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京の街 柳小路
2012 / 03 / 05 ( Mon )
京の街 柳小路

京の街中には家の間に通じた細い路地や辻子と呼ばれる通りがあります。

京に都がおかれた平安京は朱雀大路を挟んで左京、右京に分かれそれぞれ
左京を東京(ひがしのきょう)「洛陽城」右京を西京(にしのきょう)「長安城」
と称され両京は大行政区となり、条坊制というシステムによってブロックごとに
区切られていました。

これらの条坊制では町の区画は正方形が基本となっておりましたが、商業が
発達し、商人が表通りに面して店舗を構えてくると、正方形の区画がくずれだし、
中心部が空白となってしまいます。
そこでこの空白部に道を通すと、また新たに店舗を増やすことができます。
また武家屋敷や寺院の移転に伴い今までの区画に新たな通りができたりして
生まれたのが、路地であったり辻子であったりします。

これらの路地や辻子(図子)は通りが隣の通りまで突き抜けていたり、
行き止まりであったりします。
通りをはさんでコの字型に家の玄関が面していて突きあたりになっている
ような通りを路地と呼び、突き抜けているものを辻子と呼んで区別している
ことがあります。

柳小路 柳小路2

そんな大路、小路が残されている中の一つに柳小路というのが、京の繁華街に
見られます。
ここは新京極通と裏寺町通りに挟まれた人が行き交うのも窮屈な通りです。

明治の初め第2代槇村知事によって東京遷都により京都が衰退していた状況を
打破しようと歓楽街を作られたのが新京極通りで明治30年ころには東京の浅草、
大阪の千日前とともに日本の三大盛り場として知られるようになりました。

その新京極通の隣の裏寺と呼ばれた通りは、大人の特に男性が集まる盛り場でも
ありました。仕事帰りに屋台のお店で一杯飲んで、若者が気安く仲間と飲んでいく
賑やかな高度成長期の活気ある通りとして名を馳せておりました。
柳小路もそんな通りでした。
最近この通りも整備されて石畳も整い、おしゃれなお店も見られるようになり
灯りがともされる頃には賑わいを見せる通りともなります。

京の都はいろいろな顔を持つ街があり、歴史をたどると奥深いものがあります。
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