FC2ブログ
洛中・洛外紅葉模様3
2009 / 11 / 11 ( Wed )
洛中・洛外紅葉模様3 ”金福寺(こんぷくじ)”

表門 芭蕉庵

洛北一乗寺下がり松から約10分足らずのところに古刹”金福寺”があります。
臨済宗南禅寺派で山号を佛日山、御本尊は聖観世音菩薩。

貞観6年(864年)安恵(あんね)僧都が慈覚大師・円仁の遺志によって創建し、
大師自作の観音像を本尊として安置したといわれております。
もとは天台宗に帰依していたが、後に荒廃し、江戸中期に圓光寺の沢雲長老
の法嗣鉄舟和尚が再興し、臨済宗南禅寺派になり今日にいたっているそうです。

芭蕉庵1 蕪村句碑

この金福寺は芭蕉や蕪村ともゆかりのある寺として有名であります。

芭蕉の句碑 芭蕉庵より西山

蕪村の墓

 元禄の昔芭蕉は山城(京都)の東西を吟行していたころ、当寺の鉄舟和尚を
訪れ,風雅の道を語りあい親交を深めていた。
その後無名であったこの庵を「芭蕉庵」と名付け、芭蕉の高風をいつまでも偲んで
おられた。
後になって(85年ほどして)この庵を蕪村が訪ねてきたときには荒廃していたが
村人たちは「芭蕉庵」と呼び親しんでいた。
蕪村は荒廃を惜しみ安永5年に再興し、天明元年俳文『洛東芭蕉庵再興記』
にしたため当寺に納めたとされています。
金福寺には今もその芭蕉庵が保存され蕪村の墓も守られております。

村上たか女創建の弁天堂


又この金福寺は舟橋誠一の歴史小説『花の生涯』に登場する村上たか女
縁の寺としても知られております。

井伊直弼の愛人であった村上たか女は幕府の隠密となり攘夷論者達の動向を
検索し、その情報を幕府に密報することで「安政の大獄」に加担した。
そのためにたか女は勤王方から大変恨まれ、井伊大老が暗殺されると、たか女は
勤皇の志士に捕らえられ、京都三条の河原で生晒しにされ3日後に助けられ、
文久2年尼僧となり金福寺に入り14年間の余生を送り明治9年67歳で波乱の生涯
を閉じたそうです。
金福寺にはたか女が建立した弁天堂やたか女の位牌、筆跡、遺品などが残され
ています。

その他ににも蕪村の「江戸清遊の図」、「奥の細道画巻」等重文の複製等も拝見する
ことが出来ます。

丁度紅葉が真っ赤に色づき、穏やかな洛北の里にあまり多くは知られていない
趣深い、とてもきれいにされているこの金福寺は是非一度は訪れたい素晴らしい
古刹です。

金福寺へは京都駅から市バス5一乗字下り松町下車徒歩10分弱です。
18 : 53 : 57 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<洛中・洛外紅葉模様4 | ホーム | 洛中・洛外紅葉模様2>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://kyonoazemichi.blog60.fc2.com/tb.php/163-4c4b010f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |