FC2ブログ
奥渓家
2012 / 02 / 13 ( Mon )
御殿医 奥渓家

京の上京区の天神道仁和寺街道上る、北町児童公園の向かいにちょっと趣の
変わった間口の広い茅葺の住宅が見えます。

この表の構えは長屋門で奥渓家(おくたにけ)住宅となっております。
奥渓家の長屋門と主屋は京都市指定有形文化財に指定されております。

長屋門

奥渓家とは大友宗麟の嫡男義統(よしむね)の次男奥渓以三中に始まると
伝えられております。
大友宗麟とはキリシタン大名として名を知られ、室町時代には筑前、豊前
の守護職として権勢をふるい、九州探題の地位を得た人物と言われております。

奥渓以三中は元和6年(1620年)東福門院の入内の時、侍医として供をし上洛、
一条烏丸に居宅を構えておりました。

代々医家で、東福門院亡き後別宅であった現在地に移り、奥渓家第四代から
第七代までは仁和寺の門跡御殿医を勤めていたと伝えられております。

駒札

この奥渓家の主屋は複雑な平面構成がなされていて、式台付の本玄関、
中玄関、玄関、台所、大戸口と出入り口がいくつもで構成されているようです。

寛文6年(1666年)から正徳6年(1716年)の間に建築され、幕末の頃には
ほぼ現在の姿になっていたようです。

長屋門2

長屋門は享保9年に焼失、同11年に再建されたもので戦後一部が取り壊されたものの
市街地に残る茅葺の門として価値が高く、主屋、長屋門ともに旧ごご典医の住宅
遺構として貴重なものであると記されております。

現当主は家伝の根元蘇命散および胃腸薬「たくま」を製造販売されているようです。

看板
22 : 25 : 55 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<長州藩邸跡(京都ホテルオークラ) | ホーム | 京料理 中村楼>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://kyonoazemichi.blog60.fc2.com/tb.php/404-a6f19a5a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |