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宝鏡寺
2009 / 10 / 14 ( Wed )
人形の寺 ”宝鏡寺”


人形供養 
       屋根

京の都で、人形の寺として親しまれている ”宝鏡寺”が寺の内通堀川東入る
にあります。

臨済宗の単立で後宇多天皇の勅使を得て尼寺五山の一つである門跡寺院と
いう格式の高いお寺で、ご本尊は聖観世音菩薩、山号は西山。
もとは景愛寺の子院であった福尼寺で応安年間(1368年~75年)に景愛寺
六世の華林宮恵厳禅尼(光厳天皇の皇女)が現在地に移転して再興され、
後に宝鏡寺と改められました。
寛永21年(1644年)には理昌尼王(久厳禅尼、
御水尾天皇の皇女)が入寺して以後は尼御所となり百々御所(どどごしょ)
とも呼ばれております。

このお寺では第24代三麼地院宮が久光格天皇より賜った直衣雛(のうしびな)
をはじめ皇女和宮の遺品や他にも皇室ゆかりの人形が多数所蔵されていて毎年
春と秋には一般公開されています。

人形

     人形供養2

太夫 人形供養3

その宝鏡寺で今日14日人形供養祭が行われました。
今年は宝鏡寺の人形塚が建立されてから50年目に当たる年で、11月1日から
30日まで「寿ぎの秋」と題して人形展が行われることになっています。

人形供養は全国から使われなくなった人形を人形塚の前で供養する儀式で
人形制作の組合や伝統工芸の関係の方々を始め一般参拝を含め
献茶の儀、献花の儀、小桂の詩の朗読、読経、焼香、納灰の儀の後

舞楽 舞楽 面

         太夫3


本殿では人形塚のできたいきさつの講演、絲竹会の舞楽「蘭綾王」島原の如月太夫の「いにしえ」の舞が奉納されました。

島原太夫はこの人形供養には当初から供奉されておられるようです。

下駄

島原太夫は現在では祇園の芸妓さんや舞子さんのようにお座敷に出ることはなくなり
特別の儀式などでかっての昔の面影を残し舞いや音曲を奉納されています。
太夫さんの下駄は特別なもので寛保・延亨年間に漆塗りの三枚歯の下駄が、いなせな
男衆や遊女の間で流行したといわれるその三枚歯の下駄を素足で履かれています。

又人形塚には武者小路実篤氏
 人形よ 誰がつくりしか 誰にあいされてか 知らねども
   愛された事実こそ 汝が成仏の 誠なれ
と詩が刻まれています。

宝鏡寺へは市バス9、12番堀川寺の内下車、東へすぐです。
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