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南真経寺
2013 / 06 / 29 ( Sat )
西向日 真経寺

西向日編3は南真経寺です。

山号は鶏冠山と号し、十界曼荼羅を主導とする日蓮宗のお寺です。

創建は鎌倉時代末の徳治2年(1307年)とされています。
初めは真言宗のお寺でありましたが、住持実賢が日蓮の弟子日像の教化に
より改宗し、寺名真言寺の真と日像上人の幼名経一丸の経をとって真経寺と
改められ、関西における最初の日蓮宗の寺となったと伝えられております。

江戸時代の承応3年(1654年)に真経寺は二つに分けられ北真経寺
壇林(寺の学問所)に、南真経寺は鶏冠井村民の信仰の場となりました。

南真言寺1

開山の日像上人は宗祖日蓮聖人の帝都に日蓮宗の布教をせよとの遺命を受け
鎌倉時代末期に上洛いたしましたが、他宗派からの迫害を受けしばしば京都
から追放されました。

徳治2年頃には乙訓郡大山崎付近に留まり布教活動をしていたとされています。

真経寺は本堂よりも開山堂の方が伽藍は大きく寛永11年の建立とされています。

南真言寺開山堂

開山堂の扁額「真経寺」は本阿弥光悦の筆によるものだそうです。

真教寺扁額

本堂は正徳4年(1714年)に建立されたものだそうです。

寺宝の尊性親王の手紙の裏に木版で法華経を印刷した開結共十巻は
国の重要文化財に指定されています。

これは当時の政治情勢を知ることのできる手紙であるとともに
木版刷りの法華経を当時のまま伝える珍しい例であるといわれております。

南真言寺本堂

真経寺の近く向日神社の参道前に日像上人が石に座って説法された
と言い伝える「説法石」がお祀りされています。

説法石1

説法石2

この辺り鶏冠井町に伝わる鶏冠井題目踊りは京都府の無形文化財に
指定され今も踊り継がれています。
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21 : 06 : 59 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
五辻の常夜灯
2013 / 06 / 26 ( Wed )
西向日 五辻の常夜灯

かって西国街道に沿った向日町の町並みは京都から西山の社寺へと参詣する
人々で賑わってきました。

現在の向日町の五辻から”滝ノ下”へと続く坂道は江戸時代には西山道
梅ケ坂と呼ばれ、善峰寺や光明寺へ通じる参詣道であったといわれております。

五辻のいわれは江戸時代西国街道に沿ったこの場所は四方にに道が伸び
四辻といわれておりました。
昭和7~8年頃に新道ができて以降五辻と呼ばれるようになったそうです。

五辻といわれるところはまさにあちらからも、こちらからも道が伸び車が
いろんなところから交差して行き交います。

西向日常夜灯

街道沿いの家並は昔の面影を思わせる出格子、白壁があり趣が残されて
おります。

街道沿いの家並

石柱の標識にも右は善峰寺、左は長岡、山崎、大阪方面と書かれていて
現在のようにスピードが出る車では道に迷いそうです。

標識

この五辻に大きな常夜灯が建てられております。

幕末の慶応元年(1865年)に楊谷寺(柳谷観音)へ参詣する講の一つで
ある千眼講によって建てられたといわれる名燈籠だそうです。

江戸時代終わりころから眼病によく効く水が楊谷寺にあるといわれ楊谷寺へ
参詣する人々が増え、京都から向かう「柳谷道」の起点となるこの地に一対
の大きな石燈籠が建てられました。

その後新道が建設され移転致しましたが、近年そのうちの一基が元にあった
この場所に往時の佇まいを残して復活されたそうです。

常夜灯

昔の人々にとって燈籠は道路や町の起点として目安にし愛着を感じていた
もので、その名残を感じ町のシンボルとして残されていくといいですね!
17 : 03 : 06 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
石塔寺
2013 / 06 / 25 ( Tue )
西向日 石塔寺

