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知恩院
2011 / 10 / 05 ( Wed )
知恩院 法然上人800年大遠忌

京の浄土宗の総本山「知恩院」は正式には華頂山大谷寺知恩教院といいます。
法然上人が東山大谷の吉水に設けた坊舎に始まります。
法然上人が建暦2年(1212年)没後弟子の信空が廟堂を建立、幾多の変遷の後
豊臣秀吉や徳川家康の援助を受け壮大な伽藍が形成されました。

元和5年(1619年)には御陽成天皇の第八皇子直輔親王が良純法親王と号し、
初代宮門跡となりました。

その開祖法然上人が入滅されてより今年は800年という記念遠忌の年を迎えます。
当初は春にその記念の大遠忌が催されることになっておりましたが、東日本大震災
により秋に延期され、10月2日から10月25日までの日程で始まりました。

大遠忌

大遠忌には全国各地から檀信徒の方々が日々参拝されます。

三門

三門2

徳川第2代将軍秀忠公の命により建立された三門は国宝に指定されています。
高さ24m、横幅50mという壮大な三門で、京の三大三門とされています。
他は南禅寺の三門、東福寺の三門(国宝)

その三門を潜って境内へと入ります。

本堂1

三門を潜ると大殿っと呼ばれる御影堂の勇姿が目に入ります。
寛永16年(1639年)に徳川家第三代将軍家光公によって再建されたお堂は
国宝に指定されています。

内陣には法然上人をお祀りし、ここで大法要や法話が行われます。
一般参拝者も法話を聞くことができます。

勢至堂

御影堂からさらに高台へ石段をのぼっていくと勢至堂に参ります。

ここは法然上人が承元元年(1207年)弟子の住連坊、安楽房が官女を出家
させた咎により後鳥羽法王の怒りをかい土佐に配流されて、建暦元年(1211年)
に帰洛してから終焉をむかえられるまでこの辺り大谷禅房に住まいされていた所です。
知恩院の建物の中でも最古の建物となっております。

現在はご本尊には勢至菩薩が祀られていて勢至堂と名付けられています。
堂内正面には「知恩教院」とい後奈良天皇の宸翰の額が掲げられていて
ここが知恩院の発祥の地ともなっています。

ここでも多くの参拝者の方々がお参りされていて、法話が行われています。

廟堂

勢至堂の上には法然上人の遺骨が納められている廟堂があります。
現在の廟堂は寛永18年(1613年)常陸の国土浦城主松平伊豆守によって
再建されたものです。

参拝


参拝2

この廟堂でお導師始め、随僧の方々による参拝式が儀式に則り参列を
なして行われています。

法然上人の遠忌は江戸時代中期より500年忌から受け継がれ節目によって
盛大に行われている伝統的な法要で、今年は特に800年という大きな
節目を迎えました。

この遠忌の間には今回の東日本大震災によって罹災された方々の供養の
法要も行われることになっています。御冥福をお祈りいたします。
22 : 21 : 55 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
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連日のアップすごいエネルギーです、石塀小路なんかとても雰囲気が良い写真ですね!
勿論れ山観音も知恩院も素晴らしい・・・・
by: 鴨川ランナー * 2011/10/10 16:46 * URL [ 編集] | page top↑
--Re: タイトルなし--

> 連日のアップすごいエネルギーです、石塀小路なんかとても雰囲気が良い写真ですね!
> 勿論れ山観音も知恩院も素晴らしい・・・・


鴨川ランナー様、いつもご支援ありがとうございます。写真はとても足元にも
及びません。京都の方は勿論のこと京都以外にお住まいの方々により楽しんで頂ければと
思っております。今後ともよろしくお願いいたします
by: カンナ * 2011/10/10 21:43 * URL [ 編集] | page top↑
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