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小川家住宅
2014 / 09 / 26 ( Fri )
小川家住宅

小川家住宅は二条城の南、大宮通御池下ルにあります。
もとは大和の国(現在の奈良県)吉野郡小川郷の出身で、春日神社の
神官を務めていたと伝えられております。
その関係もあり、邸内に春日社をお祀りし、「春日の間」も設けられております。

     門


中興の祖である小川土佐守は豊臣秀吉に仕え、賤ケ岳の合戦では数々の
武功を残しているそうです。

一方茶道にもすぐれ、秀吉の醍醐の花見では三番茶屋を建てるなど秀吉
からも注目を集めていたそうです。

手水鉢


秀吉の死後徳川方に組しましたが、そのまま今治城にとどまりました。
数年後その禄高を全て奪われ、江州(滋賀県)高島郡の淨立寺に出家をし、
隠遁の生活を送っていたそうです。

土佐守の長男で千橘のときに京都で居を構え、米・両替商を商うように
なりました。

看板

七代目からは木薬屋も兼業するよになりました。

扁額


江戸時代諸大名が参勤交代などで街道往来の途中宿泊した旅館を
「本陣」とよびました。
小川家は参勤交代や、公事改めなどで往来を行きかう大名の宿泊所
としてもその役割を担ってまいりました。
昭和19年には国宝に指定され「二條陣屋」と命名されました。
昭和25年には文化財保護法によって重要文化財に指定されました。

大広間


二條陣屋の特徴は数寄屋建築で書院造の様式が取り入れられ、
防火建築、陣屋風建築(防犯、防火の配慮)の3点があげられます。

虫子窓

建物内には大小20余りの部屋にわかれ、武者隠し、釣り階段、落とし階段
や軒先には濡れ筵を掛けるための釘、虫籠窓には引出戸が隠れていたり
さまざまな工夫が凝らされています。
まるで忍者屋敷を思わせるカラクリが沢山見られます。

犬矢来

玄関脇には犬矢来もみられます。

特に二條陣屋では比較的禄高の低い大名家が宿泊をされていたようです。
石見浜田   六万千石 松平右近将監
信濃岩村田 一万五千石 内藤志眞守
和泉伯太   一万三千石 渡辺丹後守
美濃大垣新田   一万石 戸田淡路守
その他の大名の御用達とされていたようです。

近年建物も痛みもあり修復が完了してまた公開されるようになりました。

二條陣屋へは事前予約が必要です。
 
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