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西寺
2012 / 01 / 24 ( Tue )
西寺

京に都がおかれた、延暦13年(794年平安遷都の際に羅城門を挟んで、
東に東寺西に西寺が建立され平安京の二大官寺となりました。

弘仁3年(812年)東西両寺で最初の夏安居(修法)を行うことをきめ
東寺に空海僧都西寺に守敏僧都に勅賜されました。

寺域約四町といわれ東寺とほぼ同じ伽藍の規模をもちました。
東寺は真言密教として、西寺は鎮護国家の官寺として発展いたしました。

しかし正暦元年(990年)の大火で焼失、その後も度重なる大火で焼失
天福元年(1233年)の大火でついに消滅してしまい、現在はその西寺跡
として国の史跡に指定され、公園に残されております。

昭和34年以来発掘調査が行われ南大門、中門、金堂、廻廊、僧坊、食堂院
の遺構が確認されております。

その遺跡の近くに(南区唐橋)に興国山西寺という
浄土宗西山禅林派お寺がその西寺の名称を継承しておられます。

石柱

薬医門を潜って左手に開山堂が建てられております。

西寺


本堂の鬼瓦は獅子が逆立ちをした姿のものが置かれております。

鬼瓦

開山堂は比較的こじんまりとしたお堂です。

開山堂

中央に開基の守敏僧都が祀られております。
作は江戸時代のものといわれております。

又同じく開山堂には西寺のものを引き継ぐといわれる不動明王(平安時代)
もお祀りされています。

開僧守敏僧都

創建当時の西寺の瓦というのも残されております。
現在の西寺跡は京都市の所有地となっているようです。
今はなき、京の都の貴重なる遺跡です。

瓦


現在もこの西寺が残されていたならば、東寺と並んで荘厳な二大寺院となっていた
ことと思われます。
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