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千本閻魔堂の節分会
2010 / 02 / 02 ( Tue )
京の都の節分会 千本閻魔堂

本殿

千本閻魔堂として京の町では親しまれているこの閻魔堂は高野山真言宗の
正式には ”光明山 歓喜院 引接寺”といいます。開基は小野篁(おの たかむら)

小野篁(802~853)は百人一首
 和田の原 八十島かけてこぎいでぬと 人は告げよ あまのつりふね  参議篁
でも知られています。

当時小野篁卿はこの世とあの世を行き来する神通力を持っていて昼は宮中に赴き、
夜は閻魔王に仕え閻魔王より現世浄化のため、亡くなった先祖を再びこの世に迎え
供養する「精霊迎え」の法儀を授かったと伝えられております。
その精霊迎えの根本道場として、当時朱雀大路(千本通り)は風葬の地の入り口
(蓮台野)と言われていたこの地に篁卿自ら閻魔法王の姿を建立したことがゑんま堂
の始まりといわれております。
その後、寛仁元年(1017年)に比叡山恵心僧都源信の門弟定覚上人が藤原道長公の
後援を得て諸人化導引接仏道の道場として引接寺と命名され開山されたそうです。

閻魔様

書記 司録導1 検事 司命導

本堂中央には閻魔法王、右脇には司命尊、左脇には司禄尊が安置されています。
初代閻魔法王は応仁の乱の時に焼失し、現在の閻魔法王像は長享2年(1488年)に
定勢によって造られたものだそうです。

こんにゃく炊き こんにゃく

この千本ゑんま堂で2月2日3日と節分会が催されました。
さすが節分とあって今日はこの冬一番の冷え込みとなり、
名物 熱熱の ”こんにゃく煮き” がふるまわれました。

閻魔様は嘘を大罪とされ表裏のないこんにゃくが好物であったことからはじまった
とされ、こんにゃくは困厄に通じ困りごとで厄除けに力を仰ぐためとして信仰を
集め、中風除け、諸病納めのおまじないとして京の町では親しまれております。

このこんにゃく煮きは400円でこぶ茶付きで戴くことができます。

又3日節分当日の午後7時30分からは”ゑんま堂狂言”が行われました。
ゑんま堂狂言は京都市の無形民俗文化財とされ、ほとんどの演目でセリフが入ることが
大きな特徴とされております。

今回の出し物は「神埼渡し」「鬼の念仏」が披露されました。

狂言1 狂言2

狂言3

狂言4

坂東方の修行中の坊さんが境、住吉、天王寺へ参詣の旅に出かけましたが、修行中の
身で所持金もなく立ち寄った茶店で御茶代が払えません。あきれた茶店の主人は
かわいそうだと神埼川の渡し賃もタダにしてもらえる方法を教えてやりました。
それはしゃれ好きの船頭のために、古の名将薩摩守平忠度(たいらのただのり)に
引掛けて歌った句「平家の公達 薩摩守 心を問わば ただのり」としゃれて船賃を
ただにしてもらうというものでした。 がその坊さんは途中でふとその洒落を途中
から忘れてしまい船頭さんにあれやこれや言い逃れをし、ついには思い出して許して
もらうというお話です。

狂言5 狂言6

狂言7

狂言8

鬼の待つ六道に亡者が一人落ちてきます。鬼は亡者をせめようと鉄杖をふりあげますが
亡者のとなえる念仏の力にどうしても負けてしまいます。かなわないと鬼は亡者を極楽
へ追いあげようとしますが、亡者は念仏で地獄で苦しむ罪人を助けようと策をねります
鬼の鉄杖を捨てさせ、虎のちゃんちゃんこを脱がせ、かわりに十徳を着せ、念仏の鐘を
掛けさせ念仏を唱えさせます。そして亡者は罪人を助け極楽へ行くというお話です。

閻魔様の前で演じられ、ユーモラスでセリフが入るので解りやすく節分にふさわしい
趣のある楽しい演目でした。

この後狂言演者や関係者、虎年の人による豆まきが行われ、今年も厄を祓い
無事過ごせるようにといのりました。

千本ゑんま堂では5月にも狂言が行われます。
アクセスは市バス206、95、千本鞍馬口下車すぐです。

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