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スイスの旅
2013 / 07 / 31 ( Wed )
スイスの旅 №2


スイスの旅3日目は夏の期間だけ通行することができるスイスの
絶景ルートの峠を越えてアンデルマットへのドライブです。

朝は8時30分出発
バスにてブリエンツの町から車窓に移りゆく町の様子を眺めながら
クネクネとヘアピンカーブを曲がり山を越えていきます。

この期間は放牧されている牛の群れを見ることもできます。
農家の方は今は牧草の刈入れで大忙しです。
牧草をかって、袋につめたり、丸めたりして、それを発酵させ冬の
牛の飼料といたします。

2車窓の景色

高山植物も今は花盛りです。
このこそう、のこぎりそう、ふうろうそう、きんぽうげ等々

2高山植物

グリムゼル峠を越えていきます。
この辺りは冬は雪で閉ざされてしまうため発展が取り残された町
です。スイスは郵政事業が発展しているので、郵便配達のバスは
人をも運びます。郵政事業のバスはラッパのマークがついているので
目安にされています。

2峠越え

夏の期間はこの峠越えをバイクでツーリングする愛好家も多いです。
バスを追い越していきます。

道路標示

フルカ峠の三ツ星ホテルです。
高級リゾートホテルでとてもきれいです。ドライブをしてここで宿泊
したり、途中休憩したり、ゆったりと短い夏を楽しみます。

2フルカ峠

フルカ峠の近くにはローヌ氷河から氷舌をながめることができます。
この氷河も近年地球温暖化でどんどん少なくなってきているようです。
あと何十年もすれば氷河はもっと少なく消えているかもしれません。

2氷河2

この氷河の水はフルカ峠からローヌ川へそしてフランスへ流れていきます。
またツーマ湖からドイツへそしてライン川から黒海へと流れていきます。

2氷河


氷河の洞窟です。この中で洞窟の安全と保護のため何人もの人が働いて
おられます。
大きな大きな布が被せてあり、この洞窟へ入っていきます。

2氷河洞窟

中は青白く氷河のトンネルのようになっています。
氷河は大気中の酸素やいろんなものを含んでいるので青くみえます。

非常に神秘的な感じがいたします。

2氷河洞窟2

アンデルマットから氷河特急にてツェルマットへ行きます。

ここはレストランで夜のショーを見ながらお食事を戴き、カジノも楽しむ
ことができます。

2レストラン

民族音楽でホルンの演奏やダンスを見ながらのお食事です。
ハイジーの世界です。なぜか日本人が殆どでした。

2民族音楽
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23 : 22 : 19 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
スイスの旅
2013 / 07 / 30 ( Tue )
スイスの旅(№1)

スイスの旅は長年一度は訪れてみたいと念願していた旅でこの度漸く叶いました。
近畿日本ツーリストのホリデイツアーズに参加して7月10日~17日の予定で
旅してまいりました。

スイスはヨーロッパの中央部に位置し九州よりもやや小さい面積で23の州
と3の準州からなります。
人口は現在805万人で主に観光の国といわれております。

17世紀後半スイスは神聖ローマ帝国から独立、1848年にスイス連邦が誕生。

地形的にはイタリア、フランス、ドイツ、オーストリアと国境を接し、
言語もフランス語、イタリア語、ドイツ語、スイス語、ロマンシュ語と
複雑に入り混じっております。

貨幣はフラン 1フランは約111円から114円位になります。
時差は日本より7時間遅れとなります。
今はサマータイムが取り入れられて1時間早くなります。

関西空港からチューリッヒまでチャーター便(直行便)で12時間です。

到着翌日は朝7時30分起床で世界遺産のユングフラウヨッホと
アイガー(逆さアイガー)ハイキングの予定です。

スイスは100以上の湖があり、インターラーケンは日本の大津市と
姉妹都市を結んでいます。

スイスの鉄道では改札口はありません。事前にチケットを買って
乗ります。車内で車掌さんがチケットの確認にきます。
たまに短い期間では車掌さんが来られないときもありますが、
もしチケットを持たないで乗っているとそのペナルティーは厳しい
ものがあり、決してただ乗りをする人はないそうです。

インターラーケン 西駅

電車の車両には自転車を持ち込んで乗ることができる車両もあります。
電車は2階建ての列車がまいります。

列車

スイスは山岳地で鉄道が大変発達しています。
線路は山岳地で山を登っていきますのではめ込みの線路が別に組まれて
いるのでしっかりと山の斜面を登っていきます。

山岳鉄道線路

チケットもカラフルできれいな大きなカード形式になっています。

チケット

登山鉄道でラウターブルンネン、クライネシャイデック経由
ユングフラッグヨッホへと向かいます。

途中車窓からは氷河から流れ出る幾筋もの滝を眺めることができます。
町並みも北欧の急斜面の赤い屋根が絵葉書のようです。

滝

ユングフラウヨッホの山頂ではアレッチ氷河を眺めることが
できます。

空の色が違う、山々の峰が鋭い、氷河が覆う
ここはまさにスイスの国です。絵葉書でしか見たことのない景色が
広がります。まるで夢のようです。素晴らしい!!!

