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京の伝説
2009 / 09 / 02 ( Wed )
京の伝説 ” 宗旦狐 ”

夏の季節は何故か ”妖怪” ”幽霊”ブーム、京の都でも妖怪通りや
お化け屋敷ができ、子供たちの肝試しが行われます。

京は千年の都、その間には戦も度々おこり、怨念も残ったことでしょう?
そんな都にはお寺も神社も多く、夜な夜な奇怪なことが起こり、今なお語り伝えられて
いることも『京の伝説』として編纂されております。

そんな中から、今回は微笑ましい面白さのある ”宗旦狐” の伝説をご紹介します。

宗旦稲荷2

京の烏丸通を北へ、今出川から同志社大学の中央の通りを上ると臨済宗の相国寺派
大本山の相国寺があります。

その境内は約20,000坪もあるといわれている広大な敷地の中に、宗旦稲荷という
小さな祠があります。 これが今回伝説の ”宗旦狐”を祀る祠です。

     宗旦稲荷3

宗旦狐

その昔、平安時代初期のころ、相国寺に一匹の白狐が住んでいました。
その白狐はしばしば雲水に姿を変え坐禅をしたり托鉢の列に加わったり、
時には寺の和尚と碁の相手をしたり、茶人千宗旦(千利休の孫 1578~1658年)に
なりすましては近所の茶人の家に赴いては茶を飲み、菓子を食い荒らしていました。

はじめは騙されていた近所の人々も次第に正体を知り ”宗旦狐”と名づけて皆で
化かされて遊んでいました。

じしょういん

ある時宗旦は相国寺の塔頭”慈照院の茶室びらきでお手前を披露していた。
驚いたことにそのお手前は実に見事なもので、その席に遅れてきた当人の宗旦は
その事に感じ入ったという。

そこで慌てた宗旦狐は茶室の窓を突き破ってにげたが井戸に落ちて死んでしまったとか

人々はこの宗旦狐は化けていたずらをするだけでなく善を施し、人々をも喜ばせたと
して祠を建て供養したといわれております。その祠が今でも”宗旦稲荷”として残されて
おります。

又相国寺の北門の近く烏丸寺の内を上ったところの慈照院にはその伝承のある
茶室”頣神室(いしんしつ)”は「宗旦好みの茶室」として現在も残されて、床には
「宗旦狐」の掛け軸がかけられている言われております。慈照院は非公開と
されていますので残念ながら拝観することはできません。

なんとも微笑ましい伝説でした。

相国寺へは地下鉄烏丸線の今出川下車すぐです。

17 : 11 : 37 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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