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伏見の三十石船・十石船
2010 / 06 / 09 ( Wed )
伏見の三十石船(十石船)

豊臣秀吉が伏見に城を築き、京都、大阪、近江を結び首都圏としたことは
有名であります。
商工業者を集め、城下町を形成、また大阪を結ぶ淀川水運の発着点と
して伏見の町を栄えさせました。
その名残が今も大名屋敷の名前が地名として残されております。
(紺屋町、材木町、魚屋町、船大工町、伯耆町、備後町 丹波橋、肥後橋等)

十石舟3 十石舟 

江戸時代になると船に米が三十石積めることから三十石船と呼ばれる
快速船が登場いたしました。
朝早く大阪を出発、夕方には伏見に到着、折り返し夜には京都を出発して
翌朝早く大阪に到着するという快速船は当時の人々にとってはそれは誠に
スピードのある最新の交通手段として生活に密着いたしました。
全盛期には六十艘以上の船が就航していたようです。

その三十石船は濠川から宇治川を通って淀川へと就航していましたが
時代とともに鉄道が発達し、幕末から明治の頃、時代の変遷を見送り
その役目を終え近年は伏見の観光にこの十石船と三十石船が再現されました。
毎年桜が咲くころ4月初めから紅葉の頃11月30日まで伏見の酒蔵から
幕末鳥羽伏見の戦い跡とともに賑わいを見せております。

十石舟めぐり 寺田屋
                        寺田屋を望む

十石舟2高瀬川
高瀬川との合流地点


十石船は長建寺前より所要時間約55分 
弁天橋を出発して伏見の酒蔵月桂冠大蔵記念館の建物~蓬莱橋~寺田屋~
角倉了以の顕彰碑~三栖閘門(水位の違う濠川と宇治川を結ぶために建設
された淀川舟運の歴史遺産)の資料館を見学後又もとのコースを帰ります。

途中濠川は高瀬川とも、琵琶湖疏水ともつながっていることを初めて
知ることができました。

宇治川
三栖閘門(濠川)から宇治川への合流地点

宇治川との合流地さすがに宇治川に出ると流れも速く水量も多くなります。

昔から水のあるところには町が栄え、人が集まり、良質の水があるところには
お米が、お酒が、野菜がと生活がどんどん広がって栄えてまいりました。
京の町はやはり豊富な水によって、先人たちの灌漑に助けられ素晴らしい町へと
発展してまいりました。

18 : 59 : 30 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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