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洛中・洛外紅葉模様5
2009 / 11 / 13 ( Fri )
洛中・洛外紅葉模様5 酬恩庵 一休寺

門

京都より奈良に至る大和街道と名古屋より大阪に通じる大道の交差する京田辺市
の薪(たきぎ)に一休禅師ゆかりの酬恩庵一休寺があります。

元々の名は妙勝寺といわれ臨済宗の高僧大応国師(南浦紹明)が、中国の唐時代
に彼地において虚堂(きどう)和尚について修行し、帰朝後禅の道場をここに創建
したのが始まりといわれております。

その後元弘の戦いで荒廃していたのを、6代目の法孫に当たる一休が復興を志し遂に63歳の時康正2年(1465年)この寺を竣工し、酬恩庵となづけられました。
が今では一休寺と通称で広く知られております。

一休禅師はこの一休寺をとても愛され、長く住まわれ、他所(大徳寺等)へ巡錫
されるにもここを本拠として88歳まで示寂されたそうです。

総門は京都府指定の文化財となっております。

参道
 
参道から唐門を抜けるまで、燃えるような紅葉が見事に色づいています。

開山堂

開山堂は大正初年に改築されたが様式は昔のままで内部には大応国師
の木像が安置されているそうです。
一休和尚が妙勝寺を再建された時に安置されたものといわれております。

一休禅師 句碑

一休禅師像と一休禅師の碑「諸悪莫作 衆善奉行」と書かれています。
悪いことはするな、善いことをせよという意味で、実行が伴わないと何の価値
もないという戒めだそうです。


方丈は慶安3年(1650年)に前田利常によって改築され、狩野探幽や狩野守信
の襖絵が見られます。

書院庭 蘇鉄

方丈の庭は北・南・東の三面にまたがってそれぞれが独立しつつ関連づけられた
南庭園は江戸初期の造庭で禅苑庭園といわれ蘇鉄は極楽鳥を表していると
いわれます。

東庭 北庭
東庭                         北庭

東庭園は十六羅漢をなぞられた庭園と言われております。

北庭園は禅院枯山水としての蓬莱庭園といわれ石川丈山、松花堂昭乗
佐川田喜六の合作と言われております。

又この一休寺は、一休寺納豆としてもよく知られております。
今もご住職が夏の熱い日に納豆の豆を天日に当て何度も何度もかき混ぜ発酵させ
て作っておられます。

一休寺へは近鉄新田辺下車約1・5k JR京田辺下車 バスで一休寺道下車約500m
のところにあります。

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by: * 2009/11/14 14:13 * [ 編集] | page top↑
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