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卯年から辰年へ
2011 / 12 / 25 ( Sun )
卯年から辰年へ

卯年は3月の東日本大震災から日本にとって過去最大といっても過言ではない
大震災に見舞われ、原発問題にと大変悲しい年明けとなり、
加えて豪雨に見舞われた近畿・中部と大切な、大切な命が沢山失われて
しまいました。

この悲しみが癒えるのは何時になることか計りしれません。
それでも前へ前へ進まなくては新しい発見も進展もなく、苦しみを封じ込め
多くの人々は日々乗り越えようと頑張って参りました。

どうぞ悲しみを胸に納めた方々に寄り添って日本の復興が叶うことを切望
してより適切な政治がなされますように、これからも祈っていきたいと思います。

卯


来年の辰年の方角は東南東とされています。
東南東は朝日が昇る方角です。
龍が天より降りたち新たな息吹を吹き込んで、新しい幸せな年となりますように!。
そんな願いを託して、一歩一歩地に足をつけ歩んでいけるよう、
希望の朝日が昇るよう願って新しい年を迎えたいと思います。

                            辰

そして今年一年与えられた命の営みと健康に、又夫々の幸せに感謝して
卯年を納めたいと思います。
10 : 02 : 40 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
西陣魚新
2011 / 12 / 17 ( Sat )
有職料理 西陣魚新

京は西陣の地(浄福寺通今出川1筋下がる西入る)に有職料理の魚新があります。
開業は安政2年、ご先祖は文化文政年間東山五条で御所御用の酒造・醤油を商い
しておられましたが、江戸後期に方広寺大仏前各地の一斉退去により
この西陣に移られたようです。

「魚新」の屋号となったのは創業者のお名前”角屋新助”の角におもてなしの
心を常にと心をつけ魚とし新助の新をとって「魚新」となったとお聞きしました。

有職とは、所持万端宮中のしきたりにそって執り行うことをいい、
魚新さんも御所の大礼の饗膳を奉仕されてまいりました。

その有職料理の流儀には
四条流、四条園部流、四条園流、生間流、大草流、進士流があり
もとをたどれば四条山蔭流を祖とするそうです。

各流派の料理司は宮中・幕府、宮家に明治維新まで仕えてこられたとか
明治維新以降改革によりその職を辞し、それぞれの新たな有職料理として
その秘伝技術が継承され今日に至るようです。

その由緒ある料理司の一軒に「魚新」さんがあります。

通り

この魚新の発祥の地は室町幕府の置かれたあたりで、美しい風景をたたえる
「七松観」という名のおこりとなった七本の松がありその内の一本が
この魚新のお庭に残されているようです。


玄関

玄関の暖簾は御所出入りの店にのみ許された白の麻暖簾が懸けられて
おります。
そして暖簾の模様は商標登録された「鯛の鯛」が向かい合わせになった
意匠が染め上げられております。
この模様は、箸袋にも、器にも用いられております。

屏風

お部屋に飾られた屏風は時代を感じさせるものです。
どなたの作品かは聞き洩らしました。

雪見障子

懐かしい雪見障子からお庭をみることができます。

床飾り

与謝野鉄幹・晶子とはご親戚にあたられるとかで、御両人からの軸も
掲げられておりました。

御所御用達で、皇居と二重橋が描かれた軸が懸けられていました。

宮内庁御用達


大饗のお献立

大饗料理の献立が再現された様子が展示されています。
意外と質素なようにも見られます。

大正天皇賜物

大正天皇からの賜物も展示されております。

お重

こちらで本日頂いた有職西陣弁当です。

     御造り

お弁当の中には、お造り(トロ、鯛、イカ、長芋)

      煮物
 煮物は人参、ホウレンソウ、海老イモ、カモ等

     吹き寄せ
  吹き寄せは鰆の味噌漬け、だし巻き、煮豆、おたふく、りゅうひ巻、サツマイモ
   八幡蒟蒻、はんぺい、蓮根、生麩饅頭等)

     ぬた

   わけぎのぬた

     椀もの
  椀物はしんじょに宮様豆腐、まいたけ、ゆず
  ゆずの香りがなんともいえず、宮様豆腐は魚新の名物豆腐でなめらかな
  美味です。

     デザート

  デザートは苺、洋梨、ゼリー 彩りも良く、名残の紅葉が
  添えられているのもおしゃれです。

一年頑張った自分へのご褒美に、そして又来年も頑張ろうと、ちょっと
心も、目も、お味も贅沢を味わって英気を養いました。
23 : 49 : 46 | 京料理 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
京都検定
2011 / 12 / 11 ( Sun )
第8回京都観光文化検定試験

京都商工会議所が毎年12月に京都観光文化検定試験を開催されていて
今年は第8回目を迎えました。

当初この京都観光文化検定試験が実施されたことで、一躍ご当地検定ブーム
を巻き起こし、各都道府県から、蛸検定、茶道検定、着物検定と多くの
検定試験が行われるようになりました。

京都観光文化検定試験は「京都をもっと知りたい」「京都を正しく理解する」
後世に正しく伝えていく、きょうとの素晴らしさを発信する」ことを目的に
平成16年に開始されました。

試験は3級、2級(マーク式)と最も高度な1級(記述式)とがあります。
第1回は9,801人が受験され最年少は10歳、最年長は82歳と発表されています。

そして今年、第8回も約5,660人の受験者が今日12月11日に挑戦いたしました。
最年少は10歳、最年長は90歳だそうです。

恐らく検定試験でこれだけの年齢の層を越えて受験できるものは少ないのでは
ないかと思われます。
それだけに試験をより楽しんで、勉強できることに喜びを感じます。

試験会場は京都は、同志社大学、大谷大学、立命館大学、と東京会場に
分かれて夫々行われました。

立命大学顕彰碑

その京都観光文化検定試験の会場の一つ、ここ立命館大学衣笠キャンパスです。

立命館大学は私立で、明治33年に開校いたしました。
創設者は西園寺公望の秘書を務めていた、中川小十郎氏によって京都法政学校
を前身として鴨川畔に創設されました。
その後広小路寺町に移転し、昭和56年に現在の衣笠校へと移りました。

立命校舎

ここ、立命館大学衣笠キャンパスは
衣笠山を借景に、近くには金閣寺、竜安寺があり、この衣笠山に沿って仁和寺
を過ぎ周山街道へと続く「きぬかけの道」がある風光明媚なところに建てられて
いて、多くの観光客が訪れるところです。

検定

検定2

この立命館大学衣笠キャンパスの存心館では午前10時から3級が、午後1時30分から
2級の試験が行われました。
会場には早々と多くの人が参加され、皆熱心に問題に取り組んでおられました。

10歳から90歳とあらゆる年齢差の人が同じ問題に取り組むのは何とも不思議な
感じがいたします。

結果は来年1月25日頃に発表されるそうです。結果が楽しみですね!

京の年末の風物詩となりました。
19 : 54 : 33 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
常照皇寺
2011 / 12 / 03 ( Sat )
京北の古刹 常照皇寺

京の右京区の最北、京北の地に古刹常照皇寺があります。
大雄山と号し、正式には万寿常照皇寺と称し、臨済宗天竜寺派に属します。
ご本尊は釈迦如来立像

貞治元年(1362年)光巌天皇が出家された後、この地を訪れ庵を結んだ
ことにより始まります。
第2世の清渓通徹が寺に改めました。一時衰退いたしましたが、江戸時代
江戸幕府から朱印状を与えられ多くの末寺を有するようになりました。
歴代の天皇の帰依をうけ皇室ゆかりの寺とされています。

参道

木立が茂る鄙びた参道が続き、日差しが一段と柔らかく感じられます。

参道2

勅使門

一段と高くに勅使門が見られます。
勅使門、方丈、と並ぶ禅宗の仏殿形式がとられています。

方丈

方丈もなだらかな勾配をもった屋根の造りはやさしい感じを受けます。

書院

書院からみた紅葉はもう散り紅葉となり、この辺りの紅葉は11月初旬になります。

襖絵

書院から襖絵を眺めながら秋の日差しを感じるお庭の様子

釈迦如来

釈迦三尊がお祀りされています。 年代などはわかりません。

本堂

開山堂も落ち着いた山裾に設けられております。

桜

常照皇室寺は桜の名所として国の名勝に指定されております。
「九重桜」「左近の桜」「御車返しの桜」春には見事に花をつけ、
苔の庭まで垂れ下がりそれは見事な眺めとなります。

庭1

庭園

書院裏ののお庭は山を借景とした池泉回遊式のお庭になっています。
今年の紅葉見納めの常照皇寺です。
23 : 12 : 54 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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