京都府向日市鶏冠井(かでい)町に石塔寺があります。
阪急電鉄の西向日駅で降ります。

阪急西向日駅は昭和天皇即位の御大典の際に天神橋駅から京都西院間が開通
した時に開業された駅です。

この西向日駅の北0,4kmの所には「長岡京」の中心であった大極殿が置かれて
いて、駅構内にもその遺構が発見されているところです。

その長岡京の国家の政務、儀式を行うところ朝堂院跡の遺構を眺めながら
丹波路へ続くメイン道路へと進んでいきますと「石塔寺」がります。

朝堂院跡


石塔寺は本化日蓮宗の本山にあたり、ご本尊は十界曼荼羅

石塔寺山門

鎌倉末期(1310年)日像上人が向日神社の前に法華題目の
「南無妙法蓮華経」を刻んだ石塔を建立したのに始まると
伝えられています。

文明年間(1469年~87年)日成上人が石塔の近くに大伽藍を造営し
末寺33寺院を擁し、石塔寺と称しました。

石塔寺本堂

不受布施派の四大本山の一つとして栄えましたが、同派に対する弾圧に
より次第に衰退しました。

明治初年現在地に移り再興されました。興隆寺のの堂社を移し寺域が整備
され今日に至ります。

石塔寺扁額

山号は法性山と号します。

庫裏

このあたりの地名は「鶏冠井(かでい)」と呼びます。

地名の由来は平安時代の延久4年(1072年)太政官牒に「荘園整理令によって
石清水八幡宮領の蝦手井荘が停止される」とあり、平安末期までは蝦手井と
言われていたそうで、平安末期には徳大寺家の鶏冠井荘となり鶏冠井が定着した
と伝えられております。

又一説には継体天皇の時にこの地にあった三井の老楓の木があって、その形が
鶏冠ににていたところから名づけられたとも言われております。

塔堂には現在も法華題目の石塔が安置されています。

5月3日には京都府の無形文化財にしていされている「鶏冠井題目踊」が奉納されます。

石塔寺石碑

お庭がとてもきれいな落ち着いたお寺です。
22 : 03 : 57 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
幽玄能入門
2013 / 06 / 24 ( Mon )
幽玄能入門

能は室町時代に成立した歌舞劇で650年以上に及ぶ歴史を有し、2001年に
世界無形文化遺産に登録されています。

応安7年(1374年)世阿弥は新熊野の演能をきっかけに、室町幕府第3代
将軍足利義満の寵愛を受け、京都の武家・公家の支援を受けて能を大成
させました。

能とは
①仮面劇、 ②音楽劇(大川、小鼓、笛、太鼓) ③扮装劇
④歌舞劇、 ⑤詩劇(七五調)・・・謡(七五調)というものです。

江戸時代は式楽とされていて、公式イベントとして能楽が行われていた
ようです。

能楽と狂言の違いは能楽は悲劇で狂言は喜劇であり、また歌舞伎との
違いは、歌舞伎は仮面の代わりに化粧をいたします。

しかし650年以上前に大成した能はその言葉も理解しがたい、むつかしく
親しみにくいと言われがちです。

そこで、今回初めて見る方にもわかりやすく外国の方にも楽しんで頂ける
ようにと京都ガイドクラブ様が通訳も入れながらわかりやすく解説くださる
企画が梨木神社の能舞台で開催されました。

講師は観世流シテ方の吉田篤史先生

吉田先生は京都府内はもちろん大阪、広島、岐阜等で稽古場を持たれ謡曲・
仕舞などの指導に幅広く活躍されています。

能は年号などによって言葉づかいも変わってきていて、理解不能な言葉
は謡にすることによってさらに意味が解らなくなります。

又面をつけることによって声が籠り一層理解しがたいところがありますが
能をみていて、演者の緊迫感、緊張感、雰囲気を肌で感じてて頂きたい
と先生は解説されていました。


