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法住寺
2010 / 12 / 14 ( Tue )
義士会法要 法住寺


12月14日は忠臣蔵で誰もが知る主君浅野匠守の仇討を赤穂浪士47人が
見事果たした日、元禄15年(1702年)のことです。

歌舞伎、映画など毎年この時期になると演じられる代表作でもあります。
折しも今年も南座の顔見せでは中村吉右衛門さんが仮名手本忠臣蔵の七段目
で大星由良之助を演じておられます。
290年たった今も語り継がれる仇討はこれに勝るものはないと思われます。

本懐をとげた47人の義士を偲んだ法要が京の都では縁のお寺や神社で
行われております。

ここ東山区にある法住寺でも今日は義士会の法要が行われました。

義士会法要 門

        松と門

法住寺は天台宗のお寺で、御本尊は身代不動明王
永祚元年(989年)藤原為光によって創建されました。
当時は本堂(釈迦堂)をはじめ法華三昧堂、常行三昧堂などがあり大層栄えて
いましたが長元5年(1032年)に焼失し、現在の法住寺は応保元年(1161年)
後白河天皇が法住寺の地に御所法住寺殿と定められたことによります。
その後後白河天皇崩御後御陵寺院とされましたが、明治に御陵と寺地分離
により大興徳院の寺号をもつようになりました。
昭和30年には法住寺の名を止めるため大興徳院は法住寺に復称されるように
なりました。

身代わり不動明王  義士会

大石内蔵助は山科に閑居して仇討の好機を待ちうける日々の中でこの法住寺
の身代り不動明王に詣でて大願成就を祈願されたそうです。
また法住寺は妙法院の院家であるところから、宮方を通じて公儀の情勢を
窺い、同士との連絡、会合の場所にもこの法住寺を使われたところから
こちらでは永く義士の遺徳を伝えるため木像を安置し、毎年法要を営まれて
います。
今日も朝10時30分から本堂の身代り不動明王の前で法要があり、その後
島原の菊川太夫による道中が奉納されました。

     太夫道中2


菊川太夫2 八文字道中

大石内蔵助は島原にもしばしば遊興に赴きましたので島原とはご縁があり、
道中披露で供養されました。
太夫の着物は京刺繍の素晴らしい打ち掛け、帯、簪は中々お目にかかる
ことのできない見事なものでした。八文字も見事にこなされていました。


茶席 お菓子

お茶席では宮川町から舞妓さんによるお手前で献茶式が行われました。

 舞妓さん 菊川太夫

太夫も見守るなか可愛い舞妓さんのしなやかな手さばきでお茶がたてられました。
勿論舞妓さんの簪は顔見せの簪で御贔屓のお二人の歌舞伎俳優のサインが入って
いました。


          討ち入りそば

討ち入りそばも振舞われていました。おだしがとても美味しいお蕎麦でした。
お茶とお蕎麦は1000円で頂くことができます。

今年も義士を偲ぶ法要が行われ、又次の世代へと語り継がれて参ります。
法住寺へは東山七条から国立博物館前を徒歩3分くらいでいくことができます。
身代り不動明王は威圧を感じる厳かな仏像です。
 
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