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祇園祭
2019 / 07 / 17 ( Wed )
祇園祭 巡行

17日は京の三大祭りである「祇園祭」の先祭巡行が行われるの日です。

午前8時過ぎに、15日に四条麩屋町に斎竹建てが行われた場所で巡行に先立ち
高橋町の方々によって注連縄が張られます。

注連縄張

今は四条通も電柱の地中化が図られ景色も随分よくなりました。
巡行が近づく午前8時30分頃に信号灯が格納されます。

信号機の片付け

注連縄張2

注連縄張3

高さ15mの南北に建てられた笹竹に神様との結界としての注連縄が張られます。
これより先は神様の世界
一同八坂神社に向かって拝礼をいたします。

拝礼

その後豪快にお清めの塩がまかれます。

塩 清め

準備が着々と整った頃に先頭の長刀鉾が近づいて参ります。

長刀鉾は籤とらずで毎年先頭で巡行いたします。

長刀鉾

長刀鉾にはお稚児さんと2人の禿が乗ります。鉾の中にはお囃子方を含め50人ほどが
乗り込みます。

この辺り八坂神社に向かってのお囃子はテンポもゆっくり行われます。

注連縄切1

ここではお稚児さんの大役が待っております。
注連縄切が行われるところです。

注連縄切3

刀で辺りの悪霊を祓い清めます。

注連縄切4

そして一刀両断、見事に注連縄が切り落とされますと一同大拍手が沸き起こります。

注連縄切5

刀を鞘に納め、巡行を勧めます。

注連縄切6

音頭取りの ”ヨー ヨー エンヤラヤー” の掛け声とともに綱がひかれます。

出発2

長刀鉾の見送りは3種類あり、今年の見送りは伊藤若冲の絵を基にした「旭日鳳凰図」
が掛けられていました。

長刀鉾見送り

祇園祭の山、鉾は動く美術館と言われるくらい豪華絢爛な作品で飾られています。

四条堺町では籤改めが京都市長によって行われます。

毎年可愛い少年が立派にそのパフォーマンスを見事に見せてくれます。
手を使わずに扇子で紐をほどいて市長に差し出す作法は熟練が必要です。

籤改め

去年に引き続いて今年も山一番を引き当てた蟷螂山は籤運が強いのか
縁起がいいと粽は早い段階で売り切れの状態でした。

蟷螂山

からくりの蟷螂が羽を広げてくれます。

蟷螂山2

蟷螂山に次いで芦刈山・・謡曲「芦刈」に由来した翁のご神体を拝しています。

芦刈山2

函谷鉾

木賊山、函谷鉾 、郭巨山、綾傘鉾、伯牙山、 菊水鉾、 油天神山、太子山、保昌山
鶏鉾、白楽天、四条傘鉾、孟宗山、月鉾、山伏山、占出山、霰天神山、放下鉾、岩戸山、
船鉾の順で先祭り23基が、午前9時に四条烏丸を出発して午前11時に御池烏丸迄巡行
して参まります。

中には国際色豊かな方も巡行に追随されていました。

国際色

今年は注連縄切を主体にご紹介いたします。


17 : 17 : 42 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
祇園祭
2019 / 07 / 15 ( Mon )
祇園祭 斎竹建て

今日は7月15日 そして現在午前4時15分です。
まだ辺りは暗いです。 本日の京都府の日の出は午前4時54分

京の中心街、四条麩屋町交差点で祇園祭の先祭り巡行で長刀鉾の稚児が
注連縄切をされる場所、そこに建てられる斎竹建てが午前4時30分から行われます。
本日の午前2時頃に洛西の竹林で選定された竹が2本切り出され四条麩屋町迄
運んでこられます。


斎竹

相当長くトラックからはるかにはみ出しています。
先ずは2本揃えて採寸が行われます。 長さは15mにそろえられます。

採寸

地上から榊が取り付けられるところまで8mの間は枝払いの作業が行われます。

飾付2

竹が整えられたところで左右に伸びた榊が取り付けられます。
しっかり結びつけないと傾いたり、落ちたりいたします。 その手法は長老から
若手へと代々受け継がれていきます。

