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洛中・洛外紅葉模様6
2009 / 11 / 17 ( Tue )
洛中・洛外紅葉模様6 ”曼殊院門跡”


         標識

京都は左京区一乗寺の里に名跡 ”曼殊院門跡”があります。
御本尊は阿弥陀如来。

表門 入り口

延暦年間に天台宗宗祖の最長が比叡山に鎮護国家の道場として建立されたのが
始まりとされています。

天台宗の五箇室門跡の内の一つで、もともと比叡山西塔北谷にあって東尾坊
(とうびぼう)
と称しました。

天仁年間(1108~9平安後期)学僧,忠尋座主が当院の住持であったとき、東尾坊
を改めて曼殊院と称されたようです。


現在地に移ったのは明暦2年(1656年)で桂宮智仁親王の次男(御水尾天皇猶子)
良尚法親王の時であると言われております。
文明年間(1469~87年)に慈運(伏見宮貞常法親王の子)が入寺して以後、
門跡寺院となりました。

良尚親王は当院を修学院離宮に近いこの地に移し、庭園・建築ともに親王の識見
創意によるところが多く、江戸時代初期の代表建築であるその様式は桂離宮と
の関連が深いと言われております。

茶室八窓軒は三畳台目の席で古田織部や小堀遠州の好みを取り入れ多数の窓
による光の演出が見事になされているといわれます。

国宝には黄不動明王像、古今和歌集曼殊院本があります。
重要文化財には庫裏、虎の間、大書院、小書院があり庭園は名勝庭園に指定
されています。

富士の間 

富士の間には狩野探幽筆の襖絵、松花堂昭乗筆の額などが見られます。

梟の蹲

小書院の縁先に置かれている手水鉢は有名な”梟の手水鉢”と呼ばれています。

紅葉 

                 紅葉2

丁度紅葉が見事に色鮮やかさを増し、樹齢400年といわれる五葉の松との
コントラストもよく、庭園はもとよりそれぞれの間に狩野探幽や永徳の画が
みられます。

又丸山応挙の幽霊図が架けられていました。注意書きとして、撮影禁止・・写真を撮ると
その人に何かのさわりがありますからご注意ください。と書かれていました。
なんだか恐ろしくてそそくさと前を通りすぎました。

このような曼殊院門跡は非常に趣深く、ゆっくりと時間をかけ建築・美術・庭園
と拝見したいものです。
拝観料600円です。

曼殊院へは叡山電鉄修学院駅下車徒歩20分、
市バス 地下鉄北大路駅から市バス北8で一乗寺清水町下車徒歩20分です。
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