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三十三間堂
2012 / 01 / 11 ( Wed )
国宝 三十三間堂

京都東山七条に三十三間堂があります。
正式には蓮華王院といい、ご本尊は千手観音(十一面千手千眼観世音)

長寛2年(1164年)鳥辺山麓(現・阿弥陀け峯)の「法住寺殿」の一画に
平清盛が造進したのが始まりといわれております。

その後約80年後に焼失したが、文永3年(1266年)に再建されました。
室町・桃山・江戸・昭和と4度の大修理が行われ700年間に亘り現在に至ります。

本堂は入母屋・本瓦葺の総檜造りで約120メートルあり正面の柱の数が
33あるところから「三十三間堂」と呼ばれております。
本堂は国宝で、院政期における浄土教寺院の阿弥陀堂の空間構成を今に
伝える代表的遺構といわれています。


門柱

普門閣


本堂

堂内には1001体の観音像(檜材の寄木造)、中尊(国宝)は仏師湛慶82歳の
時の造像、また国宝の風神・雷神は鎌倉時代のもので躍動的で畏怖を
覚えるような表情、「五穀豊穣をもたらす神」として信仰されています。

又、国宝の28部衆像も目には水晶がはめこまれた「玉眼」はそれぞれに
迫真的な形相で迫ってくるようです。

1,001体の観音像は同じようにみえても夫々表情が違っていて、ゆっくり
見ていると一日かかりそうです。

何とも見事な仏像群を拝観することができます。

本堂2

東大門の両側にはお庭(池泉)がはいされております。

お庭

法然塔(名号石)
元久元年(1204年)時の土御門天皇が当院で後白河法皇の13回忌を営まれた時
法然上人が音曲に秀でた僧を伴って「六時礼賛」という法要を行ったその時の
遺跡として建立されたものだそうです。

法然塔

後白河法皇記念碑

夜泣泉
御堂創建の翌年(1165年)ひとりの僧が夢のお告げにより発見した霊泉で
『古今著門集』には「いつも冷たく美味しく飲んでもお腹をいためることがない」
不思議な泉「極楽井」だと記されているそうです。
汲んでも尽きず、汲まない時もあまることのない不思議な泉だとも
夜のしじまに水の湧きだす音が人の”すすり泣き”に似ているところから
夜泣き泉と呼ばれ、いつのころからか傍らに地蔵尊が奉られ、特に幼児の夜泣きに
ご利益があるとかでお地蔵様のよだれかけを持ち帰り子供の枕の下に敷くいいとして
参拝を集めていると書かれています。

夜泣き泉

鐘楼

太閤塀
南大門に続く築地塀は太閤塀と呼ばれ高さ5.3m、長さ9mあります。
その塀の瓦に太閤桐の模様を用いたところから太閤塀と呼ばれるようになり
桃山時代の気風あふれる遺構と伝えられています。


太閤塀

太閤塀瓦

1月15日には柳のお加持が行われます。
柳のお加持は霊木とされる楊枝で観音様の浄水を参拝者に注いで無病息災を授けるというもので
結願法要に向けて7日間前行が行われ、この間浄水や楊枝のお清めが行われます。
この柳のお加持は特に「頭痛封じ」にご利益があるといわれております。
結願法要の日には境内が解放され、
古儀通し矢が行われます。
この通し矢は江戸時代に外縁で行われた競技で大勢の人がその腕を競って参りました。
現在は成人の女性が艶やかな着物に袴姿でその技を競い、京のお正月の風物詩と
なっています。

その通し矢が行われる会場です。

通し矢会場
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