梨木神社

梨木神社は萩の神社ともいわれ、今萩の枝をどんどん伸ばして梅雨空に
新緑が瑞々しくとても綺麗です。

チラシ

能衣装はとても豪華で緻密なデザインと精緻を凝らした西陣織でまさに
京都の伝統工芸の最たるものです。

能のお家元に代々伝わる衣装ですとか、新たに発注されるものは個人所有
(家元所有等)で一演目に使われる衣装で家が一軒は建つといわれるくらい
高価なものです。

能衣装

オープニングは牛若丸と弁慶の出会いの場面である「橋弁慶」を
仕舞で演じていただきました。

可愛い牛若丸は初々しくもきびきびとし、セリフもはっきりとしていて
熱演でした。

橋弁慶

能「嵐山」の演目に使われる面(おもて)
金色の面は顔全体から力を放つ強さをあらわし、目は金でまばゆいばかりの
眼光の力を表しています。

嵐山は桜の時期の景色の中を中心にした演目です。

嵐山の面

仕舞は面をつけずに物語の一番いい場面を舞にしたもので「嵐山」の仕舞
をご披露頂きました。

仕舞 嵐山

「巻絹」の面

「巻絹」は和歌山県のストーリーで面は女性
顔の横に髪が6本乱れている。眉間に立皺がある。

静かな女性に神が乗り移り髪を振り乱して乱れてゆき知悉茫然となり
髪が抜けて眉間にしわを寄せ力を使い果たすというもの

巻絹の面

「鞍馬天狗」の面

大病面(おおべしめん) 天狗は人ではない 牛若丸は鞍馬で天狗に兵法を
教わった。
 
口を一文字に結んで眼は金、力強く踏ん張る姿をあらわす。

鞍馬天狗の面

海外からのお客様も能の体験を楽しまれました。

体験

基本のすり足の体験、すり足は常にかかとが床についていてつま先を
上げて前に進むというもの。

すり足

能衣装の着付け「天狗の衣装」

能の衣装の下着「胴着」は絹の綿入れの下着をつけるのだそうです。
体の補正と汗対策のためだそうです。

衣装の着付けは一人ではできないので常に演者の方々で助けあって
着付けされるそうです。

能衣装着付け1

木バネというものをつけて袴を着けるそうです。
着付けは常に2~3人くらいでされるそうです。

着付け2

着付け3

袴の紐もしっかり締めていかれます。
締め方も独特の締め方があるようです。

着付け4

狩衣を着けて

着付け5

天狗の髪の毛を着けて面を着けます。

山伏の象徴が天狗、山伏が修行を重ねて天狗になるのだそうです。

昔は長い鼻の天狗はいなかったそうです。
室町時代足利家が仏教に力を注ぎ神社に関わっている人に威圧を与えるために
赤い長い鼻の天狗が生まれたのだそうです。

着付け6

天狗の完成です。

手際よくあっという間に着付けが完成いたしました。

着付け完成

能は江戸時代から武家から一般人にも広まっていき、明治時代以降は
女性も学ぶことができるようになりました。

とても興味深く、能を学ぶことができ新たな楽しみ方を学ぶことが
発見できた素晴らしい企画でした。
23 : 32 : 16 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
秦家住宅
2013 / 06 / 15 ( Sat )
京町家 秦家のおもてなし

京都市の登録有形文化財に指定されている秦家住宅は江戸時代から続く
商家で、「奇應丸」という薬屋を営んでこられた老舗です。

建物は店舗、住居、土蔵が2つの庭で繋がっている「表屋造り形式」
なっています。

奥まで続く走りには嫁隠しがあり、お台所があり、昔からの町家造りが
今も保たれております。

表からは虫籠窓があり、格子の内側は店(商いのお部屋)になります。

上には「奇應丸」と書かれた屋根付き大きな看板が乗せられております。

湊家2

お店の内側からは外がよく見えますが、お昼は内側が暗いので外から
中を見ることはできないという工夫がこらされた格子がはめられております。

格子戸

当初からの立派な置き看板「奇應丸」と書かれたものは今もその威風を
感じさせるものがあります。

奇應丸

明治9年の薬屋さんの番付表の版木がのこされていて、それを刷り込んだ
番付表には横綱はなく大関から始まって、当時一番売り上げを上げたお店
が大関で、秦家は堂々の東の大関であったようです。
衝立に飾られておりました。

