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京都 下水道局
2011 / 04 / 30 ( Sat )
水環境を守る 都市下水道局

私たちの生活に欠かせない水、私たちの身体の約70%は水分からなります。
一たび災害にあいますと、先ず水を求めて長蛇の列ができます。
それほど大切な水ですが、日常ではあまりその大切さや貴重さが認識されずに
水を使ってしまっています。
今度の東日本震災で改めて水の怖さとともにその大切さを感じさせられました。

京都の水環境を守る施設
蹴上、松ヶ崎、新山科、山ノ内の各浄水場と
鳥羽、吉祥院、伏見、石田の各環境保全センター
で水環境が守られております。

その内で鳥羽水環境保全センターが藤の開花とともに4月29日、30日、5月1日の
3日間一般公開されています。

施設

施設2

鳥羽水環境保全センターは全国でも有数の処理能力を有し、最大規模を誇ります。
広大な敷地内に施設は高度処理能力の導入がなされ、ここで処理された水を利用
して「せせらぎ水路」が作られ、四季折々の花を楽しみ緑の憩いの場が作られて
おります。

私たちの生活排水や企業排水は先ず下水管を通って水環境保全センターへと流れて
いきます。そこで再生、殺菌され河川へと流されていきます、

見学1 見学1-2

水保全環境センターへ流れてきた汚水はここスクリーン・沈殿池で大きなゴミや
砂等が取り除かれます。

見学2 見学2-2

ポンプ場では25台のポンプで電動で1分間に25mプール23個分の水を
深く地下から汚水が組み上げられます。

見学3 見学3-2

ポンプ場で組み上げられた汚水を3時間かけて小さなゴミや泥を沈殿させます。

見学3-3

見学4 見学4-3

③で沈殿させて水に空気を混ぜ微生物の働きで下水中の汚れを分解します。

見学5 見学5-4

汚れを分解させる微生物を2時間かけて沈殿させ上登水を次亜塩素酸ソーダで
消毒され河川に流されます。
 
見学5-3

京石

③、④、⑤で沈殿させた汚泥や活性汚泥は汚泥濃縮タンクに集められ
密閉してメタンガス等を発生させ安定化させさらに濃い泥となります。
これらは脱水して酒粕状の固まりになり小石を製造し、有効利用したり
建設資材や埋め立て処分とされます。

このようにして「京(みやこ)の水」は再生され河川の汚染を防ぎ生活環境
が守られております。

藤棚3

この鳥羽水環境保全センターには2種類(3品種 ヤマフジ・ノダフジ)の藤が
37本植えられております。
この藤の開花にあわせて平成13年から3日間一般公開が行われております。


藤

今年も綺麗に咲き誇っています。

藤棚2

藤2

芝桜

藤とともに芝桜も満開となっております。


せせらぎ広場

瀧

水が豊富に流れるせせらぎ広場ではいろいろな樹木や花が植えられ、春本番
に一斉に華々しく咲きだします。

蔓バラ

ゴールデンウイークの初日今日は朝早くから京都駅から臨時便のバスが
ピストン輸送で多くの見学の方々を運んでいました。

私たちの大切な水がこのようにして護られていることを多くの人が見学でき
ることは貴重な、有意義なことと感じました。

出来るだけこの機会を利用して沢山の方が見学できればと思います。
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20 : 59 : 25 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
亀岡七福神巡り3
2011 / 04 / 28 ( Thu )
亀岡七福神巡り3 耕雲寺

亀岡七福神の第5番目は耕雲寺の恵比寿天です。

耕雲寺

耕雲寺は臨済宗妙心寺派に属し 山号を祇陀山と号します。
御本尊は聖観世音菩薩。

火事などにより焼失し、開山、開基は不明のようです。
高台に位置し、亀岡の街並みや田園風景が見渡せる眺めの素晴らしいところに
あります。

耕雲寺 恵比寿天

耕雲寺の七福神は恵比寿さまです。
災いの除き、災害を払い、富貴如意(幸福になること思いのまま)の神様として
毎年1月15日には萬福の祈祷をされているようです。

丹波出雲大神宮

出雲大神宮

亀岡にも出雲大神宮がありました。
丹波の国一之宮出雲大神宮は丹波の国と大和の両勢力の接点にあり、ここに国護り
の神を祀られたのが始まりとされています。

出雲大神宮 鳥居

出雲大神宮 本殿

天明2年(709年)に初めて社殿が造営されたそうです。
現在の社殿は鎌倉末期の建立で国の重要文化財にもなっているようです。
ご祭神は大国主命、三穂津姫命の2柱がお祀りされています。

