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上徳寺
2012 / 02 / 08 ( Wed )
上徳寺 世継地蔵

京の富小路五条下がったところに 上徳寺があります。
この辺りは源融の塩焼きをしたあたりで、塩竈山(えんそうざん)と号します
ご本尊は阿弥陀如来

世継地蔵大祭

上徳寺は慶長8年(1603年)徳川家康によって建立されました。
開基は阿茶の局(上徳院殿のちに雲光院殿と呼ばれた)で開山には
伝誉生上人(阿茶の局の叔父)

堀内雲鼓の墓  阿茶の局

徳川家康はご本尊を江州鞭崎八幡宮の中尊安阿弥快慶作の阿弥陀如来
を招来し、ご本尊といたしました。

この阿弥陀如来にはご縁起があります。  それは
元暦年中(1184年)木曽義仲が江州に出陣いたしました。
この出陣によって人々は病死したり、狂乱したり、足が萎えたり
いろいろな不都合がおこりました。

これを憂いて佐々木判官は鞭崎八幡宮に一心にお参りしておりました
ところ「顕現したまう如来を彫刻し、御名を称すべし」とのお告げが
ありました。
そこで仏師安阿弥快慶に依頼、七日目に光明がさし阿弥陀如来の御姿が
現れたので、これを刻み阿弥陀如来としてお祀りし、御名を称したら
たちまち重病者が回復したというご利益のある阿弥如来だそうです。
その後400年ほどして、徳川家康が征夷大将軍になってから、江州鞭崎の
八幡宮に参詣し、この阿弥陀如来のご縁起を知り、深く信仰しこれを
乞い求めて上徳寺に安置されたと伝えられております。

阿弥陀如来

またこちらの地蔵堂には「世継地蔵尊」がお祀りされています。
この世継地蔵尊のご縁起は

明暦3年(1655年)信者の中の一人八幡の清水氏という方が、
一子を亡くし、世継ぎの子供が授かりますようにと念じお堂に
参籠しておりましたところ七日目に夢の中に地蔵尊が現れ
「われを石に刻み、祈念すべし」とのお告げがありました。
そこで早速そのお地蔵様を写し石に刻んで、堂内に一宇を
建立し安置し不断に世継ぎを祈念いたしました。
やがて立派な子宝に恵まれ子孫が繁栄したという謂れがあるそうです。

その後もご住職が夜中勤行をしていたところ「世に子なきものには
子を授け、子孫相続し、血縁絶えず、家運長久なし、幸福薄き者には
福を与うべし」とのお告げがありました。
このことが世に広く知られるようになり、京の町のみならず多くの
方の信仰をえるようになったそうです。

世継ぎ地蔵

2月8日はその世継地蔵の大祭が行われる日にあたります。
時折雪が舞い寒風が吹く寒い一日になりましたが、多くの参拝者
が訪れ、護摩供養の大祭がおこなわれました。

矢

四方に厄除けの矢が放たれ、護摩壇に火入れが行われます。

火入れ

もうもうと煙が勢いよくあがり、祈願の護摩木がくべられます。

護摩供養3

護摩供養2

この護摩壇で清められた御幣は家に持ち帰り玄関に吊るしておくと
厄除けになるそうです。
ずいぶんカラフルな立派な御幣です。

御幣2

世継地蔵堂の周りには所狭しと絵馬が掲げられております。
祈願の絵馬であったり、お礼の絵馬であったりと・・・・

絵馬

明治29年に菱口菊松という方が、世継ぎを授かったお礼の絵馬も
掲げられております。

絵馬2

京の都にはいろいろな御利益を与えてくださるお地蔵様がたくさん
お祀りされております。
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