番付表

昔であったなら、とてもこんな奥まで通して頂けるのは極々大切な
お客様だけであったといわれるお座敷に今日はご案内頂きました。

お店で働いておられる方でもお座敷に上がることはできなかったと
いう位その位置関係は厳密に守られて生活がなされていた時代が
ありました。

そんなお座敷から眺めることのできるお庭です。
きれいに手入れがなされて、今日は久しぶりの雨が降り出し苔もほっと
一息というところでしょうか。

奥のお庭を挟んで蔵があり、片方にはお手洗いがあります。

庭

お庭から一段と下げられている掘つくばいやキリシタン燈籠があるところは
雨水が排水されるために作られているものだそうです。

この掘蹲があるおかげで、どんなに大雨が降ってもお庭が雨水で浸かることは
ないそうです。 よく考えられた作庭です。

庭2

そんな秦家で、町家ならではの住み心地、雰囲気、風の通り、静かさを
味わいながら一日一客のおもてなしを頂きました。

焼きナス

そろそろ茄子が店先に並んで、旬のはしりである焼き茄子です。
生姜との相性がよくこれから夏の食卓に欠かせない一品です。

お造り

鯛といかのおつくりは昆布しめになっています。
お造りのケンは茗荷や大根などシャキシャキとして、香もとても
よく美味しいものです。

くずひき

とうがんと鶏肉の葛ひきです。
優しいお出汁の味を生かした京に伝わる椀ものです。

ひろうす

手作りひろうすは中にえんどう豆やひじきなどいろいろな具材が
入っていて、素揚げでこうばしくとても美味しいでした。
万願寺とうがらしも、京野菜の代表格で肉厚のものは油ともよく
あいます。

焼き物

トマト、白身魚、パプリカ、舞茸がソテーされていて、トマトも
又変わった食べ方ができました。

ごはん

タコ、南京、瓜の煮物
ほくほくとした南京、タコは女性の好物といわれています。

じゅんさいとお豆腐のすまし汁にご飯

フルーツ

季節のフルーツの取り合わせ。


高級料亭のお料理という雰囲気ではなく、町家で味わう手作りの
香を生かした素材に、であいもの(素材の相性)をうまく組み合わせた
お料理で、そこには作り手のおもてなしの心を感じることができる
美味しいお料理を戴くことができました。

これから6月下旬には夏用に建具の入れ替えが行われるそうです。
襖や障子からすだれに、畳には藤筵がひかれます。

そして7月には前に祇園祭りの山鉾「太子山」が建てられ、愈々夏本番
を迎えます。

秦家では今でも昔からの年中行事や食まわりのことが毎月行われている
そうです。

ずっと継承されていくことは大変なことではありますが、後世に伝え、
四季の生活の在り方が伝わることは大切で素晴らしいことです。
22 : 22 : 02 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
平安神宮
2013 / 06 / 10 ( Mon )
平安神宮の花菖蒲

延歴13年(794年)に京に都がうつされ平安京と称されて後
明治28年(1895年)平安奠都1100年の記念祭のときに
桓武天皇を奉祝する神宮として創建されたのが平安神宮です。

