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芬陀院
2012 / 03 / 19 ( Mon )
東福寺塔頭 芬陀院

東福寺の塔頭に芬陀院があります。
ご本尊は阿弥陀如来。 
正しくは芬陀利華院といいますが、雪舟寺とも呼ばれております。
元亨年間(1321~1324)関白一条経通が父内経の菩提を弔うため
開山に定山祖禅和尚を迎え創建されました。

分陀院門

芬陀院

度重なる火災により一時衰退いたしましたが、元禄年間関白一条兼輝
によって再興されました。
現在の建物は宝暦5年(1755年)に桃園天皇の皇后恭礼門院より賜った
御所内殿を明治32年(1899年)昭憲皇太后の支援で改築されたものです。
唐門も同じく恭礼門院の御所より移築されたものだそうです。

分陀院玄関

庭園は方丈前の南庭と東庭からなり、寛正年間(1460~66年)雪舟等楊作
と伝えられ京都では最古の枯山水の一つといわれております。
南庭は苔の中に鶴島と亀島が配され「鶴亀の庭」といわれております。
元禄と宝暦の火災等で一時荒廃していたのを、昭和14年(1939年)に
重森三令によって再現されました。

亀島には伝説があります。
雪舟は少年時代に涙で鼠を描いたとして伝えられておりますが、
関白兼良公はそれを思いだし、雪舟に亀を描くことを所望されました。
所が雪舟はなかなか筆をとりませんでした。
そんなある日雪舟は石を動かしはじめました。それが次第に亀になり
ました。 その夜庭先で音がするので鶴栖和尚が障子の隙間から覗いて
みると、石組の亀が手足を動かしておりました。
不安になった和尚は処置するよう依頼したところ、雪舟が亀の甲に
大きな石を載せて抑えたところ亀は動かなくなったということです。
それを聞いた兼良公は大いにご満足になり雪舟に一寺を与えようと
されましたが、雪舟はそれを断り、明に渡り画の修業に励んだという
ことです。それ以来この亀を「渡明の亀」ともいわれているようです。

分陀院 鶴亀の庭

後陽成天皇の第九皇子、一条家第14代の恵観(昭良)公は茶道に造形が
深く、東福寺参詣のおりにはいつも芬陀院の茶席「図南亭」で茶を
楽しまれたといわれております。
そんな縁から当院では恵観公の像を図南亭に安置されております。
図南亭からは円窓を通して東庭を眺めることができます。
それは一幅の絵画のようで四季折々の眺めを楽しむことができます。

分陀院窓

西庭の前には小間の茶室があります。

分陀院茶室

西庭は恵観公の愛された曲玉の手水鉢と崩家形燈籠がおかれ
ありし日の恵観公を偲ぶところとされております。


分陀院崩家形灯籠
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