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美山の里
2010 / 11 / 09 ( Tue )
美山 かやぶきの里

国道162号線を高雄からさらに北に進むと京都府南丹市美山に参ります。
美山は昔の丹波の国で京都と丹波の国の玄関口ともいわる若狭小浜の中間点になります。

由良川(美山川)の清流と谷間のゆるい傾斜の間に小さな集落がみえてきます。
田園風景と山間の風光明媚ところにある集落が「美山のかやぶきの里」です。


     1集落

交流館 かやぶき

2かやぶき 資料館

このかやぶきの家屋は最も古い物は寛政8年(1796年)の建築で、その後
江戸時代に建てられたものが多く、北山型民家に分類さる特徴を持つようです。
入り母屋造りで土間は上げ庭、中央の棟木によって部屋を分ける、板壁
板戸に特徴があるそうです。

荘園時代の昔から暮らし向きは山稼ぎで家屋の資材は殆ど廻りの山や自然の恵み
で建てられたもので、その暮らしぶりは囲炉裏を囲み、豊かな四季折々の自然と
ともに営まれてまいりました。

今は50軒の集落で、そのうちかやぶきの家は38軒あります。

かやぶきで知られる岐阜県の白川郷や福島県の下郷とならんでその建築数は全国
3位に相当し、国の重要伝統的建造物保存地区に指定されています。

ここ美山のかやぶきの里では村人が出資をして有限会社かやぶきの里を設立し、
交流館やお土産処、きび工房などを運営して訪れる人々のくつろぎの場として
おもてなしをしておられます。
新鮮な地元で収穫された品々を販売し、人気を得ております。

地蔵尊 
集落の入り口には村のお地蔵様が見守っています。

普明寺 普明寺2

普明寺と呼ばれる曹洞宗のお寺があります。南北朝時代(14世紀中頃)の
春屋妙葩(しゅんおくみょうは)の創建とされておりますが、第二次大戦の
折に焼失、戦後再建されたものでそうです。

知井八幡宮

彫刻

知井八幡宮という知井地区の総社で延久3年(1071年)に創建されたものだそうです。

この八幡宮には甲賀三郎の大鹿退治の伝承があるそうです。
和銅6年(713年)この辺りに妖怪が出没し人々を恐怖に陥れました。
そこで天皇が占い師に占わせると、丹波の奥に棲む八つ頭の大鹿の仕業であると
判じたので、さっそく天皇は甲賀三郎兼家にその退治にあたらせました。
兼家は首尾よく大鹿を退治することができた、これも神恩の賜と感謝し、この地に
社を建てたのが、知井八幡宮の起源とされているようです。
その後大鹿退治に従った家来たちの中にはこの地に留まり氏子としてこの
知井八幡宮を守ってきて今日にいたるようです。

現在の社殿は明和4年(1767年)に再建されたもので、本殿の建築、装飾彫刻は
江戸時代中期以降の丹波地方の社寺建築の代表的なもので京都府の文化財に登録
されているようです。
その細工は非常に細かく重厚なもので、菊の御紋が掲げられた立派なお社です。


美山の里も丁度紅葉が色づきはじめこれから観光に訪れる人も多くなります。
今月の23日には防火のための一斉放水が行われる予定となっております。

長閑な自然を満喫できるすばらしいところです。お出かけはお車が便利です。
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コメント
--こんなに遠いところまで?--

美山まで100キロありますよ、どのようにしてお行きになったのですか?
ご自分で運転して行かれたのですか?すごいバイタリティーですね!
美山は素晴らしいところで私は四季毎に年間10回は行きますがいつも遠いな~と嘆いています、でも茅葺だけでなく芦生・佐々里・洞地区と魅力の場所が色々あって飽きません。
by: kamogawa35 * 2010/11/10 22:55 * URL [ 編集] | page top↑
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