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方広寺
2012 / 01 / 14 ( Sat )
方広寺

豊国神社のお隣に方広寺があります。
天台宗に属し、豊臣秀吉が天正14年(1586年)に高さ六尺三寸(19m)の
蘆遮那仏を安置して、大仏殿として創建されました。
開山は木食応其(もくじきおうご)。
文禄4年(1595年)秀吉は亡父母の法会(大仏千僧供養)を各寺院から
1000人の僧を集めて大仏経堂で行いました。

慶長元年(1596年)には地震、同じく7年には火災に遭い焼失しましたが
豊臣秀頼によって再建されました。
洛中洛外図屏風には南北45間、東西27間の仏殿とこれを取り囲む廻廊
がある様子は広大で偉容なものと描かれております。

またこの再建の際に鋳造された大鐘に「国家安康、君臣豊楽」の文字が
刻まれことが、豊臣家の徳川家への反逆の意思の表れととられ、
大阪夏の陣、へと発展、ついに豊臣家は滅亡となりました。

その後寛政10年(1798年)には落雷、昭和48年には火災などにより焼失し
現在は荒廃しております。

本堂

本堂は瓦葺で質素な造りとなっております。

鐘楼

鐘楼はひときわ大きく鐘もかなり大きなものが吊られております。

天井絵

鐘楼の天井画は鳳凰や天女の極彩色と思われる絵が描かれております。
どなたの作かは判り兼ねます。

鐘の文字

問題となった大鐘の8文字「国家安康、君臣豊楽」です。
他にもたくさんの文字が刻まれておりますが、よもやこの8文字がその
大阪夏の陣につながることになるとは豊臣家も考えられなかったの
でしょう。
時代の趨勢は厳しいものです。

鐘楼内部の模様

大鐘の内部の雲のような模様は淀殿の亡霊だといわれて恐れられたことも
あるそうです。

豊臣家縁の豊国神社、方広寺です。
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