亀岡七福神の第6番目は極楽寺です。

2極楽寺

極楽寺は浄土宗の知恩院末寺に当たり山号は吉祥山と号します。
創建は1464年とされております。

境内には出雲神社神宮寺に祀られていた、平安末期の十一面観世音菩薩(2.15mの身の丈)が安置され、重要文化財に指定されているようです。

極楽寺

極楽寺の七福神は寿老人です。
”寿老人、寄る年波を 悔やまずに 日々の恵みを寿ぐ翁”とされ、
長寿の神様として親しまれています。

亀岡七福神の7番目は東光寺です。

東光寺

東光寺は延珍智証大師が草創して以来転宗、転派を続け現在は臨済宗興聖寺派
末寺となっているようです。
 
東光寺 門

東光寺の門をくぐると赤い鳥居が立ち並び神仏混合のお寺で門には
福禄寿の寺と記されております。

東光寺2

本堂には智聖大師作とされる薬師如来がお祀りされています。

東光寺 福禄寿

東光寺の七福神さまは福禄寿です。
幸福、封禄、長寿を招来して人生円満を授けて下さる神様のようです。
そのお姿からは私たちに心のゆとりを感じさせてくださいます。

今回は亀岡の七福神と出雲大神宮の神様に東日本大震災で命を奪われた方々の
ご冥福と被害に遭われた方々の一日も早い復興を御祈りした巡礼の七福神
巡りをいたしました。
17 : 14 : 33 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
亀岡七福神巡り2 
2011 / 04 / 27 ( Wed )
亀岡七福神巡り2 蔵寶寺

亀岡七福神巡り第3番目は蔵寶寺の大黒さまです。

蔵寶寺 大黒天

蔵寶寺の山号は如意山といい、臨済宗の妙心寺派に属します。
もともとは真言宗のお寺であったが、元和2年(1616年)織田信長ゆかりの
老僧によって臨済宗に改宗されたようです。、

蔵宝寺 薬師如来

蔵宝寺 厨子

山内には寛延元年(1748年)の建立された薬師堂がありその厨子には
薬師三尊(薬師如来、日光菩薩、月光菩薩)が祀られています。
又、旅の僧が若狭からもってきたと伝えられる地蔵菩薩立像も安置されている
ようです。

蔵宝寺 大黒様

蔵宝寺 大黒様2

蔵寶寺の七福神は大黒さまです。
もとから伝わるインドの大黒さまは仏教の守り神であって、争いや災いより護る
憤怒相の神であったようですが、後に日本において民族信仰と結びつき、五穀豊穣
を司る神として、左肩に大きな袋をかつぎ、右手には打出の小槌を持ち米俵を踏ま
えるふくよかなお顔の神様に変わっていったと記されております。
全国から集められたいろいろなお姿の大黒さまが沢山祀られております。


第4番目の七福神は金光寺の弁財天です。

金光寺

金光寺は浄土宗本山知恩院の直末寺で、承応3年(1654年)文覚上人によって創建され
ました。御本尊は阿弥陀如来、

金光寺 弁財天

こちらの七福神は弁天さまです。
琵琶を弾く七福神の中で唯一女性の神様で室町時代末ころより財福、七珍萬宝
を授ける神様として信仰されるようになったようです。

金光寺 本堂

金光寺の本堂は昭和55年壇信徒よりの財で再建されたと書かれております。

亀岡七福神巡り3へと続きます。

15 : 31 : 17 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
亀岡七福神巡り
2011 / 04 / 25 ( Mon )
亀岡七福神巡り 1 神応寺

亀岡駅北口から保津橋を渡って約3.5kmほど行くと亀岡七福神巡りの
お寺が点在いたします。
この辺りは和わらぎの道から七谷川と桜の名所でもあり、春は長閑な
街並みを通り満開の桜を楽しみながら七福神巡りが出来ます。

毘沙門天 神応寺

亀岡七福神巡りの1番目は神応寺
神応寺は曹洞宗で正式には 瑞雲山神応寺といいます。 ご本尊は釈迦如来神応寺 毘沙門堂

神応寺の七福神は毘沙門天で、この神様は笑顔と財宝を授けて下さる神様とか、
毘沙門天の教えに従って精進する人には無量の招徳が得られると言われて
いるそうです。

神応寺 観音菩薩
観音菩薩像が祀られております。

神応寺330体仏像

こちらの神応寺には境内の石仏庭園のなかに330体の石仏がお祀りされていて、
毎年8月には石仏万燈会が行われているようです。


養仙寺 門

亀岡七福神巡り2番目は養仙院です。
臨済宗妙心寺派で開山は妙心寺塔頭智勝院の開基といわれ、堂内に安置されている
木像地蔵菩薩立像は式内社愛宕神社の本地仏ともいわれているそうです。
又寺伝では将軍地蔵とも呼ばれ足利尊氏の念持仏とも言われているようです。

養仙寺 布袋様
養仙寺の七福神は布袋様です。
布袋様は七福神の中で唯一実在された中国の高僧で、福徳円満、家内安全に
ご利益があるといわれております。

養仙寺 布袋尊2

七福神巡りは№2へと続きます。

18 : 06 : 56 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
京の桜だより
2011 / 04 / 23 ( Sat )
京の桜だより 上品蓮台寺

京の北、紫野十二坊町(千本通りの北大路を下がったところ)に
上品蓮台寺(じょうぼんれんだいじ)というお寺があります。

古くは聖徳太子の創建と伝えられ、当初は香隆寺と呼ばれていたそうです。

石柱 宇多天皇御寶塔

正式には蓮華金宝山九品三昧院といい、真言宗の智山派に属します。
御本尊は延命地蔵菩薩。

天徳4年(960年)宇多天皇の勅願により寛空僧正が再建し、寺号を上品蓮台寺
と改めたと言われております。
当時は広大な寺域に伽藍が立ち並ぶ壮大なものであったそうですが応仁の乱により
焼失してしまいました。

文禄年間(1592~96年)に性盛上人によって復興し、この付近の蓮台野
一体に十二の子院を建て、このことにより「十二坊」という名で知られ地名
にもなりました。

門

又この上品蓮台寺には平安時代を代表する仏師「定朝」のお墓があることでも
有名です。
定朝は上品蓮台寺で得度をし、名を「康城」と改め当時十二坊あったといわれる
塔頭の照明院を建立いたしました。
宇治平等院の阿弥陀如来像を完成した4年後(1057年)京都でなくなりました。
遺体は上品蓮台寺に埋葬されたそうです。

上品蓮台寺には絵画を描いた貴重な経典で国宝の「因果経」重要文化財の
文殊菩薩像、六地蔵画像
などでも知られております。

お大師様

お大師様の周りには遅咲きの八重桜が今満開となっております。
お大師様もにっこりされているように見えます。

本堂

本堂には村上天皇より賜ったと伝えられる勅額が掲げられ、その内部に
御本尊の延命地蔵菩薩が祀られているようです。

上品蓮台寺は観光寺ではなく檀家寺であるため一般には公開されておりません。

五輪の塔

空海の母の阿刀氏の塔といわれる五輪の塔もあります。

桜

桜2

桜3

枝垂れ桜は名残の桜模様で、八重桜が大輪の花を咲かせております。

井戸 かとう窓

お庭は綺麗に整備されていて、落ち着いたとてもいい寺風で安らぎを覚えます。


上品蓮台寺へは市バス59番で千本北大路下車すぐです。
21 : 04 : 56 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
京の桜だより
2011 / 04 / 19 ( Tue )
京の桜だより 千本ゑんま堂