飾付1

榊が取り付けられるとその枝に100枚の紙垂が取り付けられます。

飾付3

飾付5

斎竹が建てられるのは、神様の領域と人間社会の領域の結界を示すもので、
長刀鉾の稚児がその結界である注連縄を切り、これより神様の領域に入らせて
頂き巡行いたします。というのが注連縄切の儀式となります。
そのため神聖な領域を示す斎竹は重要な役割をもっています。

飾付4

飾付が終わるといよいよ斎竹が起こされます。

竹起し

辺りも漸く明るくなりだしました。
東山にかかる雲も茜色に染まり始めました。

夜明け

支柱に金具でしっかりと固定いたします。

笹止め

その下を縄がらみの作業が行われます。
縄を巻き付けて木槌でうちながら固定していきます。
木槌が誤って手を打ってしまって ”あっ痛 ”なんて声も飛んでいました。

縄がらみ

2か所縄で締めて海老の飾りをつけます。

竹建て

清めの盛塩も置かれました。

地上から15mは何とも高いです。
青々とした真竹はしなやかに穂先をゆらせています。

     竹建て3

四条通のアーケードの上で笹を固定されます。
榊も左右で若干八の字を書くように飾り付けられます。高所での作業はどんな
でしょうか? 足がすくみます。

     竹建て2

この左右の斎竹に注連縄が張られるのは17日巡行の朝7時過ぎになる
そうです。

無事作業が終了して一同神聖な斎竹に向かって巡行の無事を祈り拝礼をいたします。

これまでの作業で約3時間弱かかります。

この斎竹建てを担っておられる方々は東洞院高辻上る高橋町の方々です。

元々はこの注連縄切が行われたのは東洞院四条の辻で四方に斎竹を建て注連縄
を曳き渡して神供式が行われ、この辻より巡業の列を作ったとされたのが始まりだそうです。

その頃より高橋町他4つの町内がこの斎竹建てを担ってこられたそうですが、
豊臣秀吉によってお旅所が寺町に遷されてから、斎竹建ては高橋町が継続して
その役割を今日まで継承されているそうです。

長い、長い 歴史が現在も継承されています。

拝礼

17日には先頭に長刀鉾が巡行していきます。

     長刀鉾

四条通を西に眺めますと、函谷鉾、月鉾、四条傘鉾や山が準備完了で
巡行の日を控え堂々とそびえています。

     函谷鉾

     月鉾

四条傘鉾

11 : 38 : 15 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
貴船神社
2019 / 07 / 13 ( Sat )
7月 貴船神社

鴨川の源流にあたる貴船は命の源である水を生み出すところとされ
「気生根」・・(気が生れる)とも書かれます。

参道

玉依姫命が黄船に乗って大阪湾から淀川を昇ってさらに鴨川を遡って
辿り着かれたところが貴船の奥宮の地であり、ここに水の神様をお祀り
して祠が作られたのが貴船神社の始まりであるとされています。

奥宮

この奥宮には本宮と同じ水や雨を司る神様 「高竉神(たかおかみのかみ)」を
お祀れされています。

船形石

境内の横には貴船神社の伝説にまつわる「船形石」がおかれていて、
これを積み囲んだ小石を持ち帰ると航海安全にご利益があるとか

奥宮 権殿

本殿下には龍穴というのがあって、文久年間(1861~1863)に本殿修理の際
大工さんが誤って工具のノミをこの龍穴に落としてしまったところ、一天にわかに
曇り突風が起こり、ノミを空中に吹き上げたという伝説も伝えられています。

そして貴船の「鉄輪」伝説の丑の刻詣りでも知られているところです。

丑の刻詣りはご祭神が国土豊潤のため、丑年、丑月、丑刻に降臨されると
伝えられる古事によるものから心願成就信仰から丑刻詣りが謡曲「鉄輪」で
演じられているものです。

