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明治ロマンの道
2010 / 04 / 09 ( Fri )
明治ロマンの散策Ⅲ
 琵琶湖疏水の縁の散策


疏水ぞい 
毘沙門堂から安朱橋へもどり、疏水沿いに歩を進める。
両サイドはまさに桜花爛漫の様子をみせております。

途中洛東高校では今日は(8日)入学式が行われておりました。
入学式には桜、桜は私たちの人生の節目にはいつも傍にある花です。

安祥寺橋へ

疏水沿いにさらに歩を進めると、安祥寺橋へ参ります。

安祥寺 安祥寺2

橋を渡りすぐのところに安祥寺があります。
山号は吉祥山、高野山古義真言宗の別格本山 本尊は十一面観音
疏水縁に存在する最古の寺院で嘉祥元年(848年)に仁明天皇の女御
藤原順子(ふじわらののぶこ)の発願により創建され、その後皇室から
広大な寺領田園が寄進され貞観(859~877)末頃には山上、山下に大伽藍
をつくり塔頭700余りを数え、寺領は山科一帯に広がっていたそうです。
しかし平安末期頃勧修寺長史が安祥寺の事務を兼ね、寺領の実権を掌握
する従い、寺領は衰退し、戦国時代には荒廃してしましました。
以後高野山宝性院に属し、明治3年に独立したようです。
現在は非公開になっています。

お地蔵さん

安祥寺橋そすぎ、水路幅が広がったあたりが安祥寺舟溜り
船頭さんの休憩や時間調整のため一時舟が休むところがあります。

さらにすすむと疏水沿いにお地蔵さんが4体見えます。
やはり疏水で溺死した兄弟姉妹の菩提を弔うために祀られた慰霊の
お地蔵さんです。

本國寺橋 本國寺

さらに歩を進めると赤い本圀寺正嫡橋が見えてまいります。
橋と渡って入ると本圀寺があります。日蓮宗大本山のうちの一つで
山号を大光山と号します。御本尊は大曼荼羅
もともとは下京区猪熊通花屋町にあったのを昭和46年に移築されました。
豊臣秀吉や加藤清正らの援助を受けて繁栄し、江戸時代徳川光圀の保護を受け
本圀寺とされたと伝えられております。天明の大火で堂舎のほとんどが焼失
現在の建物はその後再建されたものだそうです。

本國寺 金釣鐘 本國寺 九頭龍弁財天

境内は黄金の輝きがあちこちでみられます。釣鐘、九後間龍弁財天、本堂の鯱鉾
と眩いばかりの黄金色の珍しい寺色のお寺です。

栗原亭

本圀寺を過ぎると珍しい洋館の建物が見えます。
鶴巻亭(現栗原亭)で建築家 本野清吾が建てた3階建のコンクリート造りで
建築当時世界的最新技術が採用された建物とされています。

本野清吾は明治15年東京生まれ父は鍋島藩出身で大蔵省から読売新聞社の
二代目社長の要職を務めた。
清吾は東京帝国大学建築科に入学、後恩師武田五一の招聘で京都工芸繊維大学教授
となり西陣織物館の設計等日本の初期モダニズム建築にトライした建築家です。

太鼓橋

この太鼓橋は明治37年に作られた鉄筋コンクリートの橋で国の史跡に指定されて
います。別名黒岩橋とも封じ山橋とも山ノ谷橋とも呼ばれているそうです。

第二トンネル 

        扁額

太鼓橋の先に第二トンネルが見えます。
疏水本線の中では最も短いトンネルで124m、トンネルの上には井上馨
扁額が掲げられています。
「仁以山悦智為水歓」(じんは山をもってよろこび、ちはみずとなってよろこぶ)
トンネルの向かい側には
西郷従道の「隋山到水源」(山にしたがい水源にいたる)が掲げられています。

この第二トンネルから第三トンネルを過ぎて蹴上へと続きます。

今回のこの明治ロマンの道をたどるコースは十石舟巡りとセットで
京都旅行業協同組合を通じて京都観光再発見懇話会がご案内をしております。
詳細は十石舟めぐりのチラシをご覧ください。
お問い合わせは075-321-7696へ
京都観光再発見懇話会ではこの他にも京都をご案内するメニューがあります。
  http://www.eonet.ne.jp/~kyotosaihakken/
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