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京都御苑 閑院宮邸跡
2011 / 10 / 21 ( Fri )
京都御苑 閑院宮邸跡

平安京が営まれた当初京都の内裏(御所)は千本丸太町付近におかれていました。
天徳4年(960年)には大火に遭い、その後も度々火災に遭い、天皇はその都度
公家の邸宅を借りて住まいされていてこれを里内裏といいました。

現在の京都御所は土御門東洞院殿と言われた里内裏で安政2年に再興されました。

この里内裏が今の京都御所となり、現在地には当時公家の屋敷が200近く
ありましたが、明治になって天皇が東京に行かれて以後、公家衆も東京に
行ってしまわれたので御所は狐狸の棲家となってしまいました。

明治10年になって明治天皇がこの衰退を憂い、整備するようにとの沙汰が
あり御所周辺の宮家や公家屋敷が取り壊され御苑として整備市民の憩いの
場となりました。

その京都御苑の西南、堺町御門を入ってすぐ西に閑院宮邸跡があります。

閑院宮

閑院宮家は伏見宮、桂宮、有栖川宮家と並ぶ江戸時代の四親王家一つで
東山天皇の皇子直仁親王が始祖として宝永7年(1710年)に創立され
ました。

明治10年東京に移るまでこの地で邸宅として住まいされていました。
その後は華族会や裁判所として使用されていました。

明治16年に旧宮内省京都支局が設置された際に現在の建物になりました。

玄関松


宮玄関

公家屋敷としての面影を残し、平成15年から3年がかりで改修され、現在は
収納展示室などとして一般公開されています。

主屋は木造平屋建ての四つの棟で構成されていて、収納展示室は書院造りと
なっています。


系図


系図2

系図は初代直仁親王・・・典仁親王・・・美仁親王・・・孝仁親王・・・
愛仁親王・・・戴仁親王・・・伏見宮親王・・・純仁親王と続きます。


猿の腰掛

御苑内の猿の腰掛

庭2

閑院宮邸の敷地面積は約9500㎡で築地塀に囲まれ、敷地内東南に
作庭当時(18世紀中ごろ)の遺構が残されて復元された庭園があります。

庭

庭3

閑院宮邸跡では様々な写真や出土品の展示や京都御苑の自然と
歴史についての解説も聞くことができます。
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