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小松谷正林寺
2012 / 02 / 23 ( Thu )
小松谷 正林寺

東山区の渋谷通を東大路東入るに平家ゆかりの「小松谷正林寺」があります。
浄土宗鎮西派に属し、ご本尊は阿弥陀如来

小松谷正林寺は正式には「清涼山光明真言院正林寺」といい「小松谷御坊」とも称するようです。

当地は平安時代平重盛の別荘・小松殿があった地と伝えられております。
平家没落後はもと関白の九条兼実の山荘とされていたところであります。

九条兼実は法然上人に深く帰依し、度々法然上人を招き法談を行っていた
と伝えられ、1202年には兼実は法然上人を戒師として剃髪し出家いたしました。

法然上人もここに居住していたこともあり法然上人の寺坊「小松谷御坊」とも
なりました。
建永2年(1207年)法然上人が四国へ流罪されるときはこの寺坊から出立されました。

応仁の乱後一字廃絶しておりましたが、江戸中期義山・恵空が北野の正林寺を
移して中興いたしました。

享保20年(1735年)九条家河原御殿の建物が移築され本堂(大師堂)とされ、
1744年~1763年の間に阿弥陀堂、三門、鐘楼が完成いたしました。


三門

三門には「入門者上求菩提(門を入る者は 上菩提を求)」
出づ門者 下化衆生(門を出る者は下衆正を化す)
と書かれております。


三門3  三門2

大師堂の正林寺の扁額は九条尚保の筆で
 正面には「圓光大師(法然)像」法然上人自作のものと伝えられております。
 左右には、九条兼実公の像、「弁長像」(鎮西派の祖がお祀りされています。)


本堂

阿弥陀堂には阿弥陀三尊がお祀りされています。
今回は特別に撮影が許されました。

阿弥陀如来

ここ正林寺には「阿弥陀経石」が据えられております。
平家物語の中に書かれていることによると、平重盛は日本のみならず
中国の僧にも平家一族の安堵を祈願し、九州から妙典という船頭を呼び
黄金3,500両を出し、500両は船頭に、千両は育王山の僧へ、二千両は
宗の皇帝へ送り後世を弔ってほしいと言い渡しました。
その返礼に阿弥陀経石が送られてまいりました。
この阿弥陀経石は京の都には運ばれず、九州の宗像神社に置かれた
ままになっておりました。
この阿弥陀教石を模刻して有志が重盛の小松殿に因んで正林寺に
建立いたしました。
高さ2m、もう一基は百万編の知恩寺に置かれております。

阿弥陀経石

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