社殿は平安京の朝堂院を模して約8分の5に縮小して建立されました。

先ず目に飛び込んでくる朱の2層の楼門は應天門です。

応天門

昭和15年には幕末から明治の基を築かれた孝明天皇を合祀され
社殿や回廊が増築され現在の姿が整えられました。

本殿は昭和51年に焼失いたしましたが、同54年に復興されました。

本殿


四神をお祀りする白虎楼から四神苑(東、中、西、南)へ入ります。

神苑は南を除いては、名作庭家七代目小川治兵衛によるもので、
国の名勝に指定されています。

白虎

西神苑の白虎池では今花菖蒲が咲いています。

約1000㎡のこの西神苑には200種の花菖蒲が約2000株も植えられて
いるといわれています。

7日は丁度一日だけ無料公開されていました。
大勢の参拝者がこの花菖蒲を愛で写真に収めておられました。

花菖蒲

空梅雨の30度を超す炎天下にもかかわらず水辺に凛と咲き誇って
います。

花菖蒲2

伊勢系、肥後系、江戸系の花菖蒲が混じって色鮮やかです。

花菖蒲3

花菖蒲4

東神苑では睡蓮がとてもきれいに咲いています。

水連

平安神宮の神苑では年中四季の花が見られ、市民の憩いの場でもあり、
修学旅行生や多くの観光客が参拝に訪れるところでもあります。

通常神苑は有料で大人600円です。
19 : 10 : 03 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
下鴨神社
2013 / 06 / 08 ( Sat )
蛍火の茶会 下鴨神社

6月8日は下鴨神社で「蛍火の茶会」が行われています。

1991年に糺の森財団が100年振りに納涼茶席を再興して以来毎年
開催されているというものです。

昔は(昭和の20年位まで)蛍は子供の夏の風物詩で、夏休みになると
日が暮れるのを待って、浴衣を着せてもらい団扇と虫籠を持って

”ほーほー 蛍来い あっちの水は苦いぞ、 こっちの水は甘いぞ”

と歌いながら遊んだ思い出がありますが、

化学肥料が使われだし、化学洗剤や排気ガスなどいろんな公害から
蛍の姿は身近なところから消えました。

が、最近また少しずつ規制が功を奏して蛍の姿を見ることができるように
なって参りました。

今日は夕刻から約400匹の蛍が御手洗川に放たれました。

中門

お茶会は橋殿と細殿で立礼と座礼の2席が設けられました。
茶席には笹の入った蛍籠が置かれ季節の挿花でもてなされていました。

茶会

又神福殿では午後7時20分からと午後8時20分からの2回下鴨神社の神職
による小袿姿の舞、十二単姿の舞、や琴の演奏が行われました。

小袿姿の舞

神福殿での舞はやはり雅な雰囲気が漂い、中国からの観光客や韓国からの
観光客、ヨーロッパ等の観光客も沢山見学にこられていました。

十二単姿の舞2


十二単姿の舞

日本の伝統芸能、音楽は神社仏閣では一際雅さが増します。

琴の演奏

午後8時頃に蛍が放たれる会場へは大勢の人が詰めかけ、蛍も
びっくりです。

それでも気をよくして、清流のほとりでほのかな青白い光をみせて
くれました。

残念ながら写真に収めることはできませんでした。

ホタル観賞

午後1時からは「納涼市」も開催されていて、午後8時頃は人出も
ピークに達し、大賑わいでした。

出店2


出店

今世界文化遺産である下鴨神社の糺の森の樹木もだんだん弱ってきて、
これを保護するため糺の森財団が設立され、今日の催し等が行われ多くの
方の財団加入を募集されています。

年間2,000円の会費で賄われ、会員には今日のお茶会へのご招待や
下鴨神社で催されるいろいろな催しのご案内をして頂くことができます。

一人でも多くの方がこの糺の森を守り育てて下さることができると
いいですね。
22 : 03 : 35 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
野村別邸 碧雲荘
2013 / 06 / 07 ( Fri )
野村別邸 碧雲荘の花菖蒲

国指定重要文化財に指定されている野村別邸「碧雲荘」は南禅寺
下河原にあります。

大正期の財閥野村徳七氏の別邸で野村徳七は昭和3年の完成までに
十数年の歳月をかけてこの碧雲荘づくりに取り組んだといわれております。

庭園は明治期からの作庭家として有名な七代目小川冶兵衛氏の作庭。

野村徳七は茶の湯の世界に魅せられ、茶号を取得、また絵画、陶磁器
能楽にも傾倒し、日本文化の集大成として園遊会と茶会を統合する
という壮大なテーマのもとにこの碧雲荘造りに取組み素晴らしいこの
別邸ができたといわれております。

