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県神社
2015 / 06 / 08 ( Mon )
暗闇の奇祭 県祭り

宇治にある県神社は「あがたさん」と呼ばれその歴史は数千年を有する
とも言われております。

「あがた」は皇室直轄の地で近畿地方には多く散在していた古代氏族制度
の行政単位の一つであったと伝えられております。
宇治川両岸に広がる地域を宇県、宇治県と称していた時代にその「あがた」
の地主神として県神社が奉祀されたものと考えられるそうです。

また永承7年(1052)藤原頼道が平等院を建立する時、鎮守社
(鬼門除け)となったとも伝えられております。

ご祭神は木乃花開耶姫命。

扁額

境内正面鳥居の左絵馬堂北にある井戸は「県井」といって平安時代以来の
歌枕にしばしば詠まれています。

  都人 きても折らなむ蛙なく  あがたの井戸の山吹の花
         (後撰和歌集)  橘 公 平 女

県井戸

この県神社では 毎年6月の5日深夜から6日未明にかけて
「暗闇の奇祭 県祭」 というお祭りが行われております。

昔から県の月参講というものが組織され、江戸時代より盛んにこの講が
中心となって梵天渡御が行われてきたそうです。

近年ではこの講が少なくなり、2~3の講だけとなったそうです。

又宇治の茶摘みに河内や姫路、枚方、堺などからこの講の人たちが
お手伝いにきて、無事茶摘みが終了した祝いにこの県祭りが行われた
とも伝えられているようです。

梵天

梵天は奉書祇1600枚を束ねた長さ3m、八尺八節の竹に付けられ
重さは60kgもあるそうです。

この梵天に県神社本殿で暗闇の中で、神霊移しの儀を行い、御旅所
に渡御するというもので、梵天は悪魔退散の働きをあらわすものと言われて
おります。

 県祭儀式のクライマックスは
  5日 午後11時30分   奉幣の儀
     午前0時       渡御の儀
  6日 午前1時       還幸祭


午後11時30分県神社では真っ暗闇の中で神霊移しの儀が行われます。
静まり返った境内の奥で「ほ~~」とかすかに聞こえてくる声
厳かな儀式が行われます。

又御旅所では奉賛会の方々による梵天と獅子の渡御が御旅所~
宇治橋~御旅所へと渡御いたします。

御旅所

この梵天には人が一人乗り込んでいます。
そして要所要所で、この梵天の「ゆらし」と「ぶん廻し」というのが行われます。

これはまさに荒事、中の人はろっ骨を折るというアクシデントも起こるくらい
大変なことです。

ゆらしは前後、左右にこの梵天の台毎烈しくひっくり返します。
中の人はしっかりつかまっていないと振り落とされてしまします。

ゆらし2

今日は生憎の雨でしたので獅子が一基だけしか渡御しませんでした。
が、獅子も同じく、ゆらし、 ぶん廻しが行われます。

獅子の渡御

ぶん廻しは梵天の台毎全速力で回転させます。
中には回している人が弾き飛ばされています。

ぶん廻し

非常に危険なお祭りです。

神社のぶん廻し

ゆらし、ぶん廻しによって悪霊が退散すると、やがて6日の午前1時に梵天は
また本殿へと帰っていきます。

この時、神社の境内では暗闇にして神事が行われます。

還幸祭

梵天が無事本殿に還りますと、無事終了のご報告が行われます。

そして梵天の御幣が参拝者の方々に配られます。

これは悪霊退散、家内安全、安産の護符となります。

還幸祭2

昔はもっと渡御の時は信号も町の灯りも全て消して渡御が行われたようですが
近年は危険でもあり、また住宅構造(マンション化)も変わり渡御は明るい中で
行われております。

また、渡御に関してはいろいろな事情により奉賛会と神社の2つで近年行われて
おります。
17 : 10 : 37 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
西尾八ッ橋別邸
2015 / 06 / 01 ( Mon )
西尾八ッ橋別邸

京の東山区、熊野神社の辺りには、西尾八ッ橋と聖護院八ッ橋のお店
が対面してあります。

聖護院のすぐ隣に西尾八ッ橋別邸というお屋敷があります。

玄関

この建物は大正8年に河原林樫一郎氏により建てられたものだそうです。

玄関まで

河原林樫一郎氏は同支社大学、早稲田専修学校、ベルリン大学で学んだ後、
三井物産、東洋レーヨンなどの要職を歴任だれた財界人であった方です。

建物には国産の母材が使われ襖の取っ手や釘隠しなど随所に装飾が凝ら
されています。

建物はその後、東芝産業に売却され、主に役員専用の保養所として利用
されてきたようです。


入口

これを西尾八ッ橋さんが購入され、平成25年から全面改修、復元されました。
その改修工事の際、床下より6本もの白蛇の抜け殻が見つかったと展示
されています。

建物の由緒

平成24年「京都市民が京都の財産として残したい京都を彩る建物や庭園」
に指定されました。

そしてこの静かな佇まいの中でお食事やお茶を楽しめるお店として
平成25年に開業されました。

帳場

庭園には「杜若の池」があり尾形光琳の「燕子花」図を思わせる風情で
椋の木は樹齢150年ほどで、この建物の建築以前から自生していたものと
思われるそうです。

杜若の庭

西尾さんの八ッ橋の由来は

平安初期(842)三河の国に羽田玄喜というお医者さんがおられたが
若くして死亡された。
残された妻は資産もなく山へ薪を、海へ藻を刈るなどして遺児を育てて
いました。
ある日いつものように向岸へ海苔を取りに出掛けた時、子供が母の後を
慕い川に流されて溺れ死にました。
母は嘆き悲しみ、剃髪して師孝尼となり、朝夕一心に子供の冥福を
祈りました。
ある夜お告げにより、入江上の浦に漂う木材を村人の助けを借りて
拾い、蜘蛛の手のごときに流し橋を架けた。
その数八つに及んだので世人これを八ツ橋と称した。

元禄2年西尾の家祖為次郎氏がこの逸話を聞き、師孝尼の志を
憐み、子を思う親心を広く、永く伝えたいと八ッ橋を模して菓子を
つくり、八ッ橋と名付けた。
と書かれていました。

庭園

この西尾別邸で昼食を頂くことができます。(事前予約)
昼 西尾八ッ橋の里膳です。
おばんざい料理で、ひじきの煮物、胡麻豆腐、きゅうりの酢の物、
コロッケ、鶏とねぎの甘酢掛け、 ホウレンソウの白和え、白味噌のおつゆ
かやくごはん(1,600円)
他に、おうどんやオムライスなどもあります。

昼食

食後抹茶と白餅です。(1000円 食事とセットの場合は500円)

抹茶

修学旅行生もお庭を眺めながら京都の風情を楽しんでおられました。
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