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京の六地蔵めぐり
2019 / 08 / 28 ( Wed )
京の六地蔵めぐり

京の都ではお盆の行事が済みますと、各お町内で地蔵盆が8月23日前後に
行われます。
地蔵盆の行事は京都をつなぐ無形文化遺産第三号に指定されていて、
行事を通して子供も大人も幅広く世代の交わりの場となり、連携や協力
体制を強める大切な場となっております。

そしてもう一つ京の六地蔵めぐりという八百年の歴史を有する行事が現在も
続けられています。

六地蔵めぐりの起こりは、
平安時代 朝廷につかえる参議 小野篁が48歳の時 大病に罹り生死をさまよって
いた時、夢の中で地蔵尊の世界に行き、地獄の中で苦しむ罪人を生地蔵尊が救済
している姿を見ました。
この地蔵尊はお釈迦様より付託を受けて罪人の救済を行うが、無縁の衆生を救う
ことは中々叶わない。 よってそなたが娑婆の世界に戻ったなら、罪業を犯すと
地獄で恐ろしい苦痛をうけることになる、その事を知らしめて地蔵尊に帰依させよ
とのお告げを受け、木幡山の桜の木で六体の地蔵尊を刻み木幡の里に安置されました。
その後、後白河天皇はこの六地蔵尊を深く信心され王城鎮護、厄病退散、宝詐長久
を祈願して平清盛に命じて都の街道の入口六ヶ所に六角堂を建て一体づつ安置を
されたことに始まるとされています。
この六地蔵めぐりが毎年8月22日、23日の2日間にかけて行われています。

上善寺

第1番目は鞍馬口地蔵尊をお祀りする上善寺です。
 北区鞍馬口通寺町東入るにある「上善寺」は正式には千松山遍照院 上善寺と
申し浄土宗に属します。

上善寺本堂

御本尊の阿弥陀如来は行基の作と伝えられ、後水尾天皇が嵯峨今林蓮花清淨院の
本堂を移させたものとも云われています。

上善寺 阿弥陀

地蔵堂に安置されているのが鞍馬口地蔵尊です。または深泥池地蔵とも呼ばれています。

上善寺 地蔵尊

水回向も行われています。
初盆を迎える新仏様には3年間六地蔵めぐりをし、回向すれば極楽へ行かれる
ともいわれています。

水回向

各お寺で授与される幡を6枚集めてそれらを纏めて玄関に吊るしておくと
一年間の厄病退散、家内安全、福徳将来が得られるそうです。
鞍馬口地蔵尊では赤い幡が授与されます。

上善寺 幡

そして一年過ぎればまとめて又六地蔵の内のどこかのお寺に返納致します。

おはた

2か所目は 右京区常盤馬塚町にある源光寺の常盤地蔵です。

常盤 源光寺

源光寺は臨済宗のお寺で、元は鳥羽天皇の皇女八條院の山荘常盤殿が
あったといわれています。
又後深草天皇も一時この地に隠棲されたとも、歌人の藤原為業が出家をして
寂念と称して閑居したともいろいろ伝えられています。

常盤地蔵

源光寺 常盤地蔵尊のお幡は紫色です。

常盤地蔵 幡

境内には常盤御前も一時この地に隠棲されたと伝えられその石塔も
お祀りされています。

常盤午前像

3番目は西京区桂春日町にある地蔵寺です。

この辺りは昔は桂川の渡しに近くて、桂大納言経信や伊勢女兼の
歌人の住まいがあったところと伝えられています。
お寺は光厳天皇の勅許により虎関師錬によって南禅寺の開山無関普門の
塔所として建立され、慶長7年(1602)に細川幽斎が再興したといわれています。

