FC2ブログ
京の謎々
2019 / 10 / 09 ( Wed )
占出山が二つ

京の三大祭である祇園祭の山鉾の一つに占出山があり、
錦小路通の室町東に建てられます。
先祭りの巡行で今年は山第12番目に巡行いたしました。
占出山の御神体は神功皇后をお祀りしています。

祇園祭 占出山2

占出山の由緒は日本書記によると
神功皇后が外征の戦の時、吉凶を占うため肥前松浦で戦勝ならば魚をと
祈願をし、釣占いをしたところ、見事な魚が釣り上げられ、勝ち戦を予兆した
ことに因むとされています。
この時に釣り上げられた魚を魚偏に占うと書いて「鮎」と読む語源にも
なったと伝えられています。
占出山も当初は「鮎祝山(あゆわいやま)」と呼ばれていたようですが、
江戸時代の初めに「占出山」とされたと伝わります。又「鮎釣山」とも呼ばれます。

巡行にお飾りをされる神功皇后は水干に烏帽子をつけ太刀を佩く姿に
手には袋を被せた釣竿を持ちその先端に鮎を付けた姿をされています。

この占出山が実はもう一つ存在しておりました。

それはやはり神功皇后をお祀りするもので、京都市伏見区にある
御香宮神社に縁のあるものです。

御香宮神社は今から約1000年前、清和天皇の時代に、もともとは「御諸神社」と
呼ばれていたようです。
この神社の境内に大変香りのいい水が湧き出たことから清和天皇から「御香宮」
の名を賜ったとされています。

御香宮

祭神は神功皇后ほか六柱の神様をお祀りされています。
毎年十月上旬には御香宮神幸祭が行われ町は賑わいを見せます。
この神幸祭は伏見九郷の総鎮守のお祭りで、伏見祭ともいわれ
洛南地方の大祭とされています。
室町時代の風流傘の伝統を今に伝えることから花笠祭とも呼ばれています。

この御香宮の神幸祭にかって山鉾があり、占出山といわれ巡行していたようです。
今では余りこの山鉾のことは知られていないようですが・・・・

かって伏見区の肥後町には江戸時代 伊予大洲藩(いよおおずはん 現在の愛媛県)
等5藩の屋敷が置かれていて、その藩から御香宮神社の祭神である神功皇后の
御神形を寄進され、御香宮祭の時にこの御神形を奉祀し、占出山として花笠巡行
と一緒に巡行されていたと伝えられているようです。
明治になってから巡行はされなく、居祭りとなったようです。

鮎祝女御

お祀りする神功皇后を「鮎祝女御(あゆわいにょうご)」とよび、現在も大切に
保存継承されて毎年御香宮祭の数日間だけ肥後町の御神倉でお飾りをされて
います。

大変きれいな衣装で背丈も大きく立派な御神形をされています。

占出山には祇園祭の占出山と御香宮祭の占出山とがある不思議を発見
いたしました。

(資料文献は伏見区あれこれ:ふしみ昔紀行、懐かしの写真館)より
20 : 00 : 26 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム |