国に疫病が流行りました。 当時の人々はこれは
「天災や疫病で非業の死をとげた人の怨霊の祟りだ」と考え、神仏に祈りを
ささげるとともに種々の芸能を奉納しこれらの怨霊を鎮めようといたしました。

この祭りが「御霊会」と呼ばれ貞観11年(869年)より始まりました。
この御霊会が祇園祭りの起源とされています。

その祇園祭りで7月15日は宵々山の日にあたります。
午後6時からは鉾町の中心四条通、烏丸通り、室町通り、新町通りなどでは
歩行者天国となります。

日が西に傾きはじめたころ、駒形提灯に火が灯りだすと、どこからか三々五々に
人々が鉾を求めて集まって祭りを盛り上げていきます。

       長刀鉾2

鉾頭に疫病や邪悪を祓う長刀をつけ、古来より籤とらずで
常に先頭を巡行する長刀鉾も早々とお囃子がはじまりました。

       函谷鉾

長刀鉾から西を望むと夕日の空に浮雲がたなびき ”函谷鉾”の鉾頭がくっきりと
浮かびます。

祇園祭の鉾や山はあわせて34基が建てられ町衆の心意気と多くの人々の手で
毎年見事に執り行われています。


南観音山 南観音山2

新町の錦通りを上ったところに”南観音山が建てられています。
南観音山には楊柳観音像と脇侍に善財童子が祀られています。

楊柳観音像は恵心僧都の作といわれ、頭部は鎌倉末期のものとされています。
山の真木には松を用い、毎年鳴滝から北観音山の分と2本届けられ、北観音山と
南観音山で籤を引いてどちらを選ぶか決められているそうです。

又宵山の午後11時からは楊柳観音を連台に縛りつけて神輿とし、お町内を
掛け声勇ましく練りまわる「あばれ観音」の行事もあります。


天井掛け 天井掛け2

下水引には平成13年に加山又造画伯の「飛天奏楽」が綴れ織りで新調され
今年は5年半もかけて刺繍で四神図が豪華に新調されています。
巡行当日にはこれらが掛けられ、まさに動く美術展が繰り広げられます。


女童

祇園祭りは可愛い子供たちも一役を担います。

宵々山、宵山には浴衣を着せてもらって、声高らかに童歌を歌いながら

 ” 常はできません、 今明晩かぎり ろうそくいっちょう 献じられましょう
     ろうそくいっちょう どおですか” 

と厄除けの蝋燭の献灯を勧めます。

このようにしてお祭りは明日の宵山、17日の巡行へと最高潮に盛り上がります。

今年は新型インフルエンザの流行で世界中を渦中に巻き込みましたが
この祇園祭りで疫病が退散することを願いたいものです。
 
 
11 : 28 : 04 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
檜扇
2009 / 07 / 15 ( Wed )
祇園祭りの花 ” 檜扇 ”

        ひおうぎ


7月の京の都は祇園祭り一色です
1日の吉符入り式にはじまり、籤とり、神輿洗い、鉾建てと祇園祭に向けての行事は
目白押しに執り行われます。

この頃京の商家や各家庭では祇園祭りの花として床の間に ”檜扇” を活け込みます。

檜扇はアヤメ科で別名烏扇ともいわれています。

茎は直立して分枝し、葉は広剣状粉白緑色で2列に互生し、茎より次第に葉に向けて
広がる姿が平安時代から宮中で使われる檜扇状に似ていることから 
”檜扇”と名づけられたようです。


              檜扇


末広がりで縁起がよく、疫病を鎮めるための御霊会を起源とし、さまざまな
芸能の奉納や作山の行列が加わった祭礼として発展してきた祇園祭りの
縁起を戴いてこの檜扇を活け京の誇る祇園祭の成功を祈願し、その心意気を
感じながら7月を過ごします。

そして15日からは宵々山、 宵山、巡行と祭りは最高潮となっていきます。

宵々山、宵山では鉾町の旧家では秘蔵の屏風絵が飾られ、鉾の縣装品
と共にこれらの美術展を楽しむこともできる祇園祭りは、まさに京の町衆の
誇りでもあります。

11 : 37 : 32 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
退蔵院(妙心寺)
2009 / 07 / 11 ( Sat )
退蔵院(妙心寺)の精進料理

        退蔵院1

京の都の花園に花園法皇の発願で花園離宮を禅寺として建武4年(1337年)に
建立された臨済宗妙心寺派の総本山があります。

その妙心寺には46もの塔頭があり、そのうちの一つに退蔵院があります
応永11年(1404年)に波多野出雲守重通が妙心寺第三世無因宗因禅師に帰依して
建立されたと言われております。