京の都はそめい吉野や紅しだれ桜が散り始めた後は八重の桜が咲き始めます。
御室桜、普賢象桜、御衣黄桜などが次々と華麗な姿をみせてくれます。

ここ西陣の千本ゑんま堂は正式には引接寺といい高野山真言宗に属します。
ご本尊は定朝作と伝えられる閻魔王が祀られております。
京の町ではこの閻魔様をお祀りしていることから千本ゑんま堂と呼び親しまれて
おります。
昔は「悪いことしたら閻魔さんに舌ぬかれるよ」などと言われたものです。

その千本には由緒ある普賢象桜が咲き始めています。

初代の普賢象桜は御小松天王から賜ったもので名称は一説には普賢菩薩に乗る
像の鼻に似ていることにちなむといわれております。

室町第3代将軍足利義満はひとひらずつの花びらが散るのではなく、花冠ごと
散りゆく姿に、罪人の哀しみを感嘆したといわれます。

又往昔、この地に無数の桜が咲き誇っていたから「千本桜」と呼ばれ地名の
「千本」の由来ともなったと伝えられております。


普賢象桜

普賢象桜2

普賢象桜3

普賢象桜4

今の普賢象桜は後に佐野藤右衛門さんが寄進されたもののようです。
普賢象桜は房ごと落下するため種がとれなくて、まともな桜が多々ある中で
突然変異の如く生まれる桜のようで非常に貴重な桜のようです。

佐野藤右衛門さんの桜

佐野藤右衛門さんは今年又新たに普賢象桜を寄進され、何年か後には立派な大きな
花を咲かせる大樹に育つことを祈りたいものです。


関山桜

関山桜2

琴平桜

また境内には八重の関山桜や琴平桜が咲き誇っております。
桜もいろいろな種類があるものです。

千本ゑんま堂へは千本通の寺ノ内を北に上がった西側にあります。
21 : 29 : 12 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
京の桜だより
2011 / 04 / 18 ( Mon )
京の桜だより 雨宝院の桜

京の西陣、雨宝院の桜は今まさに満開の様相です。

雨宝院は西陣の聖天さんとして親しまれ、御本尊は歓基天。
嵯峨天皇の病気平癒のため空海が聖天を刻んだことにより始まると伝えられて
いるお寺で観音堂に安置される千手観世音菩薩立像は平安初期の作風で重要文化財に
指定されています。

その雨宝院には今、歓喜天にちなんで名づけられた「歓喜桜」が満開となって
おります。

雨宝院に咲く桜の数々をお楽しみください。

歓喜桜4

歓喜桜

歓喜桜3

歓喜桜2
この歓喜桜は根元から花をつけるといわれております。


かんのんさくら 

かんのん桜3

かんのん桜2
「かんのんさくら」は八重でとても可愛い桜です。

松月桜

松月桜2

松月桜4
松月桜も八重でかんのん桜よりも花弁が多く豪華な桜です。

御衣黄桜

御衣黄桜2

御衣黄桜3

御衣黄桜はまさに花が黄色で一輪は比較的小さい花です。枝ぶりも細く
華奢な感じがいたします。

雨宝院の桜は今週いっぱいは楽しむことが出来ます。
花びらがハラハラと散り始めも又風情があっていいものです。

雨宝院へは堀川今出川から西へ浄福寺通を今出川から北へ500m位上がって
西へすぐです。京都駅~市バス9番堀川今出川下車 徒歩10分です。
16 : 52 : 41 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
七谷川
2011 / 04 / 16 ( Sat )
桜だより 亀岡編 七谷川

七谷川は亀岡市を流れる桂川の支流で、右京区嵯峨樒原町(しきみがはらちょう)
の東部境の地蔵山西麓から端を発し、西流亀岡市に入り、千歳町から蛇行して
保津川へと流れていきます。

