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冬至 かぼちゃ
2013 / 12 / 23 ( Mon )
冬至のかぼちゃ供養 矢田寺

12月22日は冬至の日にあたります。
一年で太陽の位置がもっとも低くなる日、つまり一年で一番日中が短く
なる日です。

夏至の日暮れからみれば2時間はゆうに短くなります。

寒さとともに冬至のころは家路を急ぎたくなる心地がいたします。

冬至には京の都では「ん」のつくものを七品食べると運が向くといわれて
きました。

人は「運」「根」「鈍」の三拍子そろって初めて出世するということから
その「ん」にあやかって「ん」のつくもの七品を食べると運が向くという
ことです。

きんかん、なんきん、ぎんなん、にんじん、うんどん(うどん)、
れんこん、かんてん、

特になんきん(かぼちゃ)はビタミンやカロチンが豊富で風邪予防
や中風予防に効果があり保存がきくことからことから、この冬至の日
にかぼちゃを戴く風習が生まれてきました。

先人の生活の知恵です。 食に医薬ありです。

今日23日は寺町三条の矢田寺でかぼちゃ供養が行われました。

矢田寺

矢田寺は浄土宗のお寺で、もとは綾小路新町西入るにありましたが、
豊臣秀吉の都市計画により寺町通に移されました。

ご本尊の地蔵菩薩は開山の満慶和尚が地獄で出会った地蔵の姿を
彫らせたものといわれ、代授苦地蔵とよばれ、地獄で人々を救って
下さるお地蔵様として多くの信仰を集めています。

お盆には六波羅蜜寺の「お迎え鐘」にたいして、矢田寺では
8月16日にはお精霊さんを送る「送り鐘」として多くの
人々が鐘をつきにお詣りされます。

その矢田寺では毎年冬至の日の近く23日に「かぼちゃ供養」が
午前10時から行われています。

朝はやくから寺町通には長蛇の列ができます。

かぼちゃ供養

今年もみごとなかぼちゃが奉納されていました。

お供えかぼちゃ

朝早くから準備されたかぼちゃが参拝者に振る舞われています。
お志で振る舞われるかぼちゃは午前中でなくなります。

かぼちゃ供養3

老いも若きも、冬至の日にはかぼちゃを頂いて、この冬も元気で
風邪をひかないように、中風に罹らないようにと祈願して戴きます。

ほくほくした、熱々のかぼちゃはまことに美味です。

かぼちゃ供養2

今日参拝できなかった人のためにはお土産用も準備されていました。

かぼちゃ

これでこの冬も元気に乗り切っていけることと思われます。
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19 : 26 : 42 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
和食 
2013 / 12 / 19 ( Thu )
ユネスコ無形文化遺産登録 和食

平成25年12月4日に和食がユネスコ無形文化遺産に正式に登録
されました。

食の無形文化遺産登録は世界各国の伝統や慣習に育まれた食文化
を保護し、次世代へと伝えていくのが目的とされています。

過去には2010年に地中海料理、フランス美食術、メキシコ料理、
トルコのケシケキなどが登録されています。

日本には四季がはっきりとしており、古来から伝統行事に密接に
関わってまいりました。

神様へのお供え、祭りの料理、人生の通過儀礼に伴う料理など
生活に密着した料理がなされてまいりました。

和食とりわけ京料理の体系は公家を中心とした大饗料理、武士を中心
とした本膳料理、茶道とともに発展した懐石料理、そしておばんざい
があります。

これらの料理が混在しながら、器との調和、四季折々の食材は季節感を
表し、繊細な美が表現されてまいりました。

近年この和食が世界でヘルシーな料理として徴用されるようになったことで
ともすれば本来の和食でないものが和食として通ることに危険信号が発せ
られ、今回のユネスコ無形文化遺産に登録されたことで、今一度和食の
本質、特色を世界に示すいい機会に恵まれたと思われます。

私たちの誇りとして、日々の食文化を大切に次世代へとつなげていくことを
心がけたいと思います。

京料理に携わる京料理組合の展示会が毎年12月の初旬に岡崎のみやこめっせで
開催されています。

今年は特に記念の展示会で72店の出品された作品がその美を競いました。

武家社会を中心とした本膳料理の再現がなされていました。

本膳料理の最も形式の整ったのはは七・五・三膳と称され、それは
お膳の数又は採の数が夫々七・五・三に合わせて並ぶ豪華な料理であります。

本膳料理1

本膳料理2

公家を中心とした大饗料理には中宮や東宮が行う「二宮大饗」と
大臣家が行う「大臣大饗」の2種類の大饗料理がありました。

これら平安時代の大饗料理や室町時代の本膳料理が融合しあって、
式典の料理として有職料理が生まれてきました。

京都では萬亀楼さんと西陣魚新さんが継承されています。

そして包丁家が現われ、式包丁という見せる料理の包丁さばきが
行われるようになりました。

現在も継承され、毎年京料理展示会でも披露されています。

有職料理


有職料理2

一方京の町家では毎月決まった日に食べるおばんざいとして
15日にはあずのごはんにいもぼうというのがあります。

生活の知恵で、栄養のバランスを考え、忙しいお店(おたな)では
献立を決めておくことは効率よくきりもりができるということです。

いもぼう

和食、とりわけ京料理は器の美が料理人の技量を高める糧ともなって
おります。

織部の豪華な器に合う料理、盛り付けなど様々な工夫が凝らされます。

一椀のなかには一服の絵があるといわれます。

織部

子供たちに日常の中から年中行事、四季の営み、地域や家族の絆を深める
食生活をこの機会にもう一度見直していきたいものです。


00 : 50 : 50 | 京料理 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
はし長
2013 / 12 / 10 ( Tue )
京料理 はし長

