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誓願寺
2011 / 08 / 06 ( Sat )
落語発祥の地 誓願寺

新京極通りの三条を下がっていくと東側に「誓願寺」が見えてきます。

誓願寺

誓願寺は、浄土宗の西山深草派の総本山で、山号を深草山と号し、
ご本尊は阿弥陀如来をお祀りしています。

歴史は古く、飛鳥時代(667年)天智天皇の勅願により奈良に創建されました。
鎌倉初期には一条小川(現在の上京区誓願寺通小川西)に移転し、天正19年
豊臣秀吉の都市計画により三条寺町に移転し、今日にいたります。

当時は6500坪もある広大な寺領で、表門は寺町六角に北門は三条通りに面し
塔頭寺院が18カ寺もあったそうです。

また三条~四条間の寺町通りには大小11カ寺もあり、大層賑わっていたようです。

この辺りは京都の中心地でもあり、戦乱の影響も受けやすくこれまで10回も
火災にあいました。
明治になって新京極通りが作られ4800坪余りの土地は没収されたりして寺領は
狭くなりましたが、熱心な信者の方々の結縁により今日なお守られております。

石柱

本堂

現在の本堂は昭和39年(1964年)に鉄筋コンクリート造りに建て替えられました。

扇塚

扇塚は世阿弥の作による謡曲の「誓願寺」のなかで、和泉式部が歌舞の菩薩として
現れたことが書かれていて、能楽はじめめ舞踊家の方々から多く信仰を集め、
参詣者が扇塚に芸上達を祈願して扇子を奉納するといわれるものです。

扇塚2

また、誓願寺の第55世策伝日快上人(1554~1642)は優れた説教師でもあり、
文人でもあられ、小堀遠州や松永貞徳とも親交があったといわれております。

策伝上人はお経を判り易く、親しみやすく説くために笑い話を交えお話された
そうで、それらのお話を集め『醒睡笑(せいすいしょう)』8巻にまとめられ
ました。これが後に落語のネタ本となつたことにより「落語の祖」とも呼ばれ
誓願寺も落語発祥の地として知られるようになりました。

迷いご石柱

誓願寺の門前には「迷子みちしるべ」という石柱が建てられております。
右側に「教しゆる方」左側に「さがす方」と彫られていて、その当時は
警察制度がなかったので、人々は迷子や落としものをした人は
探す方へ、又拾ったり、迷い子を見つけた人は教える方へ紙に書いて
この石に貼り付けたもので、多く人の集まる処へこの紙を頼りに
迷い子を探し訪ねてきたものです。昔の名残がここに残されております。

新京極通りにはこのように由緒深いお寺があります。
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