その流れの途中、野外活動センターあたりから約2.2kmに亘っての散策道は
1500本余りの見事な桜が植えられ、まさに桜花爛漫の様相を見せてくれます。

七谷川

七谷川3

七谷川4

七谷川2

遊歩道はきれいに整備され、どこからともなくバーベキューの匂いが漂ってきたり
しながら、歩いてゆくと、三々五々人々が川べりや休憩所でお弁当をひろげ、
しばしの間桜のトンネルの中で日常の喧噪からはなれ長閑な気分を味わうことが
できます。

この辺りは、愛宕神社、亀岡の七福神巡りや出雲大神宮などが点在し民家の中を
通り、畑に今は春キャベツが青々と歯をまいていたり、菜の花が満開であったり
生活の様子を垣間見ながら楽しむことができる楽しいところです。
又七谷川の野外活動センターではキャンプ等も楽しむことができるようです。

21 : 31 : 24 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
保津橋
2011 / 04 / 15 ( Fri )
桜だより 亀岡編 保津橋

京都の奥座敷と呼ばれる町亀岡は現在人口は93,393人となっております。
明智光秀が居城亀山城を造った地でもあり、亀岡の人々は、織田信長への謀叛で
3日天下と言われた光秀のその冶世の根幹は常に民にあったとして今なおその
遺徳をしのび敬慕されているといわれております。

又近年は交通の便もよく整備されてきて、京都市内、大坂、兵庫、への交通の
重要な要衝ともなっております。

橋 保津橋

保津川2

この亀岡の地に流れる川は保津川で、慶長11年(1606年)京の豪商「角倉了以」によって産業水路として開削された川です。
その昔の交通は川を利用して船で物資を運んだ時代、丹波地方からこの保津川を
利用して昭和23年頃まで物資が積まれ保津川を下ってまいりました。

保津川の渓谷はまず水がきれいなことと、山間の景色がすばらしいことです。
巨岩の間を船がすべり下りるスリルや水しぶきを上げて落流する水泡は神秘的
なものがあり、物資の運搬だけではなく明治28年頃より遊船としての川下りが
はじまりました。
ここ亀岡から嵐山までの16kmを約2時間かけて船くだりを楽しむことが
出来ます。春は桜から新緑、紅葉、雪景色と四季折々の風景を楽しむことが
出来ます。 乗船料は大人3,900円、子供2,500円です。

保津百景案内

近年観光にも非常に力をいれておられ保津百景として案内されています。
17 : 50 : 15 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
京福電鉄
2011 / 04 / 08 ( Fri )
桜だより 京福電鉄沿線の桜並木

京の京福電気鉄道は四条大宮から嵐山、北野白梅町から帷子の辻経由嵐山間を
「嵐電(らんでん)」と呼び市民のまた京都を訪れた観光客の方々が眼窓から流
れる風景を楽しんでいます。

京福電鉄は昨年(2010年)100周年を迎えました。
明治43年3月に開業。もともとは京都市内に嵐山線と叡山鞍馬線、福井県下の
福武・越前の三路線から分立したもので、第二次大戦中の電力政策により
昭和17年に鉄軌道部分が分離され京福電気鉄道となったものです。

その後の変遷により昭和61年(1986年)に叡山鞍馬線は叡山電鉄として分離
されました。

京福電鉄

この嵐電は約11.4キロを両サイドには歴史ある神社仏閣や史跡が多く並び
京都の観光にとって重要なルートとなっております。

桜

電車

鳴滝あたりからは桜のトンネルと呼ばれる風光明媚なところを走ります。
両サイドにはそめい吉野が毎年見事に咲いて春を告げ、秋には紅葉の
トンネルとなります。

昔からの軌道敷きをガタンゴトンと継ぎ目の音を聞きながら走る電車は
喧噪から離れた長閑さを感じさせてくれます。
18 : 24 : 11 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
京の桜
2011 / 04 / 06 ( Wed )
桜だより 京の桜守 佐野藤右衛門家の桜

京は右京区山越に桜守の佐野藤右衛門さんのご自宅があります。
そのお屋敷には幾種もの桜が植えられております。そしてこの時期には
公開されていて多くの方々が訪れ桜を愛でておられます。

