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本満寺
2011 / 04 / 02 ( Sat )
桜だより 本満寺

東日本大震災の被害は甚大なるもので、いまだ原子力の終息はみえません。
しかし、被災地では少しずつ復興へと動きはじめました。

今京都にいる私達が現下で出来ることを精一杯し、被災地に勇気が与え
られるようエールを送りたいと思います。

京都には今年も桜が咲きはじめました。例年よりやや遅めの開花です。
季節は悲しい出来事も、うれしい出来事も全て包み込み間違いなく巡って
まいります。

京の寺町今出川を上がって(北へ)いったところに本満寺があります。

門2 扁額

本満寺は山号を廣布山といいます。ご本尊は十界曼荼羅日蓮宗のお寺で
応永17年(1410年)関白近衛道嗣の長男にあたる日秀が今出川新町に創建、
近衛家内道場として繁栄していました。
天文法華の乱の後、天文8年(1539年)関白近衛尚通が現在地に再興、
後奈良天皇の勅願所となりました。

宝暦元年(1751年)には徳川吉宗の病気平癒を日鳳が祈願したことから
徳川家の祈願所ともなったようです。
寺宝の紺紙金字一字法塔法華経並普賢経9巻は重要文化に指定されています。

桜

桜2

境内を入ると見事なしだれ桜が咲き始めました。現在8分咲き位です。
朝からカメラに納める方々の参拝が続いております。
可憐な一重の花々は競い合って春の光を浴び訪れた人を楽しませてくれます。

六地蔵

境内の奥には六地蔵がまつられております。
夫々に冬の間お帽子を被せてもらっています。
六地蔵の由来は地蔵が六道を(地獄、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道)
輪廻転生する衆生を救済するということから六つの分身を考えて六地蔵を
信仰することからはじまったと書かれております。

山中鹿之助の墓

又こちらでは戦国の武将で尼子家に仕え、毛利元就との戦いに敗れ再興に
奔走した山中鹿之助のお墓が祀られております。
山中鹿之助は三日月に向かって「願わくば我に艱難辛苦を与えたまえ」と
祈りながら尼子家の再興に奔走したと伝えられております。
一時京都にも滞在し、織田信長時代に豊臣秀吉にも仕えたとされております。

本満寺へは京都駅から市バス205番で河原町今出川下車寺町通を北へ徒歩
10分位です。
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