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五大力尊仁王会
2010 / 02 / 23 ( Tue )
五大力尊仁王会

京の都では2月23日は五大力さんとして信仰を集めています。
五大力さんといえば醍醐寺といわれ、柴灯護摩供養が行われ、力持ち比べが
行われ多くの参拝者が訪れますが、

        門

五大力2 五大力1

ここ聖護院門跡の塔頭で積善院準提堂でも今日は五大力尊仁王会が営まれました。

積善院は代々山伏を統轄した聖護院門跡の院家として鎌倉時代に開創され、
御本尊は準提観世音菩薩と不動明王を合祀されています。

準提観音

その準提観世音菩薩は文化12年(1815年)光格天皇の勅使により、天台宗の
豪潮律師により造立され聖護院盈仁(えいじん)親王が開眼されたようです。
五大力菩薩とは準提観世音菩薩の隋身として人々の家を守護される憤怒の
五人の菩薩様、「国土守護の仏様」で「家を守る」ことから「盗難除け」
「災難除け」の仏様として信仰を集めております。

護摩供養

毎年2月23日に秘仏「五大力菩薩」の御開帳が行われ、午前中は大般若経
六百巻を転読、午後は護摩供養が行われます。
五大力菩薩は 金剛吼菩薩、無畏十力吼菩薩、龍王吼菩薩、無量力吼菩薩、
雷電吼菩薩の五菩薩のこと)

今日も多くの参拝者が訪れ、御札を受けておられました。

加寿汁1 加寿汁2

又境内では五大力さんの力を頂く加寿汁の接待も行われていました。

人食い地蔵1 人食い地蔵2

境内には崇徳院地蔵(人食い地蔵)さんというのがありました。
崇徳天皇は平安末期保元、平治の乱の時平氏によって讃岐に流され、土牢に
八年間幽閉され、京都を恋い平氏を恨みながら憤死された。
その後15年の間に京都は大火・悪病流行・大地震と続きこれは上皇の祟りと
恐れその霊を慰めるために石地蔵を加茂川の近くに祀られた。
この地蔵尊は崇徳院地蔵というが、恐ろしい思い出はその後誰言うとなく
ストクインがヒトクイとなまり、「人食い地蔵」といわれてきたそうです。
明治以後積善院に祀られたそうです。

聖護院門跡へは東大路丸太町1筋上る東入る
市バス206、201、熊野神社前下車徒歩5分、京阪神宮丸太町下車8分のところです。

聖護院門跡についてはいずれ改めて。
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