その見事な桜は開花し始め、艶やかな勇姿をみせております。

屋敷2

佐野藤右衛門さんといえば誰もが「桜守」と知るくらい有名な方で
代々御室御所に仕えたと言われ、現藤右衛門さんは第16代目を継承されて
おられます。

日本の各地にある名桜を後世に残すために日本全国を精力的に廻って
その復元に活躍されておられます。


桜1

桜2

桜4

桜6

桜の花が咲くのは桜の営みにとっては一年の終わりにあたり、花をつけてから
実を結び新しい命を生み出す新芽を吹き出すための最終段階にあたります。
桜を愛でるのは花は勿論ながら、新緑の桜、寒い冬にエネルギーを蓄え寒さに
絶える桜と一年を通して桜も人生の営みと同じであるとお話をお聞きしました。

是非自分が一番好きな桜を見つけその営みを通して桜を愛でることを進めて
おられます。

私は円山公園のしだれ桜が一番好きな桜なのですが、近年元気がなくなんとか
藤右衛門さんに復元して頂きたいと切望しております。

現在の円山公園のしだれ桜は2代目で初代の桜は昭和22年に枯れたそうです。
先代の藤右衛門さんがその種から発芽させもとの処に植えられたそうで
今は80才になるとか。その間には幾多の変遷を見続けてきた桜なのですね。
ここには円山公園の子供に当たる桜を見ることができます。
又京都府庁では初代の孫に当たる桜が植えられております。

藤右衛門家の桜はこれから満開になるところです。
全国から数多くの桜が復元され見事な花をつけ咲き誇っております。

20 : 16 : 33 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
妙覚寺
2011 / 04 / 04 ( Mon )
桜だより 妙覚寺大門

京の鞍馬口新町に日蓮宗の本山妙覚寺があります。
北龍華具足山と号し、妙顕寺、立本寺と並んで日蓮宗三具足山の一つ。
ご本尊は十界大曼荼羅
永和4年(1378年)龍華院日実が妙顕寺から分立して四条大宮に創建した
ことにより始まります。
文明15年(1483年)足利義尚の命で二条衣棚に移転。本能寺の変により焼失
天正11年豊臣秀吉の命により現在地に移転いたしました。
狩野元信、永徳を中心とする狩野一族のお墓が建てられております。

大門由緒書 狩野元信の墓

大門

この妙覚寺の大門は寺伝によれば、豊臣秀吉が天正18年(1590年)に建設
した聚楽第の裏門を寛文3年(1663年)に移築したものと言われ、西本願寺の
飛雲閣、大徳寺の方丈、唐門などとともに数少ない聚楽第の遺構であると
伝えられております。
大門は城門特有の両潜り戸を持ち,梁の上には伏兵を配置できる空間が設け
られている建築史上興味深い建物であるといわれております。

桜3

桜2

大門前のしだれ桜は8分咲きくらいで見事に紺碧の空に映え咲き誇っています。

妙覚寺へは京都駅から市バス9番で堀川天神前下車東へ3分位です。
17 : 30 : 10 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
百々橋
2011 / 04 / 04 ( Mon )
桜だより 百々橋の礎石

堀川寺の内を東に入ったところに昔、南北を流れる小川があり、その小川には
百々橋(どどばし)という橋(長さ7.4m、幅約4m)が架かっておりました。
この百々橋には歴史が刻まれております。

由緒書

その昔京都では応仁の乱が(1467年~1477年)10余り続けられ京都の町は
灰塵化してしましました。

東軍の細川勝元と西側の山名宗全が争った足利将軍家や官領畠山・斯波両家の跡目
争いである応仁の乱はこの橋を隔てて行われ、戦国乱世の歴史のひとこま
が刻まれることになりました。

