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愛宕念仏寺
2011 / 07 / 23 ( Sat )
愛宕念仏寺(おたぎ ねんぶつじ)

京都の奥嵯峨鳥居本深谷町に愛宕念仏寺(おたぎ ねんぶつじ)があります。

石柱 石柱2

天台宗に属し、ご本尊は厄除け千手観音、洛陽三十三所観音霊場の第十六番
札所とされています。

この愛宕念仏寺は称徳天皇(764~770年)の開基で山城の国愛宕郡に建立されました。
今の東山区松原通大和大路西入辺りで当時はこの辺りは愛宕郡(おたぎのごおり)と
呼ばれておりました。

平安朝の初め、鴨川の洪水により堂宇が流失したため、天台宗の阿闍梨伝燈大法師
千観内供(せんかんないぐ)によって再興されました。
これにより天台宗の末寺となり、等覚山愛宕院と号しました。
千観内供は生涯仏名を唱えて絶えることがなかったので世に念仏上人ともいわれ
当寺を愛宕念仏寺と称するようになりました。
大正11年(1922年)に当地に移築され、その後荒廃していましたが、

仏師で三十三間堂の千体千手観音や広隆寺の弥勒菩薩、平等院の阿弥陀如来等
の修復で名高い僧の西村公朝上人によって再建されました。

仁王門

仁王門は江戸中期の建立で仁王像は鎌倉時代初期のものとされていて、京都市の
指定文化財に登録されています。

本堂

本堂は鎌倉時代に建立されたもので、度々移築されて補修はされているが
方五間、単層入母屋造で和様建築の代表的遺構として「国の重要文化財」
指定されています。

千二百羅漢3

仏師の西村公朝上人は「何とかして現代を生きる人々にも仏の教えを身近に
感じてもらいたい」ということから一般参拝者に「羅漢を彫る」ことを呼び
かけたところ全国から人々が集まり、10年後には1200体の羅漢が境内を
埋め尽くすまでにひろまりました。
これにより西村公朝上人は天台大仏師法院号を授けられました。
彫られたお顔は皆それぞれ違って、その祈りの様相が表されております。

本堂より

本堂よりお庭の眺め。鄙びた佇まいは喧噪を忘れさせ、ほっと心休まる
ひとときです。

ふれあい観音堂

境内にはふれあい観音がおられます。
触れることによって人々の心身の痛みを癒してくださる観音さまです。

三宝の鐘

こちらの鐘は「三宝の鐘」といわれ仏法僧の三鐘がつるされ、その音律に
よって仏の心を自然界に伝えると言われております。

地蔵堂

地蔵堂は平安初期に造られた火除け地蔵菩薩坐像祀られております。
構造は清水寺のように懸造りの様式がとられております。


愛宕念仏寺へはJR嵯峨嵐山駅より京都バス清滝行きで愛宕寺前下車です。
  
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