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洛中・洛外紅葉模様8
2009 / 11 / 23 ( Mon )
洛中・洛外紅葉模様8 ”光悦寺”

堀川通銀杏

堀川通りの銀杏並木を通りこして更に北西へ進むと洛北のなだらかな鷹ケ峰三山
(鷹ケ峰、鷲ケ峰、天ケ峰)を西に望む景勝の地へと参ります。

鷹ケ峰とはかって、毎年鷹がやってきて多くの雛を生んだことからなづけられた
とも言われております。

平安時代の鷹ケ峰は、朝廷の狩り場として立ち入ることのできなかった禁野で
あったが、豊臣政権になって、秀吉は洛中にお土居を巡らし、城壁として都を
囲い込みました。そのため洛外は寂れていました。しかし江戸時代に入ると
人々が住み始め、集落ができるようになると、鷹ケ峰は周山街道の要路となり
洛中への出入り口「京七口」の一つ長坂口として栄えるようになったそうです。

参道 鐘楼
参道                      鐘楼

その鷹ケ峰に、元和元年(1615年)本阿弥光悦は徳川家康から東西200間
南北七町の地を拝領し本阿弥一門とその家職につながる者たちを集め、
工芸集落”芸術郷”を築きました。

本阿弥光悦は本阿弥光二を父に妙秀を母に長男として生まれ、加賀前田家の
扶持二百石を父の代より受け、諸大名の御用を努め(刀剣の鑑定、砥ぎ、ぬぐい
目利き等の家職)ていた家柄であった。
光悦は世襲の家職のほかに書画、陶芸、茶の湯、蒔絵などにも目覚ましい才能
を発揮しました。

この芸術郷では、光悦始め俵屋宗達、尾形光琳、乾山などの創作活動が活発
になされ、元禄文化が開花しその素晴らしい作品が今日尚数多く残されています。

茶室 大虚庵

一方光悦は熱心な法華宗の信者でもあったそうで、光悦没後日蓮宗光悦寺として
今日に至ります。境内には残された三巴亭、大虚庵、了寂軒等七つの茶室が京都
市内を見下ろす風光明媚な地に見ることができます。

光悦寺垣2

光悦垣とも臥牛垣ともいわれる竹を斜めに編んだ垣も有名です。

この紅葉の時期は燃えたつような見事な秋の彩りをみることができます。
しかし、ここも休日ともなると沢山の観光客でゆっくり行く秋をたのしむことは
なかなかむつかしいようです。

光悦寺へは市バス北大路駅から北1番、又は市バス6番の玄琢行き
鷹ケ峰源光庵前下車すぐです。 拝観料は300円です。
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