又この百々橋の名称は応仁の乱以前の風景を描いた『中昔師地図
(ちゅうじゃくしじづ)』
に当地が「百々ノ辻」と記載されていることに
由来すると伝えられております。

橋脚

その百々橋は古来板橋であったようですが、近世になって石橋に架け替えられ
昭和38年(1963年)小川が埋め立てられた際橋も解体されました。

しかし地域住民の方々のこの遺構を残そうと尽力され、橋材は一時室町小学校
に保管されましたが、その後洛西ニュータウンに移され、竹林公園に復元されました。

又橋脚をささえる四基の礎石の一基が百々橋をしのび貴重なる遺構としてこの地
に遺されております。

桜2

橋脚の遺構の傍には、染井吉野の桜が咲き始めました。
16 : 47 : 30 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
佛陀寺
2011 / 04 / 03 ( Sun )
桜だより 佛陀寺

京の寺町通は市街地の中央に走る南北の通りで北は鞍馬口の
上善寺門前町から南は五条通の下京区の橋詰町まで続く通りです。
豊臣秀吉の都市改造政策によって洛中に散在する寺院をこの地に集めた
ことからなづけられました。

その寺町通の今出川から上がると寺院が軒を並べております。
本満寺の隣にあるのが佛陀寺です。

門

佛陀寺は浄土宗の西山派にぞくします。
大蔵院と号し、平安中期村上天皇が朱雀院を寺に改め真言道場として創建
したことにより始まります。
寺名は朱雀法皇の法諱佛陀寿にちなみます。
何度か焼失し、後柏原天皇が一条の地に再建され後現地に移転いたしました。

本堂

落ち着いた雰囲気のお寺で本堂前の桜はまだ咲きかけでした。
普段は公開されていなく静かなたたずまいです。
ご本尊は阿弥陀如来座像は寄木造・金箔押で重要文化財に指定されているようです。

扁額


花
本堂前には水仙やクリスマスローズが植えられきれいに整備されておられます。
22 : 12 : 41 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
本満寺
2011 / 04 / 02 ( Sat )
桜だより 本満寺

東日本大震災の被害は甚大なるもので、いまだ原子力の終息はみえません。
しかし、被災地では少しずつ復興へと動きはじめました。

今京都にいる私達が現下で出来ることを精一杯し、被災地に勇気が与え
られるようエールを送りたいと思います。

京都には今年も桜が咲きはじめました。例年よりやや遅めの開花です。
季節は悲しい出来事も、うれしい出来事も全て包み込み間違いなく巡って
まいります。

京の寺町今出川を上がって(北へ)いったところに本満寺があります。

門2 扁額

本満寺は山号を廣布山といいます。ご本尊は十界曼荼羅日蓮宗のお寺で
応永17年(1410年)関白近衛道嗣の長男にあたる日秀が今出川新町に創建、
近衛家内道場として繁栄していました。
天文法華の乱の後、天文8年(1539年)関白近衛尚通が現在地に再興、
後奈良天皇の勅願所となりました。

宝暦元年(1751年)には徳川吉宗の病気平癒を日鳳が祈願したことから
徳川家の祈願所ともなったようです。
寺宝の紺紙金字一字法塔法華経並普賢経9巻は重要文化に指定されています。

桜

桜2

境内を入ると見事なしだれ桜が咲き始めました。現在8分咲き位です。
朝からカメラに納める方々の参拝が続いております。
可憐な一重の花々は競い合って春の光を浴び訪れた人を楽しませてくれます。

六地蔵

境内の奥には六地蔵がまつられております。
夫々に冬の間お帽子を被せてもらっています。
六地蔵の由来は地蔵が六道を(地獄、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道)
輪廻転生する衆生を救済するということから六つの分身を考えて六地蔵を
信仰することからはじまったと書かれております。

山中鹿之助の墓

又こちらでは戦国の武将で尼子家に仕え、毛利元就との戦いに敗れ再興に
奔走した山中鹿之助のお墓が祀られております。
山中鹿之助は三日月に向かって「願わくば我に艱難辛苦を与えたまえ」と
祈りながら尼子家の再興に奔走したと伝えられております。
一時京都にも滞在し、織田信長時代に豊臣秀吉にも仕えたとされております。

本満寺へは京都駅から市バス205番で河原町今出川下車寺町通を北へ徒歩
10分位です。
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