通常は非公開となっております。

門前

その碧雲荘西の長屋門の前の外濠に今花菖蒲が満開を迎えております。

花菖蒲はアヤメ科に属し、江戸時代以降育種が盛んに行われました。

伊勢系…江戸時代後期に三重県・松阪地方で独自に改良された系統
     背丈は低く花弁が縮緬じわになって深く垂れ優雅な花だ
     そうです。 白、桃色、紫の花が咲きます。

江戸系…江戸を中心に改良された品種 高さは60~130cmと背丈が高く
     水田などに植えられ色彩、花形とも変化に富むとされています。
     藍、紫紅、紫青、白、絞の花がさきます。

肥後系…肥後(熊本県)で改良された品種、高さは80~120cm
     もともとは座敷で鑑賞されていて個々の花姿を楽しむために
     改良されたもので花弁が多く重なり合い下垂れしているのが特徴
     花色は単色で鮮明

などの系統があります。

花菖蒲3

碧雲荘の花菖蒲は色がとても鮮やかで、花弁も大きく活き活きと
しています。

花菖蒲1

伊勢系、江戸系、肥後系のどれも見事に咲き誇っています。

花菖蒲2


花菖蒲8


花菖蒲5


花菖蒲7

白川通から少し奥に入っているため、人混みもなく、静かな佇まいの中で
素晴らしい梅雨期の菖蒲をめでることができる南禅寺の別荘群です。
22 : 28 : 13 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
新たな 京都観光案内所
2013 / 06 / 02 ( Sun )
新たな京都観光案内所 京極一番街

京都のお土産№1は、餡入りの八つ橋といわれております。

その八つ橋のお菓子を製造販売されている、井筒八つ橋本舗さんが、
今般御幸町通錦下るに新たに観光案内書を併設した店舗「京極一番街」
を本日オープンされました。

店舗

この京極一番街は御幸町通から寺町通まで突き抜けることができる通路
となっていて、その両側には京都らしいお土産物や小物、陶器、食品などが
販売されている商店街になっています。

寺町側

井筒八つ橋本舗は文化二年(1805年)創業で200年の歴史を誇る老舗です。

井筒八つ橋の「八つ橋」の始まりは「もったいない」からと言われています。

筝曲八橋流の創始者八橋検校(1614年~1685年)は日頃お世話になっている
茶店の主人が、井筒で飯びつや桶を洗っているのに気づき、残った米を捨てる
のはもったいないと諭しました。
そしてその残り米に蜜と桂皮末を加え、堅焼き煎餅を作ることを教えました。
その後、検校が教えた堅焼き煎餅を「琴のかたち」に仕上げ売り出されたのが
「八つ橋」のはじまりとされているそうです。

八ツ橋のはじまり

八橋検校

このようにして京の名物菓子となった八つ橋は堅焼きだけではなく、生のものや
中に餡をいれたもの、と次々と新たな試みがなされお土産品として人気を得て
おります。

その井筒八つ橋さんが新たに京都の観光案内所を併設したサロンを
オープンされ、そのサロンには、京都検定を取得した人や、京都をこよなく
愛する人が常駐して、京都についての観光案内を6月中旬ころから開始
されます。

京都の町中にはこのように観光案内所が殆どなく、観光都市としては残念
でしたが、ちょっと一休みしながら、また道先案内必要とした時にこれを機会に
多くの方が利用されるようになることを期待しております。

サロン

サロンにはいろんなパンフレットも常設されています。

パンフレット

観光ガイドブックも取り揃えておられます。

ガイド本

一番街では京のお土産や、おしゃれな小物類などの販売もなされています。

お土産

2階では八つ橋体験ができます。
自分の手作りの八つ橋をお土産にできるとあって、修学旅行生に人気があります。
オープンの今日も早速東京の中学生が体験に訪れていました。

45分間で料金は800円です。

八ツ橋体験

又2階にはカフェもあり、錦のお買いものでの休憩所にも丁度いい場所に
なります。

カフェ

京の老舗もどんどん新たな改革がなされ、その暖簾を次の世代へ引き継ぐため
の努力がなされております。
素晴らしいことです。
00 : 34 : 34 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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