地蔵寺本堂

地蔵寺の六地蔵の内の一体は桜の一木では最下部のところから刻まれた
地蔵尊で姉井地蔵とも呼ばれているそうです。
身丈も大きく非常にきれいなお姿です。

桂地蔵尊

地蔵堂には帆掛け船をかたどったお供えが沢山おかれていました。

地蔵寺 お供え

水回向も行われています。

地蔵寺 水回向

境内には子安地蔵尊や 日比地蔵尊もお祀りされていました。

地蔵寺 子安地蔵

桂地蔵のお幡はグリーンです。

桂地蔵 幡


四番目は南区上鳥羽岩ノ木町にある淨禅寺です。
淨禅寺は西山禅林寺派に属します浄土宗のお寺です。
寿永元年文覚上人によって開基され御本尊は阿弥陀如来をお祀りされています。

淨禅寺2


鳥羽地蔵尊は元は木幡の里に祀られていたもので保元年間(1156~1159)
に現在地に移されたそうです。
こちらも立派なお地蔵様でとてもきれいでした。

淨禅寺 鳥羽地蔵

淨禅寺では副住職様より法話を聞くことができました。
六地蔵尊の起こりや、袈裟御前の伝説をお聞きしました。

袈裟御前は平安末期渡邊左衛門尉源渡の妻で『源平盛衰記』によれば
遠藤武者盛遠に横恋慕されたが袈裟御前は毅然としていました。
しかしあまりに執拗に迫られ、それならば夫を殺してくれれば貴方の許へ
参りましょうと返答いたします。
さてその夜 盛遠が夫を殺しに参りましたが袈裟御前は夫の身代りとなって
盛遠の刃によって殺されてしまうという悲しい伝説で、後の盛遠は出家して
悔い改め文覚上人として仏門に入ったという物語です。
本堂には袈裟御前の遺影がお祀れされ、又境内には袈裟御前の五輪塔が
お祀りされています。

淨禅寺 袈裟御前 五輪塔

鳥羽地蔵の幡は黄色です。

鳥羽地蔵 幡

五番目は伏見区桃山町にある大善寺です。
大善寺は正式には法運山淨妙院といい、浄土宗のお寺です。
大善寺は慶雲2年(705)藤原鎌足の子、定慧によって創建されたと伝えられる。

大善寺 六地蔵 地蔵堂

地蔵堂の中の地蔵尊は被り物をされていて、幻想的な雰囲気です。
当初は小野篁によって刻まれた六体の地蔵尊はこちらに安置されていました。
ゆえに六地蔵を名づけられたといわれます。

大善寺 六地蔵2


御本尊は阿弥陀如来

六地蔵 本尊


六地蔵の幡は白です。

六地蔵 幡

六番目は山科区四ノ宮泉水町にある徳林庵の山科地蔵です。

もともとは六地蔵にあった六体のうちの一体は1157年の東海道の街道に
安置されました。
以後山科地蔵は東海道の街道をお守りする守護佛となりました。

徳林寺 山科地蔵尊

地蔵堂の裏には延命地蔵尊が 綺麗なよだれかけを掛けて貰っていました。

徳林寺 延命地蔵尊

徳林庵は仁明天皇の第4宮 人康親王の末裔 南禅寺第260世
雲英正怡(うんえいしょうい)禅師が1550年に開創したと伝えられています。

境内には室町時代作の人康親王の供養塔がおかれています。

人康親王 五輪塔

茶所には鎌倉時代の四体石仏も安置されています。

徳林寺 四体石仏

街道筋であったため往来の人々のための茶釜(飛脚釜)や荷馬のための井戸も
あります。

徳林寺 茶釜


六番目 山科地蔵の幡は青色でした。

山科地蔵 幡

五色揃った幡はさっそくまとめて玄関に吊るしておきます。

今回は京都新聞旅行センター企画のバスで巡る 六地蔵めぐりを体験して
参りました。
朝9時30分京都駅を出発し、六地蔵全て巡って京都駅には午後5時30分の
8時間でした。 途中バスから地蔵堂迄距離があった大善寺で土砂降りの雨で
全員ずぶ濡れになり、非常に思いで深い六地蔵めぐりとなりました。
19 : 45 : 19 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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