このたび、日本料理が世界無形文化遺産に指定されることになりました。
とりわけ京料理がその位置づけを大きくしたことは快挙であります。

目で味わって、味覚で味わって、五感で味わう京料理は本当に美しく、
美味しく、満足を与えてくれます。

これからは、よりプライドを持って最近報道を賑わしている誤表示の
食材、調理のないように心していきたいものです。

美味しいものを頂くとき、会話がはずみ幸せな気持ちにしてくれる
至福のひとときは最高な時間です。

今回は「はし長」のお料理をご紹介いたします。

はし長は京の真ん中、東洞院蛸薬師を東へすぐのところにあります。
ビルの1階で、こじんまりとした割烹のお店です。

瀬戸内の新鮮なお魚と大原の地場野菜を使ったこだわりのお料理です。

看板 店舗

前菜は松前づけ、、だし巻き、ごぼう、とまと等が
盛合されています。

ごぼうはお味がしっかりと染み込んでカリカリと歯ごたえもよく
山椒の香りととてもよく合います。
トマトも味付けされていてとても美味しくいただきました。

前菜

九条ねぎの真薯の椀ものです。
お出汁の味がやさしく、ほのかに香たつかいわれと上品なお味です

椀物

鯛のとろろポンズ和え
鯛のお刺身にとろろが乗せられていて、ポンズ味で戴きます。
よくかき混ぜて頂くととろろが鯛にからみついて、”つるん”とした
口当たりで食べやすいです。

鯛のとろろポンズ

銀タラの塩焼き
焼き加減がよく、魚好きのひとにとってはきれいに骨だけを残して
食べ切れる一品です。
下に尾っぽのところが素揚げになっていて、ふわふわと柔らかくて
美味し一品でした。

銀タラ

わかさぎのから揚げ
南蛮風味でさっぱりとしたお味でした。

わかさぎ

むかごの実の花蒸し

むかごの実が沢山入っていて、冬には熱々で体が温まります。
わさびが一層香りと味をひきたててくれます。

蒸し物

ちりめん山椒をご飯にまぶして、あっさり漬けでお茶漬けにもよし、
そのままもよし、赤だしで満腹、万福です。

ごはん

デザートはほうじ茶のゼリーに苺、ミルクです。

ほうじ茶の香りがして甘すぎず食後にやさしいお味です。

デザート

どのお料理も旬の素材を生かして、味付けもやさしく、自然の味をだした
美味しいお料理でした。

お手軽に京料理を楽しむ隠れた割烹のお店です。
事前予約で075-212-3303です。
21 : 52 : 40 | 京料理 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
湖東三山 西明寺
2013 / 12 / 09 ( Mon )
湖東三山 西明寺

湖東三山と呼ばれる西明寺は滋賀県犬上郡(鈴鹿山脈の西山腹)
にあります。

天台宗で山号は龍応山と号します。 ご本尊は薬師如来
平安時代承和元年(834年)に三修上人が仁明天皇の勅願により
開創されたと伝えられております。

平安時代から鎌倉、室町時代には山内に17の諸堂や300の僧坊が
あったといわれる位大きな権勢を誇っていました。

だがこちらもやはり織田信長の焼き討ちに遭いましたが、幸いにも
寺僧の機智により山門近くの坊舎を激しく燃やし、全山焼失のように見せかけ
山奥にある本堂、三重塔、二天門は焼失を免れ現存したと伝えられております。

江戸時代に徳川家の庇護を受け、天海大僧正や公海大僧正などの尽力で祈願、
修行道場として復興され現在に至ります。

山門

本堂は純和様建築で国宝に指定されています。
屋根は檜皮葺、釘は使わない貫方式で、蟇股や堂内の格子模様などは
鎌倉初期の建立がうかがわれます。

本堂

紅葉2

鐘楼脇の紅葉は真っ赤に紅葉し、一際鮮やかに輝いています。
こちらもやはり湖東の紅葉の名所でもあります。

鐘楼2

三重塔はやはり国宝に指定されています。
鎌倉時代後期の建立とされ、屋根は檜皮葺の総檜でできています。

高さは23.7mあり、初層内部には堂内一面に法華経の図解や大日如来
の脇仏32菩薩、宝相華が描かれています。
鎌倉時代の壁画としては国内唯一といわれているそうです。


