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十輪寺
2010 / 06 / 07 ( Mon )
なりひら寺 十輪寺

十輪寺

平安時代の歌人『伊勢物語』の主人公でもある在原業平(ありわら なりひら)
が晩年隠棲したことから通称なりひら寺として都の人々に親しまれている
十輪寺がやはりこの西山大原野にあります。

山号は小塩山 ご本尊は延命地蔵菩薩(伝教大師作)
嘉祥3年(850年)文徳天皇の后(染殿皇后)の安産を願って創建されたそうで
地蔵菩薩の腹帯で皇后が無事安産されたことから腹帯地蔵ともいわれ
安産や子授を願うお寺としても信仰を集めております。

十輪寺本堂 十輪寺 迷わずの鐘

本堂はやはり応仁の乱で焼失してしまいましたが江戸中期寛延3年(1750年)に
再建され屋根は鳳輦形で天井にも彫刻が施され文化財にも指定されているそうです。
ご本尊の他に花山天皇が西国三十三番札所を巡拝されたときに自作の観音さまを
背負っていかれたという草分観世音、おいずる観音ともよばれる観音様が安置されて
います。

鐘楼は寛文6年(1666年)の建立で鐘は「不迷梵鐘(まよわずのかね」といわれ
文化財に指定されています。

十輪寺 塩釜 十輪寺 業平のお墓

在原業平は美男の代名詞とも言われ、恋多き歌人であったそうで、もとをたどれば
桓武天皇の子孫にもあたるといわれております。
伊勢物語の主人公ともされる業平は二条后藤原高子との悲恋は隠棲してから
この地で塩を焼いて紫煙をくゆらせ心を慰めていました。
ある時大原野神社に二条后が参拝に来られることを知り、かの地から思いを
託し塩を焼いて伝えたところ二条后は呼応するかのように悲しみ涙にくれた
といわれ、その塩釜が今も残され、毎年5月28日には業平忌が営まれています。

歌に ”大原や 小塩の山も けふこそは 神代のことも 思い出づらむ”
と詠まれています。

境内には業平のお墓も残されています。恋愛結婚成就の神ともいわれ若者は
お参りに訪れます。
古の昔は何とも時の流れもゆるやかで風流な暮らしがあったようです。

十輪寺にはなりひら紅葉もあり紅葉の頃は真っ赤に色づきそれは見事な
古刹です。

十輪寺へはJR向日町 阪急東向日より阪急バス小塩下車徒歩でまもなくです。
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