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竜安寺七陵
2011 / 10 / 26 ( Wed )
竜安寺七陵

地図2

竜安寺は鏡容池の奥に方丈があり、石庭があり、その奥に開山の
眠る義天玄承のお墓や細川勝元のお墓があります。

義天玄承の墓
開山義天玄承の墓

竜安寺細川勝元墓
細川勝元の墓 享年49歳と書かれています。

竜安寺の裏は衣笠山、妙見嶽、朱山、大内山、住吉山と連山が続きます。

広大な面積を有している竜安寺の裏に竜安寺七陵という御陵が
あります。

現在の竜安寺のある地は天元6年(983年)ころ円融天皇の勅願寺「円融寺」
あったところとされ、鏡容池はその園池であったとされています。
圓融寺が衰退した後、藤原実態が山荘を建て徳大寺を建立いたしました。
宝徳2年細川勝元が徳大寺家の別荘を譲り受け竜安寺を創建いたしました。

この円融寺のあったあたりには平安中期以降四圓寺とされる
圓融寺、圓教寺、圓乗寺、圓宗寺が仁和寺の東、南に面して建立された
勅願寺がありました。

圓融寺は圓融天皇の、圓教寺は一条天皇、圓乗寺は御冷泉天皇、
圓宗寺は御三条天皇の夫々御願寺として建立されました。

これらの寺は天元6年より約87年間建立され、衣笠山を背景に堂塔伽藍を
並べ盛観な様相であったようですが、大火によって焼亡し、現在は
住宅地となってその面影もなくなりました。

が竜安寺の後ろの朱山には当時の天皇の御霊、七陵が祀られております。

竜安寺七陵1 竜安寺七陵2

竜安寺七陵3

後冷泉天皇円教寺陵

後朱雀天皇円乗寺陵

後三条天皇円宗寺陵

後朱雀天皇皇后禎子内親王円乗寺陵

七陵は後朱雀天皇圓乗寺陵、御冷泉天皇圓教寺陵、御三条天皇圓宗寺陵
一条天皇圓融寺陵、堀河天皇後圓教寺陵、後朱雀天皇皇后禎子内親王陵
円融天皇御火葬所の七陵で夫々円墳であるようです。

あまり知られていない竜安寺の歴史背景のご紹介です。
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