昔宇治の橋姫が丑の刻(午前2時)詣りをして男に呪いをかけるという「鉄輪」伝説

桂の木

境内には京都市指定の天然記念物カツラの高木やご神木の連理の杉など
自然の宝庫でもあります。

奥宮から下がってまいりますと「思ひ川」に架かる橋を渡ります。

思ひ川


もともと奥宮が本殿であった時は参拝者はこの谷に流れる川を「禊の川」
「物忌の川」として、ここで身を清めてから参拝をしたといわれるところです。

和泉式部は夫の愛を取り戻そうとして貴布禰詣でを思い立ち、この禊川で
身を清め恋の成就を願ったところ復縁祈願が叶ったところから縁結びの
神様としても信仰されています。

思い川を渡るとすぐに「結社」があります。
このお社は昨年秋の台風21号によって社殿に倒木があたり壊れてしまいましたが
多くの方からの寄進により新たに社殿が今年の3月に完成いたしました。

結社


結社のご祭神は磐長姫命で縁結びの神様、恋を祈る神様として信仰を集めています。

和泉式部も切ない心情を歌に託して祈願したといわれております。

 もの思へば 澤のほたるも わが身より あくがれいずる 魂かとぞ見る

歌碑が境内におかれています。

天の磐船石

境内におかれている「天の岩船」は自然石で貴船の山奥より平成8年に
出土したもので造園業のかたによって奉納されました。

船は昔は唯一に交通手段で人と人を、文化の交流を結ぶという所から
縁結びの信仰とかかわりがあるとされ神聖視されています。

町並み

貴船の街並みは風情があり、夏は川床でにぎわうところです。

貴船川に床を張り出して渓流の音を聞きながら川魚料理、(この季節は天然の「鮎」が
出される)を楽しむ京の奥座敷です。

川床

川沿いには料亭が立ち並びます。

本宮にはご神水が流れる斎庭があり、この水で身を清め、お御籤を
ひいてこの水に浮かべると文字が浮き出てくるというお御籤が人気を集めています

水占愈庭

水占御籤

7月8日の水まつりではご神水をつかったお茶席が本席と副席の2席が設けられていて
当日のチケットを購入すれば入席することができます。

因みに今回の本席は「ひろや」さんで 床の間の掛軸は裏千家 鵬雲斎大宗匠の翠竹

本席 掛軸


お花は5種 唐松草、 姫百合、唐糸草、糊空木、朝鮮ヨメナ
大広間の茶席に色鮮やかさを示した素晴らしい取り合わせでした。

本席 お花

副席はふじやさんで床のお花は芒、木槿、桔梗など道具の取り合わせとともに
お菓子も行き届いたおもてなしのお茶席を堪能することができました。

副席 床飾り

貴船は京の町中よりも気温が2~3度低く涼を求めてぜひ奥座敷へ
訪れてみては如何でしょうか。


13 : 32 : 20 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
貴船の水まつり
2019 / 07 / 10 ( Wed )
貴船の水まつり

貴船神社は鴨川の水源地左京区鞍馬貴船町にあり、水の供給を司る
神様をお祀りされています。

貴船神社

伝説によれば、神武天皇の皇母である玉依姫命が黄船に乗って、大阪湾から
淀川、鴨川を遡って貴船神社の奥宮の地に至り水の神様を祀ったのが始まり
とされています。

ご祭神は
本宮 高龗神(たかおかみのかみ) 水の供給を司る神様
結社 磐長姫命   縁結びの神様
奥宮 高龗神

貴船神社本宮では7月8日に水まつりが行われました。
命の水である神様に感謝を捧げる行事です。

看板

丁度七夕の行事も同時に行われています。 夫々の願いをかいて笹に沢山
飾り付けていきます。

七夕飾り

本宮ではお着物で参加されている方も多くみかけ、さすが京の都という風情です。

午前10時から静寂の中、早朝に組みだされた神水で裏千家によって濃茶と薄茶の
2碗の献茶が行われました。

献茶式

引続いて樂辰会ご奉仕による舞楽「陵王」が舞われました・
演目の「陵王」の中の蘭陵王は優れた武将で部下がみとれるほどの美男子であった
ため、味方の兵士の士気を高めるために獰猛な面をつけ指揮をとった所、次々と
勝利をもたらした伝えられ陵王はそれを祝して造られた曲であるとされています。