三重の塔

国の名勝庭園に指定されている蓬莱庭庭園1

この蓬莱庭は薬師如来、日光、月光菩薩の三尊仏を表す石組が置かれて
いて、その中心の池は心字池となっています。
心字池は鶴島と亀島を表した池となっています。

庭園2

庭園3

そのほか西明寺には重要文化財のご本尊「薬師如来」「釈迦如来」「不動明王」
「二天王」など平安時代から鎌倉時代の多くの文化財があります。

来年4月~6月の間この地域湖東三山のスマートインターチェンジ開通記念として
湖東三山の百済寺、金剛輪寺、西明寺の三ケ寺で秘仏のご本尊が御開帳される
ことになっております。

三ケ寺同時にご本尊が御開帳されるのは珍しいことなので、是非この時期に
訪れてみたいものです。
10 : 45 : 09 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
湖東三山 金剛輪寺
2013 / 12 / 06 ( Fri )
湖東三山 金剛輪寺

湖東三山のひとつ「金剛輪寺」は聖武天皇の祈祷寺として行基が天平13年
(741年)に開山されたお寺です。

山号を松寿山と号し、天台宗の古刹として有名です。
ご本尊は聖観世音菩薩で行基の作と言われており秘仏とされています。

このご本尊は行基が一刀三礼拝みながら彫刀を進めるとやがて木肌から
血が流れおちました。そこで行基は彫刀をやめ粗彫りのまま安置された
として、後に「生身の観音さま」と呼ばれ信仰を集めています。

寿永2年(1183年)源義経が木曽義仲を追悼するため、近江に来て
金剛輪寺に十数日参籠し、武運必勝を祈願して、太刀を寄進したと
伝えられております。

天正元年(1573年)には百済寺が鯰江城を後援したとして金剛輪寺も
同罪として織田信長の焼き討ちに遭いましたが、当山僧侶の奇知により
本堂をはじめ中心堂宇は焼失を免れたといわれております。

明和(1768年)の頃は明寿院他12坊、末寺2ケ寺あり、僧侶50人余り
が仏法を学び農業を営んでいたという盛況振りでしたが、

明治維新によって境内山林すべて上地となり、山内僧侶すべて帰俗
し、本坊明寿院一坊となってしまいました。

がその後も観音信者の援助により諸堂の復興を果たし湖東三山の雄として
その名を留めております。

本堂は入母屋造りの檜皮葺で和様仏堂とされ鎌倉期の建造物の代表として
国宝に指定されています。

大披閣 本堂

金剛輪寺の紅葉は血染めの紅葉と言われるくらい本堂脇の紅葉が真っ赤に
色づきます。

紅葉2


紅葉3

荒廃していた三重塔は昭和53年にその修復を終え高台にそびえております

三重の塔

茶室水雲閣は江戸時代末期の茶室と伝えられております。

茶室からは池泉回遊式の庭園を眺めることができます。

茶室

庭園は桃山時代、江戸時代初期、中期の三庭からなり、池泉回遊式で
国の名勝庭園に指定されています。

作者は不詳といわれております。

名勝庭園

庭園2

一際大きなどうだん躑躅には見事で雪つりが施されていました。

どうだんつつじ
20 : 44 : 23 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
湖東三山 百済寺
2013 / 12 / 02 ( Mon )
湖東三山 百済寺

湖東三山の古刹「百済寺」は近江最古級の古刹といわれております。

鈴鹿山脈の西山腹に位置し、聖徳太子の御願により百済人のために
建立されたともいわれております。
ご本尊は聖徳太子自作の「植木の観音」であったと伝えられています。

平安時代には天台宗の寺院として規模も大きく「湖東の比叡山」と
称されるほどであったとか。

その後火災で焼失したり、織田信長の焼き討ちに遭い全焼してしまいました。

寛永14年には井伊直孝や土井利勝、酒井忠勝、春日局などの喜捨を得て
慶安3年本堂、仁王門、山門などが竣工し、現在に至るそうです。

130段ほどある石段を上がり終えたところに仁王門が建っています。

山門

仁王門には大きな草鞋が両側に掲げられています。
この草鞋は二王さまが日中の仕事を終え夜間は草履を仁王門脇に脱いで
立ちながら休まれます。

その草履で昔は二王像の大きさに応じて50m位でしたが、江戸時代中頃
から仁王門を通過する参拝客が健脚、長寿の「願」をかけるようになり
草履がどんどん大きくなって今では3m程にもなりました。

地元のお年寄りの方々が約10年毎に新調されるそうです。

草鞋には1円硬貨がたくさん挟まれ「願」掛けの人々の多いことが伺われます。

わらじ

二王さまはお寺を守る守護神で「金剛」と「力士」の2像となります。

金剛は「阿形」、力士は「吽形」、勇猛で剛健とくに健脚で発祥は
印度からといわれております。

二王2 二王

本堂は入り母屋造り、檜皮葺江戸時代初期慶安3年(1650年)の再興
2004年に重要文化財に指定されています。


本堂1


境内、庭園の紅葉はまだまだ綺麗に青空に映えています。

小高い枝で日当たりのいい枝は色とりどりの紅葉が見られます。

かっては五重塔が建っていたそうです。

紅葉

本堂から鐘楼を眺める景色も黄葉が最後の色づきを表しています。

鐘楼
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