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新熊野神社
2010 / 10 / 16 ( Sat )
ご鎮座 850年祭 新熊野神社

鳥居 本殿

京の都、東山七条を南へ進むと新熊野神社(いまくまのじんじゃ)があります。
平安時代末期、永暦元年(1160年)後白河上皇によって創建されたものです。
ご祭神は熊野牟須美大神(別名イザナミ命)

後白河上皇が1158年退位された後お住まいとされた「法住院」の鎮守社として
紀州熊野権現本宮の祭神を勧請し創建されたのが新熊野神社で、鎮守寺として
創建されたのが三十三間堂であるといわれております。

新熊野神社をいまくまのと読むのは、紀州の古い熊野に対する京の新しい熊野
として当時の都人の人々が信仰していたことに由来するようです。

850年祭 神楽

その新熊野神社で今日は創建850年祭がおこなわれました。
本殿では神事や平家琵琶、巫女舞などが奉納されました。

大樟 ご神木

曼荼羅図 曼荼羅図2

曼荼羅3 曼荼羅4

曼荼羅5 後白河法皇坐像

当神社では今回の850年祭を記念して今一度信仰の原点に戻るという意味から、
神社創建当時からの御神木である「影向の大樟(ようごうのおおくすのき)
の一部を使って熊野本宮八葉曼荼羅に描かれている神々を彫って神仏集合の
木像がつくられ、神社裏手を熊野古道とみたて夫々安置されました。

その木造の入魂の儀式の後、ホラ貝の音とともに渡り初めが聖護院山伏を
先頭におこなわれました。

能楽発祥碑

また当神社は能楽発祥の地であるともいわれております。
文中3年(1374年)能楽の大成者世阿弥がまだ藤若丸と称していたころ、
父の観世清次と共に大和猿楽結崎座を率いて勧進協業を行っていたところ
室町幕府第三代将軍義満がその至芸に感激し、二人を同朋衆に加え
親子を夫々観阿弥、世阿弥と名乗らせたのが機縁であるといわれております。

時の将軍から援助を受けた世阿弥はその後猿楽の芸術性を高め今日の能楽
に大成させたと
伝えられ、その碑が境内に建てられております。

弁財天 大樟さんのさすり木

御神木影向の大樟は神仏が現れるといわれ樟龍弁財天として信仰されて
います。そのご神木は樹齢900年の老木でありながら現在もまだ成長を続けて
いるところから「健康長寿、病魔退散」「お腹の神様」として参拝者は
さすり木をさすり御利益を得ています。

新熊野神社へは京都駅から市バス208番 今熊野下車すぐです。
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