山内でも屈指の古刹といわれ、国宝に指定されているの瓢鮎図(ひょうねんず)
有名です。
この瓢鮎図は山水画の始祖といわれる如拙の作で足利義持の命により心血を注いで
描かれたといわれ後の狩野派に大きな影響を与えたともいわれております。

退蔵院2 退蔵院3

       庭

退蔵院の庭園も広く、史跡名勝に指定されている枯山水”元信の庭”も有名ですが
こちらは ”余香苑”深山幽谷を思わす平安王朝の趣のある庭で四季折々に変化のあるお庭です。

桔梗 紫陽花

木々の緑と苔の緑、この時期新緑の色鮮やかなお庭には紫陽花、桔梗、蓮
の花が緑と調和して一段と色鮮やかです。四季を通じては60種あまりの茶花が
咲くそうです。

なんとこの広いお庭をご住職自ら、毎朝4時半に起きて落ち葉を拾い砂紋をつけて
見事に清掃されるそうです。


その退蔵院で今日は今井幸代先生のお料理教室の皆様とご一緒に
精進料理を戴きました。

こちらの精進料理は又すごい!
自家製の食前酒(梅酒)に続き10種類の見事なお料理が次々と出てまいります。
お盆から器まで見事に磨かれ、先ず目で楽しみます。

食前酒 精進料理1
食前酒          アボカド,胡瓜、生湯葉、椎茸、ずいきの酢味噌和え

精進料理3 精進料理2
椎茸、湯葉、水菜、じゅんさいのお鍋はとろろ芋に薬味をいれたものを出汁に戴きます。

精進料理4 精進料理6
胡麻豆腐に焼ナス               稲庭うどん(4種の薬味)     

        精進料理5
ほおずきの器に5種(もろへいやに汲湯葉、きぬかつぎ おくら みょうが、
             アーモンド いちじく、ぱんぎん麩、 ちらし寿司)


精進料理7 精進料理8
揚げ物(きくらげ、生湯葉、蓮根のすりあげ     冬瓜の煮物
     トウモロコシ)

精進料理9 精進料理10
お味噌汁                        蓮ご飯

こがし湯 水もの
おゆとう(おこげからだしたお湯)   水もの(器は氷でできています。)
                    (スイカ、マンゴウ、メロン、ブドウ)

どれも、奥の深い本当に手の込んだお味で、一言では言い表せない
絶妙な味わいでした。

このお料理をされているのは妙心寺の門前に本店を構え、妙心寺御用達の
阿じろさんです。

退蔵院様で戴くには退蔵院へ申し込みをしてお席を予約する必要があります。
お料理はコース料理で5000円~11,000円まであります。

退蔵院へはJR花園駅下車徒歩8分、京福電車妙心寺下車徒歩10分です
20 : 58 : 12 | 京料理 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
白峯神宮
2009 / 07 / 07 ( Tue )
精大明神例祭「七夕祭」

神宮門 P7070974.jpg

京の都、今出川通りの堀川を東に入ったところに白峯神宮があります。

慶応4年(1868年)に明治天皇が讃岐の白峰から崇徳天皇の神霊を、
後には淡路の天王森から淳仁天皇の神霊を、皇室鎮護の神として当地に移し
建立されました。

またこの地は蹴鞠・和歌の宗家”飛鳥井”家の邸宅があったところで末社の
地主社に蹴鞠道の神である精大明神を祀っていて、サッカー選手などの信仰を
集めています。 境内には蹴鞠の碑も建立されています。

神前2神前1

その白峯神宮で7月7日に七夕の行事「精大明神例祭」が盛大に行われました。
祭壇には多くのお供えものがされ、主伐の儀が執り行われました。
又この辺りは西陣の中心でもあり、西陣織の繁栄をも祈願し、機織り機や糸繰り機
なども奉納されています。

       舞楽

祭典の後山城舞楽による
神楽人の長が榊の枝に御鏡を模した輪を取り付けたものを右手に持って
舞う「人長の舞」が古式ゆかしく奉納されました。


毬 毬2

舞楽の後、境内蹴鞠の庭にて古式ゆかしい蹴鞠が奉納されました。
境内の蹴鞠の庭には四隅に柳、さくら、かえでなどの杭で仕切られた中で
先ず宮司様から”かじ”の木に隠された毬を蹴鞠保存会に方による秘伝の技で
かじの木から毬がはずされます。

蹴鞠

鹿の滑革を二枚継ぎ合わせてできた約直径20cm重さ120gで中は空でできている
毬を特製の靴を履いた蹴り人がすり足で必ず右足で蹴るというルールのもと
蹴るときには蹴る人が ”アリ” ”ヤウ” ”オウ”と掛け声をかけながらラリーを
繰り広げ、その蹴り続ける数を競ったと言われております。

