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吉田神社
2011 / 02 / 02 ( Wed )
京の節分会 追儺式 吉田神社

2月3日は節分。 京の神社や寺院では節分の行事がいろいろな趣向で
厄を祓い、一年の無事を祈願して行われます。

厳しい寒中の中休みとなった今日は比較的暖かく穏やかな一日、
京の左京区吉田山の麓にある吉田神社では2月2,3,4日と三日間にわたって
節分会が行われ毎年多くの参拝者で賑わいます。

参道2 参道

吉田神社は貞観元年(859年)藤原山蔭が大和の春日の神を吉田山山麓に勧請し、
氏神として祀ったことにより始まります。
以来藤原氏の京都の氏神として朝廷からも崇敬をうけたとされています。
ご祭神は建御賀豆知命(たけみかづちのみこと)、伊波比主命(いわいぬしのみこと)
天之子八根命(あめのこやねのみこと)、比売神(ひめかみ)


     手水鉢


絵馬 お守り

福豆 福びき

節分会では絵馬や護符、疫神斎や福引付きの福豆の販売がされております。
福引の景品が協賛で多くの豪華景品が提供されています。

       追難式場

追難式の行われる本殿には参拝者に人波が途切れることがありません。

菓祖社 2菓祖社

末社には神龍社や稲荷社、天満宮、稲荷小社、菓祖社、三社社、山蔭神社など
多くの末社が祀られております。
その中でも菓祖社ではお菓子やお茶の接待がされていて賑わっていました。

大元宮 大元宮 社

節分祭の本宮である大元宮は応仁の乱・文明の乱によって吉田神社が荒廃していた
のを神官の吉田兼倶が唯一神道を唱え、天神地祇八百萬神を祀る大元宮を創設した
と伝えられ、現在の社は慶長6年(1601年)の修復で母屋が平面八角形をした珍しい
形で重要文化財に指定されております。

大元宮2 末社

大元宮には厄塚が設けられていて節分信仰の中心とされております。
厄神や心に潜む鬼を塚に封じ込め社殿に繋がった注連縄により八百萬の神との
感応を願い一年の健康を祈ります。

2日の朝からは大元宮に於いて、門外に疫神を祭り「荒振る事なく山川の清き
地に鎮ります」事を祈り神酒洗米がまかれる「疫神祭」が行われます。

竹中社 追難式

午後6時から本殿で追儺式がおこなわれますが、その出発点とされる竹中稲荷社から
行列がはじまります。


      追難式2

追儺式は平安朝の初期より毎年宮中にて執り行われてきたもので、大舎人が黄金の
四つ目の仮面を被り玄衣朱裳を着装し楯矛を持って方相氏(ほうそうし)
なって小童多数を従え陰陽師祭文を奏し、大声で三度楯を打ち疫鬼を追い払うと
いう儀式で一般に「鬼やらい」ともいわれるております。

その方相氏が竹中稲荷社から本殿へと出発いたします。


赤鬼 黄鬼

青鬼 鬼2

赤鬼、青鬼、黄鬼も勇ましく、行列の最後に続きます。
参道を降りて行く途中では金棒をふりまわしたり、子供に被いかかったり、
「ウオー」と大声を発して威勢よく練り歩きます。
特に小さな子供たちはお父さん、お母さんにしがみついて、泣きだして
います。
本殿前で行われる追儺式は人、人、人、で2時間前にはも並んでおられとても見る
ことはできません。

火炉


3日は午後11時から参拝者から納められた古い神札を積み上げ36枚の小土器
に濁酒をお供えし祝詞の後焼き上げる「火炉祭」が行われます。

京のみやこではこのようにして節分で厄を祓い神の加護を請い一年の無事を祈願して
春を迎える準備にかかります。
梅の開花の便りとともに朗らかな春の訪れを目前に今しばらく京の底冷えを
凌いで参ります。
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