アレッチ氷河

スフィンクス展望台では360度山を映したパノラマの映像を眺める
ことができます。 中はお伽の国のようです。

氷の宮殿

氷の彫刻もあちこちで見かけることができます。

氷の彫刻

富士山よりも高い3970mのアイガーが目の前に見えます。
この山を初登山した人の記念の名前が掘られた石がクライネシャイデック
の近くの湖面におかれています。

この湖面から逆さアイガーを見ることができるのですが、今回は
午後でもあり湖面に波が立っていて見ることはできませんでした。

アイガー2

登山記念碑

日本の作家「新田次郎」の墓碑がクライネシャイデック駅の裏手の丘にあります。

新田次郎はその代表作『八甲田山』でも有名な山岳を題材とした作品を
多く残した作家でありました。

新田次郎の没後、何度も訪れていたこの地に故人の思いを受け、世界的に有名な
登山鉄道でアイガー、メンヒ、ユングフラウの三名山を見渡すこの丘に、夫人の
手で遺品が埋められ後に墓碑がつくられました。

いまも花に囲まれきれいに残されています。

新田次郎の碑
21 : 05 : 11 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
元稲荷古墳
2013 / 07 / 08 ( Mon )
西向日編 最終 元稲荷古墳

西向日の辺りを巡って今回の締めくくりは元稲荷古墳です。

向日神社の裏手に元稲荷古墳があります。

この古墳は向日丘陵先端部の尾根上に築かれた古墳時代前期
(4世紀初頭)の前方後方墳で、乙訓地域では最も古い古墳
と考えられているようです。

元稲荷古墳標識

葺石には扁平なタイル状のものが貼られてあり、後方部の中央に
竪穴式石室があり、鉄製武器や鉄製工具、土師器の壺が出土した
部分があったようですが、ほとんどは盗掘されていたようで、

昭和35年、45年に京都大学により発掘調査が行われその規模が
明らかになりました。

またこの土師器の壺は円筒埴輪と壺形埴輪のセットで、弥生時代
の墓に供えた土器を模して作られた古い形の埴輪であることも
分かり、この元稲荷古墳は墳形(古墳の形)や葺石の状態、出土
した埴輪、土器などから近畿地方における他の前期古墳の中でも
きわめて特異な古い様相を示す重要な古墳であると考えらています。

古墳測量図

元稲荷古墳1


元稲荷古墳2

この他に向日丘陵に築かれた前期の古墳には五塚原古墳、寺戸大塚古墳
がありますが、すべて全長が94mと同じ大きさを示しこの時代の古墳
を築くのに何らかの約束事があったものと考えられております。

ずいぶん大きな古墳であったようです。
15 : 31 : 18 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
向日神社
2013 / 07 / 03 ( Wed )
向日神社

向日町に鎮座する向日神社は古くは延喜式神明帳に記載される式内社
山城国乙訓郡「向神社」と称されました。

創建は養老2年(718年)、六人部氏が当地を賜ったことにより始まる
と伝えられております。

ご祭神は向日神、火雷神(ほのいかずち)、玉依姫命、神武天皇を
お祀りされています。

もともと向日神を祀る上社と火雷神を祀る下社がありましたが、中世初期
に下社が荒廃し、上社に合祀されたと伝えられております。

上社は五穀豊穣を、下社は祈雨・鎮火の神として朝廷の信仰を集めていたと
古書に多く記載されているようです。

六人部(むとべ)家は古代以来向日神社の神官として連綿たる由緒ある家で
あるといわれております。

向日神社石柱

鳥居から参道が長く続き、桜並木が今は新緑でとても綺麗です。

江戸時代後期には乙訓の桜の名所の一つにもなったといわれる桜並木
で文政5年(1822年)神官の六人部是香氏が参道の両側に桜を植樹し
桜の名所となったようです。

向日神社鳥居

向日神社扁額

参道脇には「さざれ石」が置かれています。
君が代の歌にうたわれている「さざれ石」は下鴨神社にも置かれています。

向日神社 さざれ石

現在の本殿は応永25年(1418年)の建立されたもので、覆屋、透塀に
囲まれ幣殿と拝殿を連結して権現造りのような作りで、三間社流造の
檜皮葺は重要文化財に指定されています。

向日神社本殿

また、明治神宮本殿造営の際にはこの向日神社をモデルにされたと
いわれております。

拝殿内部も重厚で神聖なる場を感じさせられます。

向日神社本殿内部

拝殿内部の板戸には四季の花鳥が描かれています。

向日神社 板戸1

向日神社板戸3

向日神社板戸2

向日神社板戸4

舞殿は近年㈱安井杢工務店によって再建されました。
小組折上げ格天井は非常に細かく緻密な技術が施されております。
安井杢工務店さんは京都迎賓館の建築にもかかわっておられ、現代数寄屋
造りの由緒ある工務店さんです。

向日神社舞殿

向日神社に伝わる四百年あまりの歴史を持つ祭礼に「年頭祭」「索餅祭」
があります。
その昔、下克上のころ農民たちが諸豪族に土地を奪われないように
田地を神社に奉納し難を逃れました。

その後世情が落ち着いてきて、施入していた田地をまた戻してもらい
神に感謝するためそれぞれ組織を作りました。これが「座」の始まりで
あり、その座の行う祭りが「年頭祭」「索餅祭」であり、連綿と受け
継がれてきているようです。
その組織はすごい力と結束をもっていたようです。
18 : 54 : 53 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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