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明治ロマンの道
2010 / 04 / 09 ( Fri )
明治ロマンの散策Ⅱ
 琵琶湖疏水の縁の散策


琵琶湖疏水の縁をたどり安朱橋を渡って毘沙門堂道へ入ると

瑞光院

瑞光院があります。
臨済宗の大徳寺派のお寺で山号を紫雲山と号します。
もともと堀川頭今宮御旅所下がるにあったものが昭和37年にこの地に
移されました。江戸初期浅野長政の別荘を山崎家が寺院にあらためられ、
後赤穂藩主浅野内匠頭の夫人瑶泉院の縁故で檀家となったそうです。
松の廊下の事件で切腹した浅野内匠頭の供養塔をつくって菩提を弔い、
元禄15年討ち入り後は四七士の遺髪を埋葬し、墓をつくられたという
赤穂浪士ゆかりのお寺で、通常非公開となっております。

毘沙門堂参道 毘沙門堂門柱

さらに参道の桜のトンネルを歩いていくと山科盆地の山腹に位置する
毘沙門堂門跡に参ります。

毘沙門堂階段 毘沙門堂門跡


毘沙門堂門跡は天台宗五箇室門跡のうちの一つ(三千院、曼殊院、
青蓮院、妙法院、毘沙門堂)正しくは護法山出雲寺と号します。
御本尊は毘沙門天(京の七福神のひとつ)
創建は大宝3年(703年)文武天皇の勅願で行基によって開山されました。
当時は出雲路(上京区・御所の北)にあったことから出雲寺と称されました。
その後度重なる戦乱から荒廃し、寛文5年(1665年)この地に再建されました。
後西天皇の皇子公弁法親王が入寺してから門跡寺院となりました。
御本尊の毘沙門天は天台宗開祖の伝教大師の自作で、根本中堂の御本尊
薬師如来の余材をもって刻まれたと伝えられております。
又毘沙門天の使いの寅にちなみ1月の初寅の日には福笹が授与されます。
商売繁盛、家内安全に御利益があるそうです。

仁王門な寛文5年(1665年)に建立されたもので急な階段の上にあり本堂
への入り口となっております。
この急な階段では学生の部活で足腰の訓練にしきりに上がり降りしている
傍らで、お年を召した方々が端の方をこれもまた足腰を鍛えるため徒歩で
手すりにつかまりながら上っていかれます。
いずれもありがたい階段なのですね!

毘沙門堂門跡には本堂、宸殿、宸殿の襖絵(狩野益信作 どの角度から
みても鑑賞者が中心となる)や霊殿、天井龍(狩野永叔主信作 見る角度
によって目の動きや顔が変化する)晩翠園(回遊式庭園「心字」)
などがあります。

毘沙門堂しだれ 毘沙門堂桜

しだれ桜やそめい吉野が満開となっていました。

歓喜天 聖天2
   瀧

毘沙門堂門跡から山手を上ってすぐのところにもともと毘沙門堂の塔頭
のうちのひとつであった雙林院(山科聖天)があります。
明治元年に大聖観喜天が祀られ「山科聖天」とよばれるようになったそうです。
又 お瀧不動尊も祀られています。
雙林院(山科聖天)から毘沙門堂道を戻って疏水沿いに歩を勧めます。

明治ロマンの散策Ⅲへと続きます。
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