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行願寺
2011 / 01 / 12 ( Wed )
京の七福神 革堂(行願寺)

京の寺町の丸太町を下がった(南入る)ところに革堂というお寺があります。
正式には山号を霊麀山(れいゆうざん)寺名を行願寺(ぎょうがんじ)
いいます。

門 本堂

行願寺は天台宗に属し、ご本尊は千手観音菩薩。
開山の行円上人は備後国速見郡の方で、かって山中で鹿を射止め、そのお腹
より小鹿が出てきたのを憐れんで仏心を起し、その革を衣にして念仏した
といわれ、寛弘元年(1004年)京に上り、賀茂明神から授かった神木で
千手観音像を刻み当寺を建立したことに始まるとされております。
境内には鎌倉時代の作とされる高さ3mの五輪の石塔「加茂大明神」
が祀られております。

加茂大明神

行円上人は常に革衣を着用していたことから革聖と呼ばれ、お寺も「革堂さん」
呼ばれるようになり町堂として京の都では親しまれております。

その後応仁の乱や大火に遭い、転々と移転したものの、現在地に移り、現在の
建物は文化年間(1804年~1818年)に再建され現在に至ります。

革堂は西国三十三か所観音霊場の第19番札所で唯一の尼寺札所でもあります。

七福神1

革堂(行願寺)の境内には寿老人神堂が建てられていて寿老人が祀られております
そのとなりに小さな七福神の石造が建てられております。

寿老人は南極星の化身であったとか、福徳、財運、長寿にご利益があるとされて
おります。

又革堂(行願寺)には幽霊の絵馬があることでも知られております。
この絵馬には悲しい伝説があります。

江戸時代の終わりころ行願寺の近くに質屋があり、そこに奉公していたお文という
子守女が毎日聞きなれたご詠歌を歌って子守歌代わりにしていたら、その子供も
ご詠歌を諳んじるようになりました。質屋の主人は熱心な法華信者であったため
このことを咎め、お文を折檻して死なせてしまいました。主人は慌てて遺体を
土蔵に隠して知らんふりをしておりましたが、お文の通夜を行願寺で両親が営んで
いた時に幽霊が表われ事の次第を明らかにしたため、質屋の主人は捕らえられた
そうです。そのお文の霊を慰めるための絵馬にお文の遺愛の手鏡がはめ込まれ
今も残されているというものです。

革堂(行願寺)へは寺町通を丸太町から下がってすぐの東側にあります。
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