舞楽2

動きも大きく躍動感のある舞楽の演目です。

舞楽

舞楽の次は生間流による「式包丁」が披露されました。
式包丁は平安時代より継承されている包丁式で食べるための料理ではなく
見せるための料理です。

式包丁4


手を一切使わず包丁と菜箸だけで魚や野菜を吉兆の形に切り分けるという
ものです。

式包丁3

まずは平安装束で袖口を絞り襷掛けをいたします。

今回は2種
先ずは鯛を7月は山開きにちなんで富士山を表します。

式包丁5

次は鯉で宸殿の岩、お伊勢さんの二見が浦を表します。
パフーマンスもより大きくなります。

式包丁7

式包丁6

見事に注連縄でつながりました。

式包丁8

最後はお清めをいたします。
花吹雪がまかれると一同溜息です。
素晴らしい式包丁の奉納がおこなわれました。
現在京都では萬亀楼さんと魚新さんで生間流の式包丁が継承されています。

この後 結社、思ひ川から奥宮の様子は№2でご紹介いたします。

22 : 22 : 58 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
鷺舞
2019 / 07 / 07 ( Sun )
祇園祭り 鷺舞

京の都に今年も祇園祭がやってきました。

八坂神社本殿

平安時代貞観11年(869)に疫病退散を願って始められた祇園御霊会は
今年で1150年の節目を迎えます。

7月1日に吉符入式が行われ以後31日まで祇園御霊会の神事が続きます。

綾傘稚児社参


本日7月7日は八坂神社では綾傘鉾の稚児社参が行われる日となっています。

そして記念の年に祇園御霊会で行われてきた鷺舞を、現在では津和野の
弥栄神社に伝わる保存会の方々を招待され里帰り奉納が行われました。

看板

鷺舞はもともとは八坂神社の祇園御霊会で奉納されていたもので、中国の七夕
伝説に端を発するものとされています。
鵲(カササギ)が七夕の牽牛と織姫のために天の川に桟を渡した伝承によってはじまった
とされていますが、江戸時代中期頃より山鉾など豪華絢爛な鉾におされ鷺舞が敗退の
憂目をみるようになったと伝わります。

奉納

一方津和野には天門11年(1542)に京都から山口を経て鷺舞が伝わったそうで、
毎年7月の20日の渡御、27日の還御の際に披露されていて、京都の祇園御霊会の
姿を今に伝える舞として国の重要無形文化財に指定されていると紹介されていました。

奉納2

本日は津和野の弥栄神社の宮司様も里帰り奉納に舞供されていました。

お囃子方

鷺舞は舞方、囃子方、唄方
舞方には棒振り、雌雄の鷺
お囃子方は鐘、太鼓、笛、鼓
その後ろに唄方で構成されています。

祇園祭のように大きな山鉾を動かすような威勢のいいお囃子よりも、舞を
あやつる静かなお囃子が奏でられました。

鷺舞2

鷺舞1

唄は
橋の上におりた鳥は なんの鳥
かわささぎの かわささぎの
ヤーかわささぎ さぎが橋を渡した
さぎが橋を渡した
しぐれの雨に ぬれとりとり
ヤーかわささぎ さぎが橋を渡した

と唄われます。

鷺舞3

京の都では昔、鵲(ささぎ)は飛来してこなかったので鵲は鷺の一種と考えられ
笠をかぶった白鷺を鵲に見立てたとの言い伝えもあります。

鷺枚4

鷺の羽は板が組み合わされていて手許で取っ手を引くと板が合わさって音が
出る仕組みになっています。
羽を広げると大きな鷺が勇壮に見えます。

京都の祇園祭での鷺舞は昭和31年(1956)に狂言師の木村正雄氏によって復興され
現在宵山の16日 神幸祭の17日、還幸祭の24日に八坂神社境内で奉納されています。

祇園祭はこれから日毎に神事が繰り広げられます。
17 : 27 : 33 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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