又この掛け声は、その昔平安後期に希代の蹴鞠の名人であった藤原成道が
蹴鞠の上達のため千日に渡って毎日蹴鞠の練習に励みました。
やがてその誓いの成就した日の夜、彼の夢の中に3匹の猿の姿をした毬の精が
現れました。
その毬の精の名前が「夏安林(アリ)」「春陽花(ヤウ)」「桃園(オウ)」で、
この名前が毬を蹴る時の掛け声になったという伝説があるそうで、ここ白峯神宮
にはその守護神として3匹の猿が祀られているそうです。


舞

蹴鞠の後は、七夕にちなんで ”小町踊り” が奉納されました。
大きいお姉さんに交じって3歳くらいの可愛い,可愛い女の子の小町踊りは
みんなを釘付けにし、盛んにカメラのフラッシュを浴びていました。

中央では牽牛と織姫が笹飾りを囲んで愛らしく舞いを披露されていました。

白峯神宮へは、市バス(9,12, 201, 203, 51, 59)堀川今出川下車すぐです。

21 : 51 : 44 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
七夕
2009 / 07 / 05 ( Sun )
七夕(ひちせき)

7月7日は五節句の一つ七夕(ひちせき・たなばた)にあたります。
京の都では梅雨明けを真近に控え、7月は祇園祭に明け祇園祭に終わる
月でもあります。

蒸し暑い日中を避け、ここ東山の高台寺では七夕飾りのライトアップ
7月4日(土)、5日(日)の両日行われました。

         七夕1

2m~3m位もある高い笹に保育園児のかわいい願い事が書かれた
笹飾りは懐かしい昔を思い出します。


七夕2 七夕6

 ”笹の葉 さ~らさら 軒端に揺れて お星様 キラキラ 空から見てる”


        七夕5

丁度風も出てきて大きな笹もゆれ、心地よい風が頬をかすめていきます。

七夕4 七夕3

 子供たちの願いを微笑ましく拝見しました。

   ”サッカーがうまくなりますように” 
   ”マンガ家の王子様が迎えにきてくれますように”
   ”自転車を買ってもらえますように”
   ”早く弟が生まれてきますように”
   ”ウルトラマンになりたい”

中でも逞しいのは

   ”大人になったら仕事をしてお金をためて家族でレストランとか
         いっぱい食べに行く”

というのもありました。

夢があるというのは素晴らしいことですネ! 夢を追い続ける、夢はいつかは
必ず叶うことを信じて成長してほしいと、私も短冊に願ってきました。

又貴船神社でも七夕のライトアップがされ8月9日まで続けられているようです。
    
20 : 43 : 14 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
本のコンシェルジュ
2009 / 07 / 01 ( Wed )
本のコンシェルジュ(大垣書店)

京のビジネス街の目抜き通り烏丸三条に地元の書店大垣書店があります。


         大垣書店


創業は昭和17年で元々は北大路の烏丸西に始まり、6年前に烏丸三条に出店。
今では京都中の書店の売り場面積の総計は京都一といわれています。
若いスタッフを中心に人と本との出会いを感動のあるものにする。それが夢であり、
基本姿勢であるとの基本理念を掲げ、

本の品揃えも時流にあわせ、季節にもあわせ、よく考えられていると好評を博しております。


案内 選択

そんな大垣書店の瀬田の支店で先日新しい催し、”本のコンシェルジュ”が開催
されました。
書店員がお薦めする大人のための文芸作品を朗読、又龍谷のコミッカーズクラブ
による推薦コミックをテーマにトークセッションという新しい催しです。

当日はプロのアナウンサーで今京都で活躍中の植月百枝氏による司会で、
店長の一押し話題の本 "ベストセラー" についてさわりの解説があり、

         本

やはりお薦めは今ベストセラーの村上春樹著『1Q84』、中島敦の『山月記』、
北原亜以子の『誘惑』等で

朗読1 朗読2


そのお薦め本の中の一部をプロのフリーアナウンサーと、植月百枝氏の指導による
京都新聞文化センターの朗読教室の生徒さんによる朗読がありました。


マンガ 龍大コミッカーズ

そのあと龍谷のコミッカーズクラブのメンバーと大垣書店の方による
推薦コミックのミニトークセッションがありました。

年配者には漫画といえばどちらかといえば、若者の読む本と位置付けられて
いますが、なかなかどおして、今回のミニトークセツションを通して、改めて漫画
を見直しました。
お客様の中でも、”いや、漫画も捨てたものではない、一度よんでみようかと思った”
とのコメントもあり、新しい試みはそれなりに効果があったようです。

1Q84.jpg 検索

店内では『1Q84』も入荷して、年配者も子供も手軽に検索ができるシステムが
供えられていて、活用されているのが興味深かったです。

又烏丸三条店では7月8日に芥川賞の作家津村記久子さん、
7月12日には新潮社出版の『学問』の著者山田詠美さんのサイン会も予定されて
いるようです。

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