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鴨川納涼床
2010 / 07 / 23 ( Fri )
京の風物詩 鴨川納涼床

床1

梅雨明けとともに、ギラギラ照りつける太陽が西に傾き、ホット一息つく頃
東山の稜線から比叡山の山並みと鴨川の流れに憩いを求め、京の都では、
鴨川納涼床でひとときを過ごします。

江戸時代から鴨川は四条川原のあたりで祇園町の繁栄とともに賑わいをみせ
はじめました。

見世物や物売りがでたり、出雲の阿国が歌舞伎踊りを披露したりと大勢の人々が
集まると、茶店ができ、水茶屋の床几が並んだりしました。
これが鴨川納涼床の始まりとされています。

特に祇園御霊会(祇園祭)の神輿洗いが鴨川で行われる7月は大勢の見物客で
賑わいを見せました。

寛文年間には石垣や堤が整備され、近くに先斗町や宮川町の花街が形成され、
北座、南座ができた江戸中期には約400軒余りの茶屋や床几が出されるまでの
賑わいを見せたようです。

その当時の床は鴨川の両岸や浅瀬に床几をおいたり、張り出し式のものや高床式
のものががあり「河原の涼み」と呼ばれていたようです。

その後明治27年には鴨川運河の開削や大正4年京阪電車鴨東線の三条京阪までの
延伸により東側の床が姿を消しました。

昭和の第二次大戦のときは灯火管制により姿を消しましたが、戦後の復興とともに
昭和27年「納涼床許可基準」が策定され、今日の「鴨川納涼床」へと変遷して参りました。


夜景

夜の帳が下りると床に灯された明かりは情緒を醸し出し、どこからか
フット風が頬を通り過ぎ、会話がはずみ、美味を味わう箸が進みます。

夜景2

最近ではこの床の姿もずいぶん変化し、京料理に限らず、中華料理があったり、
すき焼きがあったり、洋食があったりと庶民的になって、あちこちで
ビールで乾杯!など若者で賑わうお店も出てまいりました。

この床の出る期間も最近では5月から9月頃までと長くなって参りましたが
江戸時代の名残を伝える京の風物詩であり、文化が今日なお継承されております。
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