FC2ブログ
流鏑馬神事
2011 / 05 / 03 ( Tue )
下鴨神社 流鏑馬神事

京の都では毎年五月の新緑の頃「葵祭」が下鴨神社、上賀茂神社の両社で行われます。
その祭事は5月1日の月次祭から、3日の流鏑馬神事、4日の斎王代御禊の儀、5日の更衣祭
歩射神事、7日献茶式、9日献花式、12日御蔭祭、14日琵琶湖鮒奉納、15日葵祭(社頭の儀
走馬の儀、狂言奉納)17日煎茶献茶祭 と夫々の行事が17日間に亘って行われます。

それらの一つ一つの行事はどれも優雅で典雅な趣があり、京に都があったかっての王朝
風俗の伝統を垣間見ることができます。

その葵祭の前儀として行われる流鏑馬神事は葵祭が御所より当神社までの道中平穏無事
行われるよう祓い清める神事として今日(3日)下鴨神社の馬場で行われました。

この流鏑馬は雄略天皇の即位の年(457年)「騁射」を行ったとして『続日本書紀』に
記されるほど古い歴史を有するそうです。

途中文亀2年(1502年)葵祭の路頭の儀が中絶したことにより流鏑馬神事も中断いたし
ましたが、昭和48年下鴨神社式年遷宮の記念行事として復活し、以後今日まで
伝承されております。


午後1時から中門、舞殿にて流鏑馬神事斎行の儀式が行われた後、関係が行列を
なして馬場へと向かわれます。

行列4

行列2

的

行列3

葵祭の流鏑馬神事は長官代をはじめ射手、的持、弓持の方々も公家風に衣裳で
典雅な様相です。

行列5

馬場は今は新緑で若葉も青々と生気がみなぎり、的を射る射手も清閑で凛々しく
衣裳は束帯姿でこれから騎射初めの許可を頂きに行くところです。

小笠原流4 小笠原流5

この流鏑馬神事を努める射手は弓馬術礼法小笠原流が勤めておられます。
小笠原家は清和天皇を始祖とする清和源氏の流れをくみ、徳川時代には糾法師範を
勤めるという名門の礼法を持たれるそうです。

行司

流鏑馬は下鴨神社の馬場全長500mの間に3本の的が100m毎にがおかれその的を目
がけて矢を射る勇壮な神事で、馬場元役の軍扇の合図で馬が駆けてまいります。

流鏑馬5

人馬一体となって「イン、ヨー」の掛け声も勇ましく500mは あっと言う間に
駆け抜けていきます。 今まさに弓を放とうとしているところ、シャッターチャンス
は非常にむつかしいです。

一の的、二の的、三の的とわずか100mの間隔で態勢を立て直しながら
的を射ることは至難の技、この時は三つとも的中いたしました。

騎手

”お見事”、ビシッと杉板の的を射ることができました。
疾走している馬上のその姿もまた素晴らしく美しいものです。

流鏑馬4

的を射た後は砂を蹴って、意気揚々と駆け抜けていきました。

的を見事射ることができると射手が神様の帛を賜ります。
その時射手は騎馬のまま鞭を差し出して拝受しその帛を肩にかけると
いう作法も披露されるようです。

今年も無事流鏑馬神事は勇壮におこなわれました。
23 : 03 : 31 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<葵祭 斎王代禊の儀 | ホーム | 神泉苑>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://kyonoazemichi.blog60.fc2